【ギャグ】満寿留(まする)神社

お題「大吉・大凶」


「当神社のおみくじは、大吉・大凶・大胸筋がございます」

「なんですって?」

その奇妙なおみくじを引いたとき、平凡な家族に悲劇が襲いかかる。


下記のサイトに同じ作品を載せています。

ノベルアッププラス

https://novelup.plus/story/803922900

ノベプラ「冬の5題小説マラソン」イベントページ

https://novelup.plus/campaign/winter-marathon-2022/

――――


 元旦の神社は多くの人でにぎわっていた。

 俺は妻と娘を連れて、近場の神社へ初詣に来ていた。


「へぇ~。初めて来たけど、小さな神社のわりに人気があるんだなぁ」

 感心していると、妻が教えてくれた。

「ネットで話題になったみたいよ。ご利益がすごいんですって」

「そうなんだ?」


 境内のあちこちには、勇ましい姿の石像が置かれている。イザナギとかヤマトタケルとかそのへんだろうか。

 なるほど、いかにもパワースポットになりそうな場所だ。


「パパ~、おみくじ引きたい!」


 小学生の娘が手を引くので、俺はおみくじ授与所へ向かった。

 これだけ人がいるのに授与所だけはガラ空きだ。不思議に思いつつ、家族3人仲良くおみくじを引いてゆく。


「ねえパパ、これなんて読むの?」


 娘に聞かれ、俺は差し出されたおみくじを見た。

 本来なら「大吉」とか「中吉」とか書かれているはずの場所に、整った明朝体で「大胸筋」と書かれている。


「ふぁっ!? なんだこれ、おみくじって普通は吉とか凶とかじゃないの!?」

 驚いていると社務所の巫女さんがすまし顔で言った。

「当満寿留まする神社のおみくじは、大吉・大凶・大胸筋がございます」

「なんですって?」

「大吉・大凶・大胸筋でございます」


 やっぱり聞き間違いじゃなかった。


「あ、あなた……」


 妻が困惑した表情で自分のおみくじを差し出してくる。

 そこにも「大胸筋」の文字が躍る。

 内容をあらためると、こんな感じだった。


 願望:大胸筋を鍛えれば叶う

 待人:大胸筋が引き合わせる

 健康:大胸筋こそ健康の近道

 恋愛:大胸筋があればモテる

 旅行:大胸筋に道を尋ねなさい

 商売:己の大胸筋を信じよ

 学問:大胸筋で道が開ける


「なんでもかんでも大胸筋で解決しようとしてるじゃねーかっ!」

「パパ~、『だいきょうきん』ってな~に?」


 娘の無邪気な問いに答えたのは巫女さんだった。


「胸のあたりの筋肉ですよ。大胸筋を鍛えることで幸せになれるのです」

「ちょっと! 娘に変なことを吹き込まないでください!」


 そういえばこの巫女さん、よく見ると大胸筋のあたりがムキッムキだな!?

 巨乳なのかと思ったが、それにしてはゴツい。

 ふとあたりを見回せば、境内にある石像もこころなしかどれもムキッムキだ。

 そのとき、妻が悲鳴をあげた。


「キャッ」

「どうした!?」

「だ、大胸筋が……」

「大胸筋がどうした!?」

「な、なんかムキムキする……」


 妻は恥ずかしそうに自分の体を抱き、胸を隠している。

 だが、分厚いコートごしでも、その胸がムキムキしているのがわかった。

 いったい何が起きてるんだ!?

 慌てる俺に、巫女さんがにこやかに告げる。


「さっそくおみくじのご利益があったようですね。おめでとうございます」

「ご利益!? これが!?」


 妻は華奢な体型が可愛らしくて、そこに惚れて結婚したのに。

 それが今じゃ米俵だって担げそうなほど筋肉マシマシだ。


「ごめんなさい、あなた。こんな体になってしまって……」

「い、いや……」


 困惑していると娘の声が聞こえた。


「パパ~! ここが『だいきょうきん』?」

「えっ、ちょ、ちょっと、まさか……!」


 そのまさかだった。

 娘まで大胸筋がムキムキになっている。

 巫女が微笑む。


「お嬢さんもご利益ですね。おめでとうございます」

「ま、待ってくれ! 娘だけは見逃してくれ!」

「たいへんおめでたいことなのですよ。さあ、プロテイン入りの甘酒をどうぞ」

「いりません! なんだよプロテイン入りの甘酒って! 聞いたこともない!」

「それなら、筋肉を授けてくれるお守りはいかがですか?」

「授かっちゃうの!? お守りで筋肉が授かっちゃうの!?」

「拝殿にはベンチプレスなどの筋トレができる施設もございますよ」

「それ、神社にあっていい施設じゃないよね!?」


 もはやツッコミが追い付かない。

 とうとう妻はしくしく泣き出してしまった。

 そのとき、娘が不思議そうに尋ねた。


「パパ~。パパはどうしてそのままなの?」


 お前、こんな状況だというのにマイペースだな。将来は大物か。

 だが、言われてみればたしかにそうだ。

 妻も娘もムキムキになってしまったのに、俺だけ変化がない。


 慌てて自分のおみくじを開くと、そこには「末吉」の文字があった。

 なんだ、末吉って。ビミョー過ぎるだろ!

 それに「大吉・大凶・大胸筋」じゃなかったのか!? 話が違う!


「ちくしょぉお! どうせなら俺をムキムキマッチョにしてくれよぉお!」


   * * *


「……はっ!」


 俺は飛び起きた。

 やけに体が重いと思ったら、胸の上で娘がすやすやと眠っていた。

 その体形はムキムキマッチョではなく、いつも通りに戻っている。


「あなた、そろそろ起きて?」


 妻が寝室に入ってきた。

 彼女もやはり、元の華奢な体型に戻ってる。俺は立ち上がって妻を抱きしめた。


「……よかった。夢か」

「なあに? 怖い夢でも見たの?」

「うん、大胸筋が……」


 夢の詳細を話すと、妻は苦笑いした。


「寝ぼけてないで朝ごはん食べて。ほら、例の神社に初詣に行くんでしょ? パワースポットで有名になったらしいから、行くのが楽しみだわ」

「うん、わかった。すぐ支度する」


 頷いて食卓へと向かう。

 まったく、正月早々とんでもない悪夢を見たものだ。

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