彼女(あの子)からのラブレター

青山 忠義

遅れてきたチョコレート

 柳井姉妹に初めて会ったのは、小学校に入学する直前のことだった。

 引っ越してきたばかりで友達がいず、一人っ子なので遊び相手がいない。仕方なくテレビやDVDを見たりして毎日を過ごしていた。

 ある日、お母さんに買い物を頼まれて外に出ると、隣の家の前で女の子が2人で縄跳びをしていた。

 一人は僕より背が高くポニーテールをしていて4、5年生ぐらい、もう一人はおかっぱで同じ歳ぐらいに見える。

 顔が似ているからきっと姉妹だろう。

 二人ともお人形さんみたいな可愛い顔をしているけど、お姉さんのほうが僕にはより可愛く見えた。

 きょうだいのいない僕は羨ましくて、じっと見ていると、お姉さんと目があった。

「一緒にする?」

 お姉さんは近づいてきてニッコリと笑った。エクボがかわいい。

 今までは、男の子とばかり遊んでいたので、女の子と遊ぶのは少し恥ずかしい。

 けれども、いつも一人でつまらなかったので僕は頷いた。

「でも、お使いに行かないといけないから、帰ってからでもいい?」

「いいよ」

 急いでお使いを済ませて、お母さんに買い物袋を渡すと、「遊んでくる」と言って、縄跳びの縄を持って家を飛び出した。

「どこに行くの?」というお母さんの声を無視する。

 僕は跳んでいる二人の前に立った。

「隣りの家の子? お名前は?」

 お姉さんが聞いてきた。

「河原直樹」

「私は柳井美香。4月から4年生。こっちは妹の由美。今度1年生になるの」

 由美ちゃんは無心に跳んでいて僕の方を見ようともしない。

「僕も今度1年生」

「そう。由美、よかったね。お友だちができて」

 由美ちゃんはお姉さんの言葉が聞こえないのか何の反応も示さない。

「由美、こっち持って」

 美香さんが持っていた縄のグリップの片方を由美ちゃんに差し出す。

 それを受け取ると、由美ちゃんは美香さんから離れていく。二人は向かい合わせになると、呼吸を合わせて縄を回し始めた。

「入って」

 美香さんが優しそうな大きな目で僕を見る。

「……」

 自分で回して跳んだことがあるが、人が回している縄を跳んだことがない。

 どうすればいいか分からず、ぼうぜんと立ちつくしていた。

「入って」

 再び言われて、仕方なく回っている縄の中に入った。

 縄がくるぶしを叩く。

「跳んだことないの?」

 美香さんが優しく聞いてくれる。

「うん」

 美香さんはじっと僕を見つめて、何にか考えているようだった。

「私が『はい』って言ったら跳ぶのよ」

「うん」

 美香さんに言われた通り、声に合わせて跳ぶ。

 最初のうちはうまく跳べない。しかし、何度か繰り返しているうちに連続して跳べるようになってきた。

「もう跳べるでしょう」

「うん」

 美香さんや由美ちゃんと交代して縄を持ったりしているうちにだんだんうまく跳べるようになった。

 その後も、柳井姉妹と遊んだが、美香さんは話をしてくれるが、由美ちゃんは「うん」とか「ダメ」とかだけで、それ以上は僕と話しすることはなかった。

 小学校に入学すると、柳井姉妹と一緒に登校するようになった。

 お母さんが隣のおばさんに、一緒に登校してくれるように頼んだみたいだ。

 いつも僕、美香さん、由美ちゃんの順で横に並んで歩き、話をするのも僕と美香さん、美香さんと由美ちゃん。

 由美ちゃんは僕の方を見ようとも話をしようともしなかった。

 美香さんは学校の友達や先生の話をしてくれたり、大きな道路など危ないところを通るときは手を繋いでくれたりしてとても優しい。

 僕はだんだん美香さんが好きになっていった。

 男の友だちができて、その子たちと登校するまでの1年生の夏休み前まで柳井姉妹と一緒に学校へ行っていた。

 結局、由美ちゃんとは一度も話をすることはなかった。


 6年生のときに由美ちゃんと初めて同じクラスになった。

 由美ちゃんは人見知りの性格なのかあまり喋らず、特に男子とはほとんど話さない。

 由美ちゃんとまともに話をしたのは、日直で少し帰るのが遅くなって一人で帰っているときだった。

 下を向きながら泣きそうな顔をして学校の方に戻ってくる由美ちゃんを見かけた。

「何しているの?」

 あまりにも悲しそうな顔をしていたので思わず聞いた。

「ハンカチ落としちゃったの」

 由美ちゃんは涙を浮かべている。かわいそうなので一緒に探してあげることにした。学校までの道を探しながら戻って行ったが見つからない。

「ないねえ。お母さんに失くしたって言ったら?」

 由美ちゃんのお母さんはいつも優しい笑みを浮かべていて怒っているのを見た事がない。きっと許してくれるだろう。

「ダメ。ママのハンカチなの」

 由美ちゃんが言うことによると、お母さんが使っているハンカチがあまりにも綺麗だったので、自分も使ってみたくなり黙って持ってきたらしい。だから、どうしても見つけないと帰られないと言う。

