本編245話と246話の間の話(セリナアイル視点)



夕食を終えて、お風呂を上がったリキ様が部屋に入った頃、アリアからの招集があった。


指示された部屋に行くと既にサーシャとヒトミがいて、しばらくするとイーラを連れたアリアが入ってきた。


アリアが私たちを見てから扉の鍵を閉めたところを見るに呼び出したのはこのメンバーだけなのだろう。


個人的に呼び出したのか、それとも部隊での合同任務か…もし殲滅部隊との合同任務なら面倒ごと間違いなしだから、今からとかいわれたら明日は寝不足確定だね。


今の私はクレハちゃんの訓練が仕事のはずなのに呼び出されるってことはよっぽど緊急なんだろうから仕方ないけどさ。


「…急な呼び出しでごめんなさい。ただ、急ぎでお願いしたいことがあります。」


「ラフィリアに行こうとした我を呼び出すほどじゃからよっぽどなのだろうが、ここを襲う愚か者でも現れたかの?」


「じゃあこれって殲滅部隊の仕事ってこと〜?」


「だとしたらあたしが呼ばれた意味がわからないんだけど?単純な戦力ならアオイやヴェルやニアの方がいいんじゃないかな♪」


「私も呼ばれてるから隠密部隊と殲滅部隊の合同任務にゃんじゃにゃい?」


「…はい。そう思ってもらって間違いではないです。」


サーシャ、イーラ、ヒトミ、私と話したところでアリアが肯定してきた。

つまり明日の私の寝不足が確定したということだね。


「我らは誰を殺せばよい?」


「…今回は殲滅が目的ではありません。」


「じゃあなんでイーラたちが呼ばれたの?」


「…隠密部隊、殲滅部隊の隊長と副隊長として4人を呼びました。」


つまりは部隊を引き連れてやらなければいけないほどの大規模な任務ってことだよね。寝不足どころか仮眠も取れないかもしれない。


「…イーラとセリナさんは知っていますが、今日のダンジョン探索中に魔鉄でできたゴーレムがいました。この魔物を定期的に確保したいと思います。そのため、他の冒険者が地下56階まで下りてこれないようにしたいと思っています。」


「我らにダンジョンの一部を破壊して塞げというつもりかの?」


「…それは今のわたしたちには出来ないと思います。まだ階層を破壊する技術や力がありません。なので、地下52階の魔物を増やして簡単に通れないようにしたいと思い、4人を呼びました。」


アリアが何を目的として何をやるつもりなのかはわかったけど、私たちに何をしろというのだろう?他から魔物を連れてきて、あのダンジョンの地下52階に押し込めってこと?


アリア以外の4人が首を傾げているなか、アリアがアイテムボックスから四角い箱を取り出した。その瞬間に強烈な寒気がして体が震えた。


反射的に短剣の柄に手を置いた私をアリアは見ているが、表情1つ変えずに禍々しい箱をテーブルに置いた。


「…瘴気は全く漏れていないはずなんですが、さすがはセリナさんですね。」


「………にゃにそれ?」


「…これは以前手に入れた邪龍の鱗から溢れる瘴気を増幅して圧縮させることが出来る魔道具です。」


アリアはなんてものを作っているのだろう。

この村には魔族もいるから瘴気が役立つことがあるかもしれない。だけど、多すぎる瘴気は魔族にとっても害になることもある。それなのにただでさえ濃い瘴気を纏っていた鱗を使ってさらに瘴気を増やす魔道具なんて、仲間の強化のためではなく、まるで今回のようなことを想定して作ったとしか思えない。だけど、それは一歩間違えれば大量の死人を出す可能性があることをアリアはわかっているのだろうか?いや、アリアならわかったうえで“リキ様のため”を優先するんだろうね。


「その箱と今までの話は何か関係あるの〜?」


アリアが何をしようとしているかを想像出来ていないイーラが首を傾げながら箱を眺めていた。

ヒトミとサーシャもわかっていないみたいだし、もしかしたら私が想像したのは勘違いかもしれない。


むしろ勘違いであってほしい。


魔物は瘴気の強いところで生まれやすいというけど、それを逆に利用してダンジョン内に瘴気をまいて魔物を増やそうとしているなんてのは私の妄想であってほしい。


だってそれは人工的に魔物を生み出すということだから。

場合によっては大罪になる。


「…あります。ダンジョンの地下52階でこの魔道具の使用実験をしてきてもらいたいと思っています。今回の件はあまり人に気づかれたくはないので、4人を呼びました。少人数でお願いしたいですが、他のメンバー選びは任せます。今回が初めての試みのため、何かがあった場合でも迅速な対応が取れるメンバーを組んでください。セリナさんの判断で隠密部隊だけでなく、獣人部隊を連れていってもかまいませんが、一定以上の戦闘能力がある方だけにしてください。」


