第三章 ⑧


「では、私はこの辺で。服まで縫ってくださり、とても助かりました」

 午後のティータイムが始まる少し前に、リジェッタは帰る支度を整えた。赤マントは、自分で縫った箇所を確かめつつ《偽竜》を見上げた。

「まだ休んでいても構わないんだぞ」

「いえ、色々と用事がございますので。これ以上、厄介になるわけにはいきませんわ。気持ちだけ、受け取っておきます」

 赤マントがリジェッタから離れた。

「シチュー。とても美味しかったです。ご馳走様でした」

 リジェッタが赤マントに背中を向ける。

 ドアノブに手をかけたときだった。

「お前、この事件から手を引け」

 赤マントの言葉に、リジェッタはドアノブを掴んだまま首だけを後ろに曲げた。

「手を引く、とは?」

「だから、余計なことに首を突っ込むなということだ」

「あらあら。手も首も出せないのなら、足でも出しましょうか。私、最近は踊りも嗜むようになりましたの」

「ちゃんと聞け!」

 赤マントの一喝に、リジェッタは首を傾げた。

 どうして、この子はこんなにも怒っているのだろうか。

 リジェッタの気持ちも知らず、赤マントが口早に語り出した。

「いくら《偽竜》でも、無敵じゃない。実際に死にかけたじゃないか。いいか、よく聞け。これは私の問題なんだ。お前は関係ないんだ。手を出さないと分かれば、向こうだって戦わないはずだ」

「そう言って、ワイバーン騎士団の方々は納得するでしょうか?」

 とても驚いたのか、赤マントが短い悲鳴のような声をもらした。リジェッタがなにも言わないでいると、彼女は嗚咽にも似た震えた呼吸を数度繰り返した。

ややあって、掠れた声を紡ぐ。

「知っていたのか?」

「ええ。私、こういうことに関しては鼻が利きますので。別に、あなたが巻き込んだわけではないのですよ。きっと遅かれ早かれ、こうなっていた。そんな気がします。ですから、なにも気に病む必要などありません。これは、私の礼儀でもあるのですから」

 殺されかけた人間が礼儀なんて言葉を持ち出したから、赤マントが困惑した。普通、組織に狙われると分かればもっと恐怖するものだ。リジェッタのようにパーティーで着るドレスを決める程度の感覚で語るようなことではない。

「私、竜の身体を欲しているのです」

 リジェッタがドアノブから手を離した。ドアを背にして、赤マントの前に立つ。

「爪に牙、鱗、なんでもいい。私の身体に竜を加えたいのです。それが私の願望、希望、欲望なのです」

 だから、と。

「ワイバーン騎士団の方々が竜の偽物をオークションに出品したのは、大いに遺憾なのです。そのうえ、私にこのような〝挨拶〟をするなんて」

 表情はなにも変わっていない。見るだけなら、これからお茶会にでも出かけるかのような穏やかな微笑みを浮かべていた。

 だというのに、赤マントは、まるで眼前に猛毒が噴き出す間欠泉でもあるかのように後ずさりしてしまう。

「私、挨拶は相手に合わせるのが主義ですので」

 そうして、もう一度料理のお礼をしてから、リジェッタは赤マントの家を去った。


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