 仕方ない。

 もう一度由美ちゃんが通った道を今度は家に向かって辿って行く。道の端には溝があった。

 ひょっとしたら中に落ちているのではないかと思って見ながら歩いた。

 しばらく歩いていると、溝の中に花柄のきれが見えた。溝からその布を拾い上げる。

「これ?」

 由美ちゃんは僕の手にあるものを見て、みるみる青くなっていく。

「うん。そう」

 白地に花柄のハンカチには泥がいっぱいついていた。

「これ綺麗になるかな?」

 由美ちゃんが心配そうに言う。

「どうかな」

 洗えば綺麗にはなると思うが、これだけ汚れていたら完全に元のように白くなるのか分からない。

「綺麗にならなかったらどうしよう」

 由美ちゃんは泣き出した。

 どうしていいか分からず困ってしまったが、泣いている由美ちゃんをほっておくわけにもいかない。

「そのハンカチ貸して」

「どうするの?」

「僕が借りて溝の中に落としたことにする」

「どうして?」

 由美ちゃんが大きく目を開く。

「そうしたら、由美ちゃんは汚したことでは怒られないだろう」

「でも……」

「いいよ。家に帰てって」

 由美ちゃんから奪い取るようにしてハンカチを持つと家に帰った。

「由美ちゃんからハンカチを借りて溝に落としちゃった」

「どうしてハンカチなんか借りたの? 朝持っていたでしょう?」

 そういえばお母さんからハンカチを渡してもらっていた。

「どこに入れたか分からなくなったから貸してもらった」

「もう。頼りないんだから。高そうなハンカチね。洗濯して落ちるかしら」

 ハンカチを手に取って、お母さんは困ったような顔をする。

「とりあえず謝りにいきましょう」

 お母さんと一緒に由美ちゃんの家に行った。

 チャイムを鳴らすと、由美ちゃんのお母さんが出てくる。

「あら、河原さん。直樹くんも。何かありました?」

 由美ちゃんのお母さんはいつもの穏やかな笑顔で応対してくれる。

「由美ちゃんからハンカチをお借りして溝に落としたらしいんですの。申し訳ありません」

 お母さんと僕は頭を下げた。

「まあ、そうなんですか。由美は何も言ってませんでしたけど」

 お母さんが申し訳なさそうにハンカチを差し出す。

「あら、これ私の……。由美ったら勝手に持って行って」

 由美ちゃんのお母さんはハンカチを見るとびっくりしたような顔をした。

「申し訳ありません。洗っても綺麗になるかどうか分からないので、弁償させてもらいます」

 お母さんがそう言うと、由美ちゃんのお母さんはすぐに微笑んだ。

「そんないいですよ。由美が勝手に持っていたんですから。それに洗えば綺麗になると思いますし」

「でも……」

「いいですよ。直樹くんも気にしないでね」

 由美ちゃんのお母さんは優しく言ってくれる。

「じゃあ、せめてうちで洗濯をしてからお返しします」

 お母さんは言うが、由美ちゃんのお母さんは手を横に振った。

「本当に大丈夫ですから。わざわざありがとうございました」

「いえいえ。こちらこそ本当に申し訳ありませんでした」

 お母さんが僕の後頭部を押さえて頭を下げさせる。

「本当に気にしないでください。大丈夫ですから」

 由美ちゃんのお母さんの言葉に送られて家に帰った。

 夕飯の時、お父さんとお母さんに怒られた。

 由美ちゃんも怒られただろうか。ちょっと心配になった。

 翌日、僕が教室に入ると、由美ちゃんが近づいて来る。

「怒られた?」

 心配そうな顔をしている。

「少しね。由美ちゃんは?」

「どうして勝手にハンカチを持っていったのかって、ちょっと怒られた」

「そう。よかったね。あんまり怒られなくって」

「うん。本当にごめんね。私のせいで」

 由美ちゃんは泣きそうな顔をする。

「気にしなくていいよ」

 由美ちゃんは僕がそう言うと、安心したような顔をした。

