第四章 ⑥
「なんだ。本当に、分からぬのか? だとすれば《偽竜》というのも理に叶っているであるな。いつまでも偽りならば、最後まで偽りであろう」
「……? 灰色のキャンディーを舐めますか?」
「ふっふっふっふ。そう、怒るなリジェッタ。若者をからかうのは年寄りの特権である。快く許せ」
外見だけならリジェッタよりも幼いジャックスが老獪に笑った。そこには確かに、積み上げてきた組織の長としての歴史があった。
「一つ問おう《偽竜》。魔造手術は、我々人間になにをもたらした? この世界をどのように変えてしまった?」
「富や力という意味ですか?」
「それも間違いではない。確かに、帝国は魔造手術がもっとも発展している。難病を克服し、美しさや力を得た。人々の心を大いに潤した。しかし、人の欲望は砂漠に似ている。コップ一杯の水を注いでも、瞬く間に吸われ、乾くのみじゃ。もっと欲しい、もっと、もっと、もっと。そうやって欲望を膨らまし、どうなった? 貴重な魔物は乱獲され、違法手術による事故は後を絶たず、戦争にも利用されるようになった」
技術の発展と保護のために医療協和都市リベレイズが造られた。
だが、本当は違う。
帝国は、恐れたのだ。
この〝力〟は、どこに行き着くのだろうか。
「……ノースエリアのマモン商会は魔造手術を商売として確立させ、経済による調和を追求している。ウェストエリアは
金のためか、信仰のためか。
あるいは、その全てを拒絶し取り込む混沌か。
「では、問いましょう。イーストエリアの王よ。フェンリル騎士団、騎士団長・ジャックス・イースト・ウィンディ―ルド。民を救うために自ら《魔狼》へと成り果てた者よ。あなたはこの四分割された世界で、なにを望むのですか?」
ジャックスはなにも迷わなかった。
「無論、真なる平和を」
ゆえに、とジャックスはリジェッタの肩を掴んだ。
「汝の力を借りたい」
それは枯葉も潰せぬような軽さだった。
だというのに、リジェッタは肩に鉛の塊を乗せられたような錯覚に陥った。足にまったく力が入らなかった。
それはきっと、言葉の重さだった。
「我と一緒に、この街を変えてはくれないか?」
頭の中で、歯車が噛み合った。ゆっくりと回り始め、思考は段々と形を帯びていく。明確な意味をなしていく。
だからこそ、リジェッタは溜め息を吐いた。
「たったそれだけのことを、どうしてこのように回りくどい言い方までしたのですか?」
「ふっふっふっふ。ロデオもカレンも、お前を矢面に出すのを躊躇ったのである。途中で抜けることを許されない、終わりなき闘争の椅子に座らせるなど出来なかったのさ」
「どうして、彼女達がそこまで私に配慮を?」
「阿呆が。友達だからに決まっておろうが」
いつも微笑みを絶やさないリジェッタの顔が無に染まった。ジャックスがなにを言ったのか、イマイチ分からなかったからだ。
「とも、だち?」
「なんだ、その、初めて聞いた言語のような顔は。友達だ友達。親友、戦友、友情、親しき者。大切な者。二人にとって、汝は絆深しい間柄なのだ」
ジャックスの言葉が矢となって脳味噌に何本も突き刺さる。
リジェッタは首を傾げたままだった。
「私が、大切だと?」
「一緒に茶を飲んだり、酒の席を共にしたりするだろう。仕事だって、協力し合っている。ただの他人というわけではあるまいて。二人は我に言ったである。《偽竜》が新たなる楔となるのなら、己達も戦うと」
組織を一つ滅ぼす〝だけ〟ではなく、その先も求めるか。
リジェッタは一度目を閉じた。
ゆっくりと開ける。
今、ベンチの前を横切ろうとした修道女が持っていたお盆の上に乗っていたローストチキンが消失した。
修道女が慌てて地面を見るも、なにもない。
リジェッタの喉が大きく鳴った。
まるで、なにか飲み込んだかのように。
「《魔狼》よ」
口の端にローストチキンで使用された香草の欠片を引っ付けながらリジェッタが優雅に微笑んだ。
「極東の島国で使われた言葉で表すなら『マジ、半端ねえ』くらいに美味です」
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