第五章 ③


 現在は四つに分かれている医療協和都市リベレイズは、南と東が元々一つだったように北と西も一つの街だった。街の支配と管理を行っていたのは、現ノースエリアの長であるマモン商会である。

「マモン商会の目的は利益。ただただ利益、ひたすら利益、さらなる利益。いかにして儲けを得るか、その一点にのみ集約される。ある日のことです。一人の有名な医者が『凄い発明をしたでー』と研究成果を発表した。それは、本来なら有害である癌細胞を利用し万能の治療薬を開発するというものでした。さらには、ベースとなる魔物と適合し魔物の血肉を複製すると。もしも、これが成功していれば、希少な素材を安価かつ大量に量産出来るだけでなく医療に大革命を起こすはずでした。……しかし、そうはならなかった」

 皆に褒め称えられた医者が調子に乗って研究サンプルを過剰に改造し続けた。結果、本来の目的とはまったく違う異物が生まれてしまった。

「薬を投与した研究体が本来のカタチを失った。個と個が混ざり合い、ついには研究施設から脱走。住民を襲い出した。それはそれは、酷い光景だったでしょう。化け物は爆発的に成長し、ついには街の区画ごと隔離された」

 かくして、北と西は永久的な別れを告げた。最終研究媒体および失敗作、それこそが破壊王代理惑わぬ者だ。

「ちなみに、破壊王〝代理〟なのは『これを造った奴が本当の破壊王だ!』という皮肉です。あの人も、苦労人ですわねー」

 嵐の中で、リジェッタは嘆きつつ頬に手を当てた。

 一向に、風は鳴り止まず吹き荒れる。

 今、この瞬間にも人外と成り果てた騎士達がリジェッタを襲い続けていた。

 切り裂くと、腕を突き出す。

 噛み砕くと、牙を剥く。

 踏み潰すと、足を振り下ろす。

 その動き、一挙手一投足の全てが必殺に繋がる。次から次へとどこからでも襲ってくる。キリがなかった。

「そして《惑わぬ者》の体液を摂取することで、人間は文字通り化け物となる。その剛力をもって、全てを破壊する化け物に。まさに、筋肉の鬼ですわね」

 猛攻の真っただ中でリジェッタは微笑んだ。

 ただし、その額には薄っすらと汗が滲んでいる。

 防戦一方だった。反撃しようにも、こちらは腕二本の足二本。一人二人仕留めたところで、倍以上の反撃を喰らうだけだ。

 ナイフでは、あまりにも心細い。

 短機関銃などとうに撃ち尽くした。

 レインシックスだろうとも、これでは焼け石に水。ここで、切り札を使うか? いや、駄目だ。敵が騎士団である以上、この程度で済むはずがない。ならば、どうすれば。

「俺専用の肉穴にしてやるよ!」「うしゅしゅしゅしゅしゅしゅしゅ」「ぶっ殺せ!!」

 真後ろから、三つ首の怪物騎士が迫った。それも、他の騎士を殺しながら強制的に道を作りながら。

 血濡れた剣戟が真っ赤な高波となってリジェッタへ襲いかかる。

 まさか、味方を殺しながら接近するとは想わなかった。

 振り返ったときにはもう遅い。眼前に、非情な死が肉薄して――、


 ――血飛沫を上げて首が斬り落とされた。


「「ぎゃあぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?!?」」

絶叫が重なった。それは、魂を三分の失った声だった。

「ふん。なに情けない面をしているんじゃ。これでは《偽竜》も形無しじゃろうて」

 見知った声に、リジェッタは目を点にした。

敵軍から離れた位置に、新たな集団が陣取っていた。

それは、青い外套を纏った連中だった。

 先頭に立つのは、亜麻色の髪を緩く波打たせた女だった。濃い黄色の双眸は、いつもの軽い調子からは信じられないほど戦意を燃やしている。

 そして、やはり黒縁眼鏡が微妙に似合っていない。

 カレン・イースト・ガーランド。都市警察であり、階級は警部だ。

「どうして……あなたが」

「上を説得させるのは少々骨を折ったが、どうやら間に合ったようじゃな。《偽竜》よ。ここはワシ達が請け負う。ヌシは前に進めい」

 ニヤリとカレンが笑う。

 それを許さなかったのは、首を一つ失った怪物騎士だった。

「警察風情がどうしてここにいる? これは、あきらかな違反干渉だうきゃきゃきゃ」「うしゅしゅしゅしゅ犯す穴が増えた。しゅしゅしゅ殺しても犯し尽くして後悔させてやしゅしゅしゅしゅしゅしゅしゅしゅしゅしゅ!!」