 それから由美ちゃんとは少しずつ話をするようになった。


 中学に入ると、由美ちゃんの性格が一変した。

 小学校の時には、恥ずかしがり屋であまり人と喋らなかったのに、女子だけでなく男子とも平気に話をするようになっていた。

 見た目も変わり、小学校のときは短かった髪を伸ばしポニテールになっている。

 由美ちゃんとは同じクラスにはならなかったが、顔を合わせると少しは話をするようになった。

 クラブが終わって家に帰っていると、由美ちゃんと偶然出会った。

「少女マンガか」

 僕は思わず呟いていた。

「なにが?」

 由美ちゃんがポニテールを揺らした。

「うん。女子から意見が出て少女マンガも文芸部で取り上げてみたいって言うんだけど、少女マンガを読んだことがないんだ」

 僕は文芸部に入っていた。

 文芸部は小説や詩を書く人もいるが、創作をせずに読んだ小説や詩の感想を述べ合うだけの人もいる。僕は創作はできないので感想を言い合うグループの方である。

「なんていう題名?」

 僕は題名を言った。

「それ持ってる。貸してあげようか?」

「貸して」

 持っていないのでどうしようかと思っていた。

「いいよ。家まで来て」

 家の前で待とうとしたら、「探さないといけないから中で待って」と言われた。

 家の中に入るのは初めてだ。少し緊張する。

「ただいま」

 家の中に入っていく由美ちゃんの後ろから「失礼します」と言って入っていく。

 玄関に出てきた由美ちゃんのお母さんが僕の顔を見て、「あら」と、言った。

「直樹君。珍しいわね」

「こんにちは。おじゃまします」

「どうぞ、上がって」

 由美ちゃんのお母さんがにこやかに勧めてくれる。

「一緒に来て」

 由美ちゃんに言われるままついていく。2階に上がると、「入って」と、言われた。

 女の子の部屋に入ったことがなかったので躊躇ってしまう。

「早く入って」

 入った瞬間、すごくいい匂いがした。

「その辺に適当にに座ってて」

 僕は床に敷いている絨毯の上に座った。

 部屋には、机やベッド、本棚があってきっちり整頓されている。

 僕の部屋なんかあっちこっちに物がほってあってぐちゃぐちゃだ。

 さすが女の子の部屋だ。

 由美ちゃんは本棚を見て、首を捻っている。

「おかしいな。ここに入れといたはずなのに」

 コンコン。

 ノックする音がしてドアが開いた。高校の制服着たポニテールの美香さんがお盆を持って入ってきた。

「お茶持ってきたよ」

「そこに置いといて」

「ママが由美の友達がきているって言うから、てっきり女の子だと思っていたのに。直樹くんか。久しぶりね」

 美香さんは僕の前に紅茶の入ったカップを置いてくれる。

 制服が可愛いと評判の中学から大学まであるカトリック系の女子高に美香さんは通っている。

 僕はポニテールをした美香さんが好きだ。

 心臓がドックン、ドックンとものすごい音を出す。

 顔から火が出ているんじゃないかと思うほど熱くなる。

「はあー」

 胸が苦しくてうまく言葉が出てこない。

「ごゆっくりね」

 美香さんが出て行こうとすると、「お姉ちゃん」と由美ちゃんが呼び止めた。

「なに?」

「本棚からマンガを勝手に持っていったでしょ」

「借りてる」

「黙って持っていかないでよ。返して」

 由美ちゃんが怒ったような顔をする。

「由美だって、私の部屋から勝手に服とか持っていくでしょう」

「ちゃんと後で断っているでしょう。いいから早く返して」

「はいはい」

 美香さんは肩を竦めると出て行って、すぐに本を持って戻ってきた。

「はい。なかなかよかったわ」

 美香さんの手には5冊ぐらいある。

「今度から断ってから、持って行ってよね」

「分かったわ。じゃあ、またね。直樹くん」

