第六章 ③

 リジェッタが両腕の爪を叩き合わせ、澄んだ音を戦場に響かせた。それは威嚇だった。ここにはもう、お前の逃げ道はないと。

 私の勝ちは、けっして揺るぎはしないと。

「コッセルさんには、感謝しないといけませんわ」

 まだまだ力が溢れてくる。

 今日は負ける気がしない。

「肝臓はブドウ糖をグリコーゲンとして保管し、必要に応じてエネルギーへと変える。言わば栄養の貯蔵庫です。そして、私の肝臓は人食い鬼オーガから移殖したモノ。この意味がお分かりですか?」

 人食い鬼は魔物の中でも大食漢で有名だ。底なしの胃袋を持ち、体内へと栄養を制限ナシに押し込んでいく。

「コッセルさんいわく、内臓を加工するのは難しいそうですわ。お陰で、貯金のほとんどがなくなってしまいました。はてさて、この落とし前は誰がはっきりとさせてくださるのでしょうか」

 リジェッタを前にして、オルムが苦々しく表情を歪めた。単純な瞬発力や機動力ならオルムが上。だが、破壊力と自己治癒能力は圧倒的に《偽竜》が上だ。このままで戦いが長引けば長引くほど、オルムが苦しくなるだけだ。

 黒影を纏った女は、腕よりも先に口を動かした。

「何故、あなたは私の邪魔をするのですか!?」

 怒りだった、増悪だった、拒絶だった。

「私はこの街を変えなければいけない。そうでなければ、負けてしまう。同じ都市の中で喰い合いが始まってしまう。あなたも知っているでしょう。ノースエリア、ウェストエリア、サウスエリア。他三つの街がイーストエリアを狙っている。《魔狼》ジャックスの統治に力などない」

「《魔狼》は圧政を好みません。ですから、あなたのような人間が後を絶たないのですわ。ですから、私が討ちましょう」

「それでは意味がない。明確な力を手に入れなければいけない。私にはそれが出来る。いや、私でなければならない」

 オルムの両腕が泡立つように筋肉を盛り上がらせた。まるで、皮膚の内側で無数の毒虫が蠢いているかのように。

「邪魔するな《偽竜》!!」

「別に、邪魔をしているつもりはありませんよ」

 オルムの言い分は間違いというわけではない。むしろ、このイーストエリアは多くの問題を抱えている。

 医療協和都市リベレイズは四つの街から成り立つ。調和などない。あるのは利害関係の一致、あるいは抑止による一時的な均衡だ。いつ崩れるかなど分かったものではない。

「ならば、私がなんとかしましょう」

「……どういう意味ですか?」

「ですから、私が本物の竜になるということです」

 勘違いしていた。

「強いとは、なにも肉体的な力だけではない。赤マントちゃんが、あなたに立ち向かったように。《魔狼》が虐げられる民のために戦うと決めたように。そういう〝強さ〟もあるのです。彼女達は心が強い。それは、とても素晴らしいことなのですよ。だから、私も真似してみようと想います」

 たとえ、この身は偽物だとしても。

 せめて、覚悟だけは固めよう。

「そういうわけですわ。だから、あなたこそ私の邪魔しないでください」

 オルムの目が点になった。

 まるで、生ゴミから唾でも吐きかけられたかのように。そして、


「なにが、邪魔、だと、ぐ、ん、あ、い、ぎ、ぎゃぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


 叫びは人間の言葉を失った。

 リジェッタが唖然としていると、さらに事態は悪化する。オルムの肉体が急激に肥大化したのだ。

 悪夢がカタチを成す。

 腕も足も胴体も首も頭も、なにもかも順序の規則性もなく無秩序に膨張していった。オルムが苦悶の叫び声をあげるも、それさえ黒い肉に飲み込まれてしまう。

「オルムさん!」

 ものの数秒でオルムは人間の枠から外れてしまった。

 痛いほど首を曲げ、リジェッタは新たなる敵を見上げた。

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