 他の化け物達も一斉に警察達へ襲いかかった。それはまさに、肉の大津波だった。情け容赦なく侵入者を飲み込み、押し潰さんとする。しかし、忘れてはいけない。

「小僧共。ワシらをあまりなめるでないぞ?」

 カレンの二つ名である《黒狗》とは、なにも権力に尻尾を振る飼い犬という意味ではない。

 悪党を裁くことを胸に誓った猟犬が、同じ猟犬である部下へと叫ぶ。

「ここにいる連中は全て、法の目を盗んで悪事を働く外道共じゃ。ワシらが力を、愚か者共の魂へと刻み込め。この街を食い物にしようとしたことを、地獄の底で後悔させろ!」

 カレンの叫びに、部下達が行動をもって応える。樋熊にひとしい体格の男達が、一斉に手元の武器を発動させた。

 黒き風が人の熱を受けて鍛えられる。

 破壊王の欠片を得た筋肉の鬼が、腹部を刺し貫かれて絶命した。ある者は脳天を撃ち抜かれた。ある者は心臓を穿たれた。

 警官達が両手で構えていたのは、銃器だった。ただし、歩兵用の小銃よりもさらに長大で大口径の特注品を。

 対物破壊小銃アンチマテリアルライフルだった。

 敵があきらかに動揺の様子を示した。

 それが愉快だったのか、カレンが猟犬の笑みを浮かべて語り出す。

「くっくっくっ。喜ぶといいわい。なにせ、お主らのような悪党連中を倒すために開発したんじゃからの。名はヘカテーライフル。堅牢なボルトアクションによる二十ミリ口径の徹甲弾を最大十二発まで連射出来る優れモノじゃ。有効射程は優に千メートルを超す。逃げられるものなら逃げてみい。たとえ地の果てがなかろうが逃がしはせん!!」

 そして、カレンもヘカテーライフルを構えた。それを見て、二つ首の怪物騎士が急に狼狽える。

「「ま、待て、警察は金さえ払えばマフィアの行動を黙認する約束じゃないのか!? 副団長殿がお前達に相当な額を渡しているはずだろう」」

 カレンが引き金に指をかけたまま首を傾げた。

 そして、露骨に鼻を鳴らす。

「馬鹿を言え。何事にも限度というものがある。その力、破壊王代理の汚泥じゃろう? それを街へ持ち込むのは、言語道断の重罪じゃ」

 見過ごすわけにはいかないと、カレンは構わず指に力を入れる。

「行け《偽竜》。ここはワシらに任せろ」

 カレンがウィンクを飛ばした。

 リジェッタは、ここにカレンふくめ堅物の警官達がいるのがまだ信じられず目を点にしてしまう。

 すると、カレンがくすぐったそうに肩をすくめた。

「言ったじゃろう。最大限に協力すると」

「あなたは」

 一度言葉を切り、リジェッタは両手にナイフを構えた。その場で大きく上半身をねじる。ちょうど、遠投でもするように。

「先程、こう言いましたね」

 嵐を起こせるのは敵だけではなかった。

 片足を軸にした大回転、円を描く二振りの刃が接近した敵の首を両断した。所詮は脳味噌が筋肉に犯された低能集団だ。密度が薄まれば、リジェッタの敵ではない。

 上空に高く飛んだ頭部が落ちる間隙、カレンと目が合った。《偽竜》は淡く微笑んだ。

「ここにいる連中は全て、法の目を盗んで悪事を働く外道共。と」

 リジェッタの両肩から先、指先までを構築する筋肉が盛り上がった。血管が浮き出し、ナイフの柄が軋んだ。乾いた木材にヒビが走る。

「では、私も裁きの対象ですか?」

 カレンが苦く笑う。言外に告げていた。『この、馬鹿が』と。

「さて、今日はヌシと会ってはおらんが?」

「あら、ではここにいる私は一体誰でしょう?」

「ふむ、マフィアの抗争に巻き込まれた善良な一般人ではないか?」

「では、私はこれからどうすればいいのでしょうか?」

 ここが戦場だとは信じられぬほど楽し気な会話だった。

 カレンが顔から笑みを抜いた。そこには、烈火の戦意が浮かび上がる。

「《偽竜》!」

 それだけで十分だった。

「《黒狗》。あなたに最大限の感謝を」

 溢れる歓喜に背中を押され、リジェッタは大地を蹴った。あのカレンが、ここは任せろと言った。ならば、ここに残る方が失礼だ。

 目指すはただ、一点のみ。

「待っていてくださいね、オルムさん」

 リジェッタを祝福するように、数多の銃声が重なった。


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