 僕に手を振ってくれる。

 美香さんのポニテールに見惚れてにやけてしまう。

「はい。これ貸してあげるから、早く帰って」

 なぜか由美ちゃんが急に不機嫌な顔になって本を突き出す。

「うん」

 どうして由美ちゃんが不機嫌になったのかよく分からなかった。

 女の子の気持ちはよく分からない。

 それからは、お互いに持っていないマンガや小説を貸し借りするようになり、クラブのない日には一緒に帰るようになった。

 その帰り道では、お互いに本の感想を言い合ったりもする。由美ちゃんは僕のどんな感想にもいつも感心してくれた。

 だんだん由美ちゃんと帰るのが楽しくなってきた。


 そんなことをしていると、僕と由美ちゃんが付き合っているという噂が流れ始めた。

 由美ちゃんは可愛くて、勉強もできる。

 男子のファンが多い。何人も告ったが、すべて断られたとクラスメイトから聞いた。

 由美ちゃんが断るのは僕と付き合っているからだということらしい。

 でも、それは誤解だ。

 由美ちゃんと僕は単なる幼馴染。家が近いから一緒に帰ったり、本の貸し借りをしているだけ。

 それに僕が好きなのは由美ちゃんではなく、美香さんだ。

 由美ちゃんにしても、僕のことが好きなんてことがあるはずない。小学校のときはずっと無視されていたんだから。

 イケメンや女子に人気が高い男子から告られているのにどうして断るのか由美ちゃんに聞いたことがあった。

「好きな人がいるから」

「……」

 由美ちゃんが好きな人ってどんな人だろう。

 なぜかすごくモヤモヤしている。


 そんな噂が流れているのに、由美ちゃんから2月13日の日曜日に遊園地へ行かないかと誘われた。

 今まで一度も二人で遊びに行ったことはない。そんなことをしたら、本当に付き合っていると思われてしまう。

 だが、なぜか僕は断らなかった。

 当日、隣の家の前に行くと、なぜか美香さんもいた。

 僕は由美ちゃんと二人で行くとばかり思っていたので、ビックリした。

 美香さんはいつもしていないメイクをしている。

 以前は、美香さんのことをかわいいと思っていたが、メイクをしている顔はすごく美人だ。

 見惚れてしまう。

「行こう」

 由美ちゃんはそう言って美香さんと手をつないで歩き出す。

 僕は二人の後をついて歩いた。

 目の前で2本のしっぽが揺れている。

 いつもなら、美香さんのほうを見るはずなのに、なぜか由美ちゃんのほうにばかり目が行く。

 うなじがすごく細くてかわいい。

 遊園地の入場口の前に着くと、由美ちゃんが近づいてきて、「あとは二人でね」と耳元で囁き、「じゃあね」と言って入場口と反対の方へ走っていく。

「ちょっと由美どこに行くの?」

 美香さんがびっくりしたように叫んだ。

 由美ちゃんの走っていく方を見ると、由美ちゃんと同じクラスの女の子たちが手を振っていた。

 どうしてあの子たちがいるんだろう。

「もう由美ったら何よ。友達とも約束してたの? まったく。どういうつもりかしら。仕方ないわね。2人で行きましょう」

 美香さんに促されて、一緒に遊園地の中に入っていった。

 二人でアトラクションに乗ったり、食事をしたりした。

 美香さんは素敵だった。会話も楽しかったし、美香さんは昔と変わらず優しかった。 

 でも、僕は心から楽しむことができなかった。

 美香さんと話していても由美ちゃんの顔が頭にチラつく。

 由美ちゃんのことが気になって会話が上の空のようになってしまう。

 何しているだろうか。楽しんでいるだろうかと、由美ちゃんのことばかり考えている。

 美香さんは由美ちゃんとスマホで連絡を取り合っていたようで、帰りには遊園地の入場口で合流した。

 由美ちゃんの姿を見たとき、僕はなぜかホッとした。

「楽しかった?」

 由美ちゃんが僕に微笑みかけた。

「うん」

「よかったね」

「ちょっと由美。どういうこと?」

 美香さんは由美ちゃんに詰め寄った。

「ちょっと早いけど、バレンタインのプレゼント」

「はあー、なに言ってるの?」

「いいの。いいの」

 由美ちゃんは僕にウインクをして、まだ納得のいかない顔をしている美香さんの腕をとって歩き出す。

 そういうことか。

 由美ちゃんは中学に入ってからバレンタインデーには、毎年チョコレートをくれる。

 1年の時は「義理チョコ」と言って、小さなチョコを1粒。2年の時は板チョコ1枚。

 今年はチョコレートの代わりに美香さんとのデートということか。

 由美ちゃんは、僕が美香さんのことを好きだということを気づいていたみたいだ。

 でも、チョコレートの方がよかったのにと僕は思っていた。


 由美ちゃんからチョコレートをもらうことはできなかった。

 バレンタインデーの朝、台所に下りていくと、お母さんが目を真っ赤にしていた。

 どうしたのかと聞いたら、由美ちゃんが死んだと言う。

 ウソだ。

 昨日あんなに元気にだったのに。

 きっとお母さんは何か勘違いしているんだ。

 学校に行くと、臨時全校集会があった。

 由美ちゃんが信号無視の車に轢かれて亡くなったと、校長先生がみんなに告げた。

 頭が真っ白になり、心にポッカリ穴があいた。

 お葬式のとき、涙で遺影を見ることができなかった。こんなに泣いたのは生まれて初めてだった。

 由美ちゃんの家の前を通るたびに由美ちゃんが出てくるのではないかと、開かない門をじっと見つめる。

 学校でもいるはずのない由美ちゃんの姿を探していた。

 ときどき、美香さんの姿を見かけることがあった。

 僕は出会わないように道を変えた。美香さんを見ると、由美ちゃんを思い出してつらいから。

 僕は由美ちゃんが好きだったんだ。

 美香さんを好きだと思っていたが、それは勘違いだったんだ。

 美香さんの中の由美ちゃんと似た部分が好きだったんだ。

 でも、もう遅い。由美ちゃんがいなくなって気づくなんて僕はバカだ。愚か者だ。

 一人で部屋にいると、とどめもなく涙が流れてる。


 由美ちゃんが亡くなって10日ほど経ったとき、美香さんが訪ねてきた。相変わらず綺麗だが、もう僕の心はときめかない。

「これ、由美の机の引き出しから出てきたの。よかったら受け取って」

 綺麗な花柄の包み紙に赤いリボンがかけてある箱を僕に差し出した。リボンの結び目のところに封筒が挟んである。

 封筒には『直樹くんへ』と書いてあった。

「ありがとうございます」

 部屋に戻って、封筒を開ける。可愛い猫の絵が入った便箋が出てきた。


『一生懸命作ったんだから不味まずくても食べてよね。

 好き。好き。好き。

 直樹くんのことが大好き。

 直樹くんがお姉ちゃんのことを好きなのは知っている。だけど、次でいいから私のことを好きになって。

 イヤだ。やっぱりイヤだ。

 私が1番じゃなきゃイヤだ。そうじゃないと嫉妬でお姉ちゃんを嫌いになっちゃう。

 なーんてね。ドキドキした? 

 冗談だよ(笑)

 でも、直樹くんが好きなのは本当です。直樹くんが誰を好きでも私は大好きです。

(ウソだよ〜ん)

                                 由美』

 由美ちゃんの悪戯っぽい笑顔が目に浮かび、声を上げて泣いた。

 箱を開けて中に入っているのは形が少し歪な手作りのトリュフ。

 一粒摘んで口に入れた。

 バレンタインデーがくるたびにこのチョコの味を思い出すだろう。

 きっと一生忘れられない。

 甘いはずのチョコレートはなぜかすごくしょっぱかった。






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