第18話

「なんでそうピンポイントなんだ?」



 咲野は勝ち誇ったような顔でリモコンでテレビを消した。

 そしてソファーに置いてある木原の上着を被り、うつ伏せになる。



「⋯⋯くさい」



「やめてくれ、地味にショックだ」



「⋯⋯違う。服のことじゃない」



「え? じゃあ何の⋯⋯」




 何故か開いているリビングのスライドドア。

 さっき入った時に絶対に閉めた筈だったのに人間が入るようなスペースではないが開いているのだ。

 確かに言われてみれば少し匂いが。⋯⋯獣臭?

 獣、といえば心当たりがあった。



「あ!!」



 視界に入った黒い影。そして見ただけで分かる綿のように柔らかそうな毛。すらりと美しいボディライン。



「⋯⋯どこから連れてきたの?」



「まじかよ⋯⋯」



 にゃーんと一鳴ひとなき。

 どこからどう見てもさっき帰り道でみた黒猫である。



「⋯⋯かわいい」



 確かにかわいいのは分かるが、どうやって家に入り込んだのだろうか。家に入った際にはちゃんとドアの鍵はしたはずだし、そもそも気配すら無かった。

 木原は包丁を止め、猫がいるテーブルの下を覗いた。



「お前、なんでついてきたんだよ」



 そう聞いても猫はさっきのように首を傾げるだけである。

 首輪もついてないし、野良猫かと思いきや何故か綺麗に整えられているような毛が気になるところである。



「ねぇ、この猫どうするの? 飼うの?」



「んー、どうするべきか」



 ここまでついてきては追い出すのも可哀想なので家で飼うのもありだとは思うが、この猫がもしも他人の家の猫だったらと思うと飼えない。

 しかし、猫の悲しそうな瞳が木原を直撃する。

 あ、やばい。これは飼っちゃう。




「⋯⋯まぁ、様子見でうちに置いといてやるか!」



 飼い主が現れるまでうちに置いとこうという、本当は可愛くて可愛そうで飼いたくて仕方がない木原の言い訳である。

 木原は黒猫の顔をかいてやった。




「⋯⋯で、なまえは?」



「え、勝手に付けちゃっていいかな?」




 他人の家の猫に勝手に名前なんて付けてしまってもいいのだろうか?

 こんなにも可愛い猫にこんな俺が名前なんて付けてしまってもいいのだろうか?

 木原の心の中は罪悪感と高揚感でせめぎあっている。



「じゃあ、俺とお前の名前からとってくっつけてコ・ノ・ノ・で⋯⋯」



「⋯⋯それだと、私の咲野の野しか入ってない」



 咲野は、まぁいいけどと呟きながら少し笑顔を見せた。滅多に見せることなんてないのでなかなが新鮮だ。




「それで、ノコ。話は終わってない」



「ですよねー」



 木原はコノノのお腹をかきながら苦笑いをする。

 コノノは気持ちよさそうに目をつぶって寝っ転がっている。




「⋯⋯まぁ咲野のおっしゃる通り、女子と問題が」



「やっぱり」



 鷺ノ宮の顔面にビスケットをホームランし、挙句の果てには元気づけてもらった前嶋を傷つけるというどこかの漫画の最低サブキャラみたいである。


 木原は仕方なく今日あったことを咲野に話した。

 当然、前嶋とのことは内緒にした。





「⋯⋯ノコ、嫌われたいの?」




「なっ、そんな訳ねーじゃん! 仲良くしたいに決まってんじゃん! ⋯⋯だけど」



 自分で自分を制御できない恐ろしい病に脅かされている。

 人間不信という壁に阻まれ、どんどん人間関係を崩してしまっていく。



「ノコは急におかしくなる。たまに怖い」



「うっ⋯⋯」



 ごもっともである。

 否定なんてする余地もない。

 人を信じられなくなってしまう末路は自分自身の崩壊、そして人間関係の破壊である。

 その結果が今日一日で既に露あらわになってい

る。

 突然自分でも何を言っているんだろうと思うような言動からの自分勝手な行動に出てしまう。




「でもノコは悪くない」




「いや、悪いのは俺さ。人間不信なんて自分で言ってそれを理由にみんなに分かってもらおうとしてるだけなんだよ」




「⋯⋯」



 咲野は天井のLEDライトの電気を見つめながら言った。



「ねぇ、ノコ」




「⋯⋯何?」




「ノコはバカだよ」




「なっ⋯⋯」



 急にバカと言われるなんて誰が思うだろう?

 今の話の流れ的にどう考えてもそんな言葉なんて出ないだろう。

 木原は少しキレ気味で言い返す。



「言っとくけどな、俺はお前よりバカじゃない!! まず不登校のお前にいっちばん言われたくない!!」



 おまけに成績も天と地の差で俺の方が上だし、第一他人の家に勝手に住み着いているやつにそんなこと言われる筋合いなんてない。と、反論しようとしたが咲野は起き上がり、左目にかかっている前髪を耳にかけながら口を開いた。




「ノコは本当にバカだよ。なんにも分かってない」




「⋯⋯」



「ノコは嘘をつかれるのが怖いから、人を信じられなくなってる。それは誰しも同じこと」




 人間は信頼する人に嘘をつかれると信用できなくなってしまう。そして嘘をつかれるのが怖くなり、人間不信に陥る。

 これを繰り返し、木原のようになってしまう。




「私だって、嘘をつかれるのなんて嫌。でも、そんなの気にしてたら何も出来ない」



 たとえ親友が自分の片想いしている子のことを好きなくせにそれを隠すように嘘をついていたとしても。

 その二人が話しているのを見て、この二人付き合ってしまうのではないかと思ったとしても。




「ノコのダメなところはまず人を疑ってしまうこと」




 親友と話していても、幼馴染と話していても、こいつ嘘をついているんじゃないかと第一に疑うこと。

 だから、それがエスカレートし、今回の鷺ノ宮との一件へと繋がった。




「だからね、ノコ。本当にそうかな? 嘘ついてるんじゃないかな? って思った時はね、嘘・に・嘘・を・つ・く・の・」



「⋯⋯嘘に嘘をつく?」



 咲野の今までとは違う、何かを伝えようとする瞳が木原には何か特別なものに見えた。

 コノノのお腹をかく手が止まり、コノノがキョトンとした顔で二人を見ている。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

時に彼女は嘘と嗤う ネコバコ @tatuya818

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