「アリアが選ぶのではないのか?」


「…今回、私は行けません。なので、指揮はセリナさんにお願いしたいのですが、いいですか?」


アリアが私を見ながら確認を取ってきた。


こういった任務は度々あるけれど、これは命令ではなく、基本はアリアからのお願いだ。

仲間の命が関わるときはほぼ強制だけど、基本は参加するかどうかは私たちの自由となっている。でも、みんなは滅多に断らない。それはほとんどの頼みがリキ様のためだからというのもあるけど、サラはアリアの弟子みたいになってるし、アオイさんはカレンに危険な仕事を振られるのが嫌だから断らない。他の子たちはアリアのお願いの内容が危険かどうかとかどんな結末を迎えるのかなどを考えようとしないし、下手したら断るという選択肢があることをわかってない可能性すらある。だからアリアのお願いはほとんど命令のようなものだ。


実際ほぼ全てがリキ様のためやカンノ村のためになることだから私もほとんど断ったことがないけど、今回は出来れば遠慮したい。


まだ実験を一度もしていない魔道具をアリアなしで使うってだけでも嫌なのに、魔族組を引き連れて瘴気をばら撒くなんて何が起こるかわからないからやりたくないな〜。


だけど、私が断ってアリアを危険な目にあわせるのも嫌なんだよね。アリアは頭もいいし魔法も凄いけど、純粋な戦闘力はやっぱりここにいるメンバーに少し劣るし、リキ様のような速くて一撃が重い敵に出会ったら不意の攻撃を避けられないだろうし、当たれば即死の危険もある。だから何が起きるかわからないところには連れていきたくないんだよね。

リキ様がいればなんだかんだアリアのことを護ってくれるからいいんだけど、私1人で全てを警戒するのは難しい。


…けっきょく私の返事は決まってるってことだね。


「りょ〜かい。じゃあ今回は何が起こるかわからにゃいから、部隊関係にゃくアオイさんとヴェルちゃんとニアちゃんを連れて行きたいんだけど、空いてる?」


「…ニアさんはサーシャの代わりにラフィリアで調査を継続してもらっていますが、呼び戻します。」


「それにゃらニアちゃんはそっちを頑張ってもらって。この4人とアオイさんとヴェルちゃんがいれば、邪魔者さえ入らにゃければどうとでもにゃると思うから。それで、何をすればいいのか詳しく教えて。」


「…ありがとうございます。今2人を呼んだので、来たら一緒に説明したいと思います。」


「は〜い。」


はぁ〜…。何も起きないでくれるといいんだけどね〜。











アリアの話を聞いた私たちは疲れない程度の速度で走ってラフィリアの東にあるダンジョンに向かっていた。


このメンバーならヴェルちゃん以外は隠密行動が出来るから助かる。サーシャの場合は夜限定だけど。


ヴェルちゃん1人だけなら私が前に使っていた装備類を貸せばどうとでもなる。

まぁ今のところ人の気配を感じないからそんなに気にする必要なかったかもだけど、やることがやることだからな…。


アリアの実験内容をサーシャにもわかるくらいに簡単にいえば、ダンジョンの地下52階に行って、私があの魔道具を発動させながら地下52階を一周する。そしてしばらく様子を見る。魔物が生まれなければもう一周で、生まれた場合は増えすぎたり強くなりすぎた個体が生まれたらほどよく倒す。それだけだ。


問題なのは瘴気がダンジョンにどういう影響を与えるかがわからないことだ。


瘴気といっても魔力の一種だから、ダンジョンにたいした影響は与えないとは思う。魔物を生み続ける空間であるダンジョンというのはそれだけ魔力に満たされているということだから、魔物を強化するという効果が付加された魔力を少し与えたところで全体からしたら些細な量にしかならないからね。

でも、ダンジョンのことはいまだに詳しくは知られていないし、アリアも全くわかってない。

アリア曰く、リキ様は何かを知ってるっぽいんだけど、教えてくれないらしい。リキ様は面倒だとてきとうにはぐらかすからな〜。あとは多少わかる部分はあっても、アリアが知りたいことは本当に知らないってだけかもね。


思考が逸れたけど、つまりは何もわかってないところに前例のないものをぶっ込むんだから危険じゃないわけないよね。


何も起きなきゃ運が良くて、アリアの予想通りに進めば奇跡。何か面倒ごとが起きるのが普通かな。


そして運が悪いのは対処する前に即死かな。


さすがにこのメンバーならそこまではならないと思うけど、ちょっと怖いな。


「セリナも大変よのぅ。」


速度を上げて私の隣に並んだアオイさんが苦笑いで話しかけてきた。

見た目は私と同じくらいな身長で、お人形さんみたいに可愛らしい。いや、本当にお人形さんなんだけどさ。

だけど、カレンのお母さんで、もし生きていたら24歳というカンノ村最年長の大人だ。

刀になってから歳を取らなくなったらしいけど、カレンを産んだのが14歳の頃っていっていたから、中身は本当に24歳なんだと思う。だから、いてくれるだけでも気持ち的にだいぶ助かることがある。


「ホントだよ〜。私はイーラたちと違って簡単に死んじゃう普通の女の子にゃのにね。」


「妾にサシで勝つような女子おなごが普通とは面白い冗談よのぅ。まぁ死にやすさでいうのなら、たしかにこの中では1番じゃろうが、攻撃に気づくのも避けるのも1番上手いから、やはり普通ではないの。」


アオイさんは走りながら息切れもせずにクスクスと笑っている。


リキ様の役に立てるほどに強くなれたのは嬉しいけど、普通の女の子から逸脱してしまったのはちょっと笑えない。


私が唇を尖らせると、笑いながら「すまん。」とアオイさんがいってきた。

全く悪いとは思ってないんだろうけど、べつに私も本当に怒ってるわけではないからなんの問題もない。


「今回は手伝ってくれてありがとね。」


「よい。妾は睡眠が取れんから夜は暇だしの。昼は治安維持部隊の仕事があるから手伝えんが、夜ならいつでもいってくれれば手伝うぞ。」


アオイさんは魔族のように睡眠は取れるけど必要ではないというわけではなく、そもそも睡眠が取れないらしい。

それが『御霊降ろし』で蘇生された代償なのかアオイさん限定なのかはわからないけど、周りが寝ている中1人だけ寝れないのは辛いだろうな。でもカンノ村なら夜起きてる魔族や魔物が多いから、そこまで寂しくはないと思うけど、アオイさんは気を使って寝たフリとかすることあるから、寝れないという事実を知ってる人は意外に少ない。たぶんリキ様は知らない。リキ様は知ったところで気にしないし気も使わないと思うけど、アオイさんは必要以上に気を使うときがあるからね。


「ありがとう。やっぱりアオイさんがいると気持ち的に助かるよ。」


「イーラだって頑張ってるよ!」


「イーラに助けられることも多いから感謝はしてるけど、イーラは考えることは苦手じゃん!」


「苦手じゃないよ!好きじゃないだけだもん!」


「けっきょくそれでやらにゃいんだったら同じだよ!」


「まぁ、もう着くのじゃから喧嘩はやめておけ。」


「「は〜い。」」


アオイさんにいわれてすぐに私たちはダンジョンに着いた。


ダンジョン周りには人の気配は一切ない。魔物は近くにいくつか反応あるけど、どれも近寄ってくる感じではないから無視で大丈夫だろう。


「それじゃあ入るんだけど、先頭はイーラ、殿しんがりはヴェルちゃんに任せていいかにゃ?」


「は〜い。」


「わかった。」


2人の返事を聞いてからダンジョンに入って、リスタートを発動させた。


地下52階に繋がった空間にイーラが入っていき、その後に私たちが続いた。


今日全滅させたばかりだから当たり前なんだけど、魔物の気配が一切ない。これならみんなにはここで待っていてもらって、1人で全力で一周するのがいいかな。


ここは隠し部屋もボス部屋もないから、思いがけない事態が起こりにくいだろう。それに階段付近にいれば最悪な状況になっても上の階に逃げることが出来るし、そこから急いで帰って、全力でリキ様に土下座して解決するって最終手段も取れるからね。


「じゃあ私が走りにゃがら撒いてくるから、みんにゃはここで待ってて。」


「イーラがセリナを乗せて走るんじゃなくていいの?」


「それだとこの瘴気がイーラに悪影響があった場合に困るからね〜。イーラが暴れ出したらここの魔物にゃんかより何倍も危険だからさ。」


「前に倒した龍の瘴気でしょ?イーラは大丈夫だったよ?」


イーラとサーシャは邪龍に近づいて戦っても平気だったから、たぶん大丈夫だけど、この魔道具はアリアとソフィアちゃんが作ったやつだからな…。


「念のためだよ。アリアがどの程度瘴気の濃度を上げてるのかわからにゃいからさ。とにかく行ってくるから、最初の魔物がどのくらいで生まれたかあとで教えてね!」


私はいうだけいって返事を待たずに魔道具を起動して駆け出した。


私は全力で走っているんだけど、後ろをチラッと見ると箱から出ている真っ黒い煙のようなものが途切れずに線を描いている。


こんな小さな箱なのにいくらでも瘴気が出てきそうな感じだ。


しばらく全力で走り続けて、ダンジョンを半分くらいは埋めたと思うんだけど、全部埋めるのは無理だ。


全部埋めるには一度通った道を通ったり、突き当たりまで行って少し戻ったりとしなければいけない。だけど、この瘴気が通った道を通りたくない。普通に怖い。なにこれ?アリアはよくこんなものを私に渡せたな!起動した直後から思ってたけど、ただ瘴気を撒いただけなのに怒ったリキ様に本気で追っかけられてるくらい怖いんだけど!怖くて途中から後ろを振り向けなくなったし、一度止まったら二度と走れないんじゃないかってくらい足にうまく力が入らないんだけど!

さすがに今回はアリアを恨むよ!


心の中で叫びながら何とか一度通った道を通らないようにみんなのところに戻ってこれたから、すぐに魔道具を解除してアイテムボックスに放り投げた。


「にゃにか変化はあった?」


「悍ましい気配以外は特にないのぅ。」


「黒いのはすぐにダンジョンが吸収してたけど、何も出てこないね〜。でも、セリナについて行かなくてよかったよ。あの黒いの見てると気持ち悪くなる。」


アオイさんが目を細めて通路の奥を眺めながら答えたあとにイーラがもの凄く嫌そうな顔をしながら答えた。


私だって増幅した瘴気がこんなに悍ましいものだと知っていたらアリアに別の案を捻り出して提案していたよ!


「これは本当にあの邪龍の瘴気か?魔族領の不死皇帝が牛耳っている場所の瘴気より濃いぞ。」


サーシャがよくわからないところを比較にだしたけど、魔族領事情を知ってる人なんて普通はいないからね?それにこんなところでいきなり重要っぽい単語を出さないでほしい。今重要な任務中だから詳しく聞けないし、あとあとだと忘れちゃうと思うから、出来れば最初からアリアに直接伝えてほしい。まぁそういうことをサーシャがいわれず出来るとは思ってないから諦めてるけどさ。そもそも常識が違うんだし、サーシャに取っては普通のことだから、わざわざ報告してないだけだろうしね。アリアもサーシャのことは諦めてるのか、あんま質問しないからな。わからないことは質問しようがないだけかもだけど。


「このまましばらく待って何も起きにゃかったらもう一周…うわぁ……わりと最悪よりかも。」


「どうし……目に悪そうな色ばかりじゃのぅ。あの紫は気をつけた方が良いだろうな。」


「そうだね。ダンジョンの地面がジュウジュウいってるから触ったら僕の鱗でも溶けるかもね。セリナならわかってると思うけど、今も魔物が増え続けてるようだよ。もうすぐこっちの通路にもいっぱいになるだろうけど、どうする?」


出来れば帰りたい。


もともとのこの階層の魔物であるオレンジの動く粘体がほとんどではあるけど、その中に赤いのとピンクと紫が少しずついる。その中でも紫は私の手に負えない。たぶん私の攻撃が通らない相手だ。アオイさんにとっても天敵だろう。


そんな敵が現れただけでも予想外なのに、通路を埋め尽くすつもりかといいたくなるほど大量に魔物が生まれるとか最悪といっていいんじゃないだろうか。まぁ逃げようと思えば逃げられるからまだ最悪ではないんだけどさ。


紫は危険なのがすぐにわかったけど、赤とピンクはイマイチわからない。でもたぶんオレンジよりは強い気がする。


殲滅部隊だけでなんとかしてくれたら楽なんだけどな。


「イーラやれそう?」


「ん〜…。赤がいなければ問題ないかな?でも紫がいると時間がかかるかも。」


イーラの天敵は赤なんだ。あれは…あぁ、熱いのか。周りの見た目が歪むほどだから、イーラじゃ触れないかもね。


「ごめんね♪今回、あたしは役に立てそうにないや♪」


ヒトミが敵の数と強さを見て、明るい声で謝ってきた。

たしかにヒトミのモーニングスターで倒せるのはオレンジとピンクだけだと思うし、振り回すと味方に当たる危険もあるから、今回は前に出ない方がいいかもしれない。


「なら僕が赤を倒そう。サーシャ、道を作ってくれるかい?」


「仕方がない。我の血で邪魔者が入らぬ道を作ってやろう。」


サーシャが吐き出した血が地面を這うようにして、一直線に赤い魔物の前まで進んだと思ったら、急に膨らんで赤い魔物までの間にいた他の魔物を強制的に左右に退かした。膨らんだ血は中が空洞になっていて、一直線のトンネルのようになっていた。その血の道の中をヴェルちゃんが走っていった。


「セリナよ。妾たちも赤を減らそう。その短剣なら問題なかろう?早く減らしておかなければ、嫌な予感がするからのぅ。とっとと赤を倒して、イーラに紫を片付けてもらうべきじゃろう。」


アオイさんも刀を抜いて、少し焦るように私に声をかけてきた。


アオイさんの予感はたぶん当たっている。さっきまで悍ましい瘴気のせいで魔物の位置がわかりづらかったけど、今は瘴気が全てダンジョンに吸収されたらしく、だいたいの魔物の位置や強さがわかるようになった。そして今さっき、だいぶ離れたところで異常に強いのが生まれた気配がした。強さはたぶんこの6人なら一対一でも勝てるくらいの魔物だと思うけど、この階層の魔物は私たちとあまり相性が良くない。相性が悪く、そのうえ強さもある相手だと私たちでは勝てない可能性もあるかもしれない。


せめて私、アオイさん、ヒトミ、ヴェルちゃんと相性の悪い紫には早く消えてもらうべきだろう。


「そうだね。私は右側の通路を片付けるから、アオイさんはヴェルちゃんの補助をお願いしていいかにゃ?途中で魔物が途切れてるみたいだから、そこまで倒したら戻ってきてほしい。」


「承知した。」


アオイさんは了承の返事とともに壁を走っていった。


最初は壁を走れる意味がわからなかったけど、アオイさんがそういうことを実際に出来ると見せてくれるから、私も不可能と決めつけずに練習して覚えることが出来て助かっている。


まだアオイさんと違って私は勢いをつけないといけないけど、それでもこういう場合にすごく助かる技だ。


「イーラは分裂して、どんどん食べてほしいんだけど、いける?」


「わかった〜。」


「サーシャはデッドバッドで階層の奥の方を確認できにゃいかにゃ?にゃんか生まれたみたいにゃんだけど、気配だけじゃよくわからにゃいから、見た目だけでも知りたい。」


「我の眷属に勝手に名前を付けんでほしいが、奥の確認については了解じゃ。」


勝手にというけど、サーシャたち吸血鬼が生み出した眷属をいろんなとこに放置するから被害者が増えて、そのせいで魔物と思われて名前をつけられたんだと思うから、自業自得だ。

でも、あんな危険なものをスキルで生み出せるのだから、やっぱり吸血鬼は恐怖されるのが普通だ。サーシャがよく馬鹿みたいなことしてるせいで勘違いしちゃうけど、サーシャが頭良かったら、私じゃ勝てなかったかもしれないね。


思考が一瞬逸れてしまったけど、サーシャはすぐにデッドバッドを大量に生み出して、ダンジョン内に解き放ってくれた。これだけいれば何体か倒されても敵の確認は出来るだろう。


サーシャが眷属を飛ばしたのを確認してから、私も赤い魔物を倒しに向かい、その後ろから複数の大きなスライム形態になったイーラが魔物を飲み込んでいく。


イーラの捕食も尋常じゃない。禁忌魔法の暴食を使わなくてもこのくらいの魔物なら生きたまま体内に取り込んで溶かし殺せるのだから。


紫の魔物程度を倒せない私はイーラを倒すことは出来ないだろう。そもそも物理無効を持つイーラに物理攻撃だけじゃ勝てないのが普通だ。リキ様がおかしいだけだ。


イーラの捕食の邪魔にならないように、順番に8体ほどの赤い魔物を倒したけど、短剣に異常はなさそうだから、このまま続けていこう。


さすがに魔物が増えすぎだよと思いながら、なんとか途切れたところまでの赤い魔物の駆除が終わり、遅れてイーラも食べ尽くした。


そこであらためて注意深く気配を探ると、奥にはやっぱり強そうなやつがいる。

どうやらアオイさんとヴェルちゃんも終わったようで階段の方に戻っているようだ。だから私も一度戻ろう。


「イーラ、戻るよ。」


「は〜い。」


イーラの速度に合わせて階段のところまで戻ると、みんなが集まっていた。


「サーシャ、奥にいるのが何かわかった?」


「魔族じゃと思うぞ。見たことない個体じゃったが、銀色の人型をしておったよ。眷属を1体突っ込ませてみたんじゃが、イーラに近い性質を持っとる感じかの。ようわからんうちに取り込まれたわ。」


この階層の魔物が瘴気によって魔族に昇格したってことっぽいな。ここの魔物自体、初めて見る種族だからよくわかっていないっていうのに厄介だなぁ。さっきの紫より格上なら私たちだと対処出来ない可能性もある。

このメンバーなら問題ないだろうなんて、考えが甘かったかもしれない。


「セリナはどうしたい?妾の攻撃が通じるかはわからぬが、足止めくらいはなんとかするから好きな方法を選べば良い。」


私が少し焦っていたから安心させようとしてくれたのか、アオイさんが微笑みながら声をかけてくれた。


おかげで少し落ち着けた気がする。


あらためて考えれば、素材集めをしやすくするためにした実験で死ぬなんて馬鹿らしいから、リキ様にお願いして処理してもらうのも1つの手なのは間違いないとは思う。でも、私が強くなったのはリキ様に迷惑をかけるためなんかじゃないはずだ。


ここに来る前から危険なのはわかっていたはずなのに、なにもせずにリキ様に頼るなんてことをしていいわけがない。


私はなんのために速さを特化させた?アリアにいわれたから?種族的に向いていたから?いざとなったら逃げられるから?それらはもちろんある。でも、ここまで努力を続けたのはみんなを危険から少しでも遠ざけられるようにと思ったからだ。初手で頭を潰されるような攻撃をされたりしたら、さすがのリキ様でも死んじゃうだろうし、そうなったらアリアだって助けられない。それなら、私がいち早く気づいて対処すればいいと思ったから、私は速さと感知能力に特化させた。


だから、みんなを危険に晒す前に私が確認に行くべきだろう。私なら勝てない相手だったとしても逃げるだけなら出来るはずだから。もし私ですら逃げられない相手なら、今のメンバーじゃ時間稼ぎすら出来ずに死ぬことになるだろうから。


「アオイさんはここからでも魔族の場所がわかる?」


「場所程度ならわかるが、種族まではわからんよ。」


「それにゃら、私が確認しに行く。勝てにゃさそうにゃら戻ってくるけど、もし私の反応が完全に消えたら、アオイさんはすぐにリキ様とアリアを呼びに行ってほしい。他のみんにゃは悪いけど、足止めをお願いしたい。」


「承知した。今回のリーダーはセリナじゃから、好きにすると良い。だが、無理はせんようにな。セリナはまだ死ぬには早すぎるからのぅ。」


「ありがとう。」


アオイさんや他のみんなの了承を得て、私は魔族のもとへと向かった。


リキ様が買ってくれた黒龍の双剣は鞘に戻し、クナイという名の両刃のナイフを2本取り出して、両手に持った。

いざというときは黒龍の双剣を使うつもりだけど、溶かす能力があるかもしれない相手だとわかっているのに無駄に消費したくはない。あくまで様子見なのだから、予備があるクナイの方を使うことにした。これが溶かされるなら黒龍の双剣を使っても私では対処出来ないと判断するべきだろう。


音と気配を消して魔族のもとへと全速で向かうとすぐに魔族がいる手前の曲がり角に着いた。

肌で感じる魔族の強さはサーシャよりも弱いけど、戦いは相性次第で結果が変わる。だから肌で感じる強さなんてある程度の目安でしかない。

リキ様のようにどんな相手でも対応できてしまうような人からしたら、感じるままの強さで判断できてしまうんだと思うけど、私はリキ様と違って、物理攻撃が効かない相手や私より速い相手にたいしては無力に等しいから、目安にしか出来ない。


魔族は私に気づいていないようでゆっくりと歩いて近づいてきている。さすがに気配を消していても見られてしまえば気づかれるだろう。


だから私はスキルで影に潜って近づくことにした。


ダンジョンは視界に困らない程度に明るいけれど、そこかしこに影があるから、私のスキルを使いやすい。ただ、リキ様といるとスキルを使う必要がほとんどないから、普段は役に立ててないけどね。


影に潜ると私からも外を見ることは出来ないけど、私の五感は視力以外も人より優れているおかげで、見えなくても周りを把握することが出来る。こんな私でも一応は血が優れているといわれる王族だったからね。


影が動いていることが気づかれないようにゆっくりと近づき、魔族の背中側へと回ったところで飛び出して、クナイで背中を切りつけて影に潜った。


手応えはたしかにあった。むしろ刃が当たった感触が重すぎるくらいにあった。でも、ダメージは与えられてないだろうことはなんとなくわかった。まるで粘度の高い水を切ったような感触だったから。


残念ながら物理無効か少なくとも斬撃無効を持った魔族みたいだ。


一応私も武闘家のジョブを持っているから、打撃を試すことも出来なくはないけど、もし溶かされたら私の覚えている回復魔法では指や腕を生やすことはできない。


「ほぅ。人間の気配が1つ消えたと思ったら、こちらに来ていたのですね。来たとわかっていてもどこにいるのか全くわかりませんね。気配を消すのがとても上手ですね。姿までわかりませんよ。」


私の斬撃を受けてもやっぱりダメージはなかったみたいで、人型の魔族が喋り出した。

生まれたばかりのはずなのにこれだけ流暢に喋れるということはかなり特別な個体なのかもしれない。もしくはこの短時間で仲間を取り込んで安定したか、完全体になれたか…どちらにせよ、完全に魔族に昇格出来ているようだから、自身の能力を把握しているということだろう。やっかいだなぁ。たいしたスキルや加護を持っていない個体なら嬉しいんだけどね。

魔族のことは私にはわからないけど、とりあえず武器は溶かされないことがわかっただけでも良かった。ただ、斬撃でのダメージは与えられないから、あまり有用な情報でもないんだけどね。


「もう攻撃してこないのですか?それとも私の声が聞こえないほど遠くからの攻撃だったのですか?」


私は答えるつもりはない。正面から戦って勝てる相手ではないだろうから。だからといって、今すぐ逃げるつもりもない。今動けばたぶん気づかれる。きっと今は魔族が警戒しているだろうから。


「もしかしたら本当に近くにはいないのかもですね。私には感知できない遠距離攻撃だとしたら厄介ですね。まぁあの程度なら痛みもないのですけど。」


しばらく反応せずに待っていたら、魔族は私を探すのを諦めたようで、また上り階段の方へと歩き出した。


こういうときに人族が羨ましく思う。


人族は繁殖能力が高いだけの雑魚だと罵る人もいるけど、レベルさえ上げれば誰でも強くなれる。だから、全てにある程度の才能がある人族は努力次第で全ての分野で最強になり得るのだから。もちろんその中でも得手不得手があるのは知っている。それでも、獣人族がほとんどの魔法をスキルで覚えられないとかエルフ族が一定以上の筋力がつかないとかそういった欠点がないのは羨ましい。


いや、そんなのは無い物ねだりだね。


たしかに今回は魔法があればもっと試せることがあったとは思う。でも、私は今まで獣人だったおかげで得したこともけっこうあった。むしろ今の私があるのは獣人だったからこそだ。だから、そんな無駄なことを考えていないで、あの魔族を倒す方法を考えるべきだよね。


スキルの影操作を使用して、立体化した影を3つ作って攻撃を試みた。

刺す、切る、殴ると3種類の攻撃を試したが、魔族は避けるそぶりも見せずに全て受けたにもかかわらず、全くダメージを与えられていないようだった。


「これは魔法でしょうか?だとしたら声すら聞こえないほど遠くからの攻撃なんでしょうかね。もしくは近場に潜んでいてスキルの攻撃か。まぁどちらにしてもこの程度で私を殺すなんて無理ですよ。」


立ち止まった魔族が余裕が滲み出ている声で誰ともなしに話しかけてから、また歩き出した。


どうやら強がっているわけではなく、本当になんの痛みもないようだ。


リキ様が私のために作ってくれたクナイは物理無効を持つ相手にも多少の痛みは与えられるものだ。それに影での攻撃も物理とは別のダメージが少しは通るはずだ。それなのに一切の痛みも苦しみもないということはあれは本体ではないのか、最悪の場合は物理以外の無効の加護を持っている可能性もある。その場合、私ではどうしようもない。もしかしたらイーラが丸呑みに出来るかもしれないというわずかな可能性があるくらいになってしまう。


ダメだ。考えるのをやめたらダメだ。


魔族はまだ余裕を見せているから、みんなのところに行くまでもうしばらくの時間がある。それまでに少しでも倒す方法を探るべきだ。


影操作で影を操って魔族が歩くのを邪魔し続けてるけど、全く意味がないとばかりに魔族は歩き続けている。


影で拘束しようとしても、影が魔族の体を通過してしまって全く拘束できていない。

まるでイーラを相手にしているようだ。


そこで、ふとリキ様の言葉を思い出した。


「コツがあんだよ。」


ここの魔物を私はうまく倒せなかったのに、リキ様が軽々と倒すからなんでかと思っていたら、いわれた言葉だ。詳しくは教えてくれなかったけど、その助言のおかげで集中すれば攻撃するべき場所がなんとなくわかるようになった。あのときは核持ちの魔物だとはなんとなくわかっても、核以外でもダメージは通っていると思っていた。でも、もしかしたら、核以外だと全くダメージを与えられていなかったのかもしれない。


そしてこの魔物は人型ではあるけど、あの魔物が進化したもののはずだ。


それならどこかに核があるはず。


私が影から姿を現わすと、魔族が私の方を振り向いた。


「ほう。やはり近くにいましたか。ここまで近くにいたのに相手に気づかせないというのは素直に凄いと思います。子どものようですが、なかなか実力がありそうですね。しかし、たしか獣人は魔法が苦手な種族だったはずです。それでは私には勝てませんよ。」


この魔族は人型といっても全体が銀色の液体のようなものでできていて、かろうじて開閉している口のようなものがあるだけで目も鼻も耳も体毛もなく全体がつるりとしている。

だから表情なんてものはないはずなのに、私を見て笑っているのが伝わってくる。


この魔族にとっては私が初めての人間だから、これからいたぶるのが楽しみで仕方がないのだろう。


でも、お前は1人も人間を殺すことなく死んじゃうよ。残念だね。


私はアイテムボックスの空間に両手を入れ、指の間にシュリケンを3枚ずつ挟んで計6枚を投げつけた。


すぐに魔族の後ろに回り込み、腰の双剣を抜いて青い短剣にMPを込めながら魔族を切りつけ温度を奪い、赤い短剣の柄頭で思いきり叩いた。


さっきクナイで切りつけたときの感覚やシュリケンが刺さって飲み込まれた様子からして、粘度の高い液体であると判断した。

液体なら凍らせれば砕けるはずだと思ったのに、柄頭を叩きつけた感覚ではまるで金属を叩いたような感触だった。


凍らせると硬くなるのはわかっていたけど、衝撃で砕けないほどに硬くなるとは思っていなかった。


魔族の魔力濃度が高すぎて核の位置がわからないから、魔族の体を削って範囲を狭めようと思ったけど、私じゃできなさそうだ。

凍った部分だけ切り取ることなら出来そうだと思ったら、既に溶かされているみたいだ。こんなにはやく溶かされたら、切り取ってもすぐにまた吸収されるだけで、意味がなさそうだな。


シュリケンは素材のおかげかまだ吸収されていないようで、魔族の魔力濃度が高い体内にシュリケンの形でポッカリと空いた部分がある。これで核の移動範囲を狭めるしかないのかな。


「なるほど。獣人族の劣っている部分を武器で補っているのですね。賢いとは思いますが、それだけではまだ私には勝てませんよ。」


よほど余裕なのか、魔族はまだ攻撃をしてきていない。近づいてはくるけど何もしないのは丸呑みにでもしようと思っているのだろうか。それで苦しむ人間が見たいとか思っているのかもね。


とりあえずさっき思いついた作戦を試すべく、動き回りながらいろいろな角度からシュリケンを魔族に投げつけた。投げた数が20を超えても1つも貫通せずに魔族の体内に取り込まれている。


この作戦は失敗だな。


たしかに魔族の中に魔力が通っていない部分ができているけど、けっきょく核の位置が絞れない。


「さすがにそろそろ鬱陶しいですね。もう攻撃手段も尽きたようですし、死んでもらいましょうか。」


魔族がわざわざ攻撃を始める旨を伝えてから、体の一部を突き出してきた。

攻撃手段は進化前のあの魔物たちと同じようだから、避けるのは難しくなかった。そして、私はそのままみんなのもとへ走った。


「けっきょく逃げるのですね。まぁいいでしょう。べつにあなたにこだわる必要がありませんし。」


私が走って逃げても魔族は追ってこなかった。代わりに呟くように発した言葉が遠くから聞こえてきた。もちろんあの魔族に他の人間を襲わさせるつもりはない。


私では倒しきれないから、仲間の力を借りに行くだけだ。


全力で走ったから、すぐに階段のところまで来ることが出来た。ここまですんなり来れたのは魔族が追いかけてこなかったからというのもあるけど。


「撤退かのぅ?」


私が戻ってきたことでアオイさんが刀の柄に手を置いて確認してきた。

私が死んだらリキ様への伝令をお願いしたけど、戻ってきたから役割を変わるつもりなのだろう。


「いや、私だけだと倒しきれにゃかったけど、ヒトミとヴェルちゃんの力を借りれば勝てると思う。手伝ってもらってもいい?」


「へぇ、セリナが勝てない相手なのにあたしに頼るんだ?ふふっ、いいね♪いいよ♪何をすればいい?」


「僕も構わないよ。なんなら僕1人で倒そうか?」


ヒトミが私たちに劣等感を感じているのは知っているから、少し暗めな笑顔を向けてきたことは見なかったことにした。


ヴェルちゃんは普通に考えたら確かに強いから自信を持つのはいいことだと思うけど、もう少し相手を見る目は鍛えた方がいいんじゃないかな〜と思わなくない。でも、いざという時に頼りになるのは確かだし、リキ様が圧倒的強者としていてくれるから、