第七章 ②
レストランが嵐と恐怖に包まれた。
原因は全て、リジェッタにあった。
「これはもう、滅多矢鱈に美味です」
晩餐会でも開くかのように大きく縦長の特注テーブルに、店員達が引っ切り無しに料理を運ぶ。
そして、リジェッタが食べる。
料理が運ばれると同時に皿だけを残して消失するのだ。かれこそ一時間、ずっとこの繰り返しである。
「おい
「まだまだ運ばれるんじゃ、そう起こるでああああ!? この
最初からエンジン全開で騒がしい食事風景を前にして、呼ばれてもいないコッセルがケラケラと笑った。
「なんや、そこらへんの大衆劇よりも面白い連中やなー。それはそうと、やっと肝臓が身体に馴染んだようやな。手術してから一週間ちょっと。普通なら、これが妥当な時間ってもんああああああああああ!? このボケカス! そのロブスターはうちの大好物なんやど! そのドタマ砕いて脳味噌すすったろうか!?」
今にも戦争を始めそうな連中を眺め、上座に座るジャックスがワインをグラスに注ぎつつ首を傾げた。
「お前達、喧嘩しないと息が出来ないのか?」
ジャックスがフォークでチーズを刺そうとすると、皿の周辺で火花が散った。下座に座るリジェッタとの距離は五メートル以上あった。
「やめんか阿呆」
「うふふふ。なんのことでしょう?」
リジェッタが右手に持つフォークをテーブルに置いた。銀で作られたフォークの先端が、まるで硬い物に叩き付けたかのように曲がっている。
「ところで《魔狼》。そろそろ、説明をお願いしたいのですが」
「……ああ、頃合か」
全員が、食事の手を止めた。リジェッタふくめ四人分の視線がジャックスへと集まる。
現、イーストエリアの統治者、フェンリル騎士団の騎士団長は事もなげに言った。
「そろそろ、都市を完全統一するための戦争が起きるな」
皆の反応は様々だった。
ロデオは忌々しそうに鼻を鳴らした。
カレンは神妙な顔で両腕を組んだ。
コッセルは面倒臭そうに頬杖をついた。
そして、リジェッタは、
「まあ、素敵ですこと」
これからピクニックにでも出かけるかのような気楽さで笑った。
「それで、いつ攻め込むのですか。私、今度はちゃんと手紙を書きたいと想いますの。出来れば、タイプライターではなく手書きの暖かみがある文字で」
本当にピクニックにでも出かけるかのような気楽さに、ジャックス以外の三人が頬を引きつらせた。
ジャックスは肩を小さく震わせて笑う。
「そう急くな。時期が来れば教えてやる。汝には特等席を用意してやろう」
「まあ、それは嬉しいですこと」
常人の感性では理解不能な会話に、ロデオがウィスキーボトルを掴んで直接口をつけた。喉を鳴らして飲み下し、拳で豪快に口元を拭う。
「で、なんで《偽竜》以外に俺達を呼んだんだ?」
「汝らも、他人事ではないだろう。それに、協力してもらわないと困る」
ロデオが息をのんだ。あの《魔狼》が、人前で弱みを見せた。それだけ、言葉に嘘はないということなのだ。
「《泥鼠》ロデオ。情報とは時として矛になり盾となる。民衆を纏める力があれば、我々も行動しやすい。汝の言葉が銀の弾丸となるだろう」
騎士団長に褒められ、ロデオが苦い顔でウィスキーをあおった。リジェッタには、照れ隠しにしか見えなかった。
「《黒狗》カレン」
「ん、ワシ? いや、ワシですか?」
動揺するカレンに、ジャックスは優しい目を向ける。
「外側の連中と戦うときは、内側にも注視しなければいけない。背中から我を刺そうとする者が必ず現れるだろう。そのときは、汝警察が街を護るのだ」
かつて、狗は狼に憧れた。
その想いはどれほどだっただろう。カレンは瞳を潤ませ、深く頭を下げた。
「《紅蝙蝠》コッセル」
「はいなー」
「汝、オルムに協力したな」
疑問ではなく断定だった。
「まあ、金払いが良かったからな」
隠そうともしなかった。
ジャックスはやれやれと肩をすくめた。
「破壊王本人よ。そろそろ、代理を止めてみたらどうだ? いつまでも放置しておくのも汝の趣味ではないだろう」
「……まあ、考えておくわ」
コッセルが海老の殻を面倒臭そうに割る。ただ、小さい声でボソッと『分かっとるわい』と言ったのだ。
「《偽竜》リジェッタ」
「はい」
新しいフォークに手を伸ばしかけていたリジェッタが首だけをジャックスに向けた。逃げるタイミングを失っていた男性店員が、羊肉のソテーを持ったまま硬直している。
「汝に難しいことは言わん。ともかく、暴れろ。それこそ、本物の竜のように。汝が力を、他の方角へと知らしめろ」
「まあ、それは素敵ですね」
銃声。
大気が破裂した。
「では、《魔狼》ジャックス。私からも、あなたに言いましょう」
リジェッタは座ったままだった。ただ、右手がフォークの代わりにレインシックスを握っている。銃口からは、朦々と硝煙がこぼれていた。
男性店員が腹部に大穴を開けて絶命していた。天井に尻を突き出すような体勢で転がり、手には小型の拳銃を握っている。
誰も、驚きはしなかった。ロデオが両耳を押さえて立ち上がり、死体の頭を靴の爪先で小突く。
「ワイバーン騎士団の残党か?」
「うふふふ。ジャックスは狙われやすいですから」
「いや、今はあきらかに手前を狙っただろう」
ロデオのツッコミを無視し、リジェッタはさっきの言葉を続ける。
「あなたは大軍を率いて戦うでしょう。あの日のように、あの時のように。そして、あなたはきっと死ぬでしょう」
誰もが沈黙した。
それは、悲観でも杞憂でもなかった。
「大きな戦いになります。それこそ、帝国は黙っていない。この医療都市は名前通りの街ではない。魔造手術がどこに傾くのか、その実験でもあるのです。だからこそ、無血の戦いなどありえない。あなたは、帝国の民数百万のために命を落とす覚悟はありますか?」
「当然だ」
ジャックスは、なにも迷わなかった。
「この身は民のためにある。危険を冒さず掴める勝利になんの意味があるだろうか。私は、最後の最後まで戦おう。なめるなよ《偽竜》。我は《魔狼》なり。天地噛み砕く牙である」
その言葉を聞き、リジェッタは満足そうに頷いた。ジャックスが《魔狼》であるならば、それだけでなんと心強いことか。
「……ならば、私も安心しました。きっと、素敵なパーティーになるでしょう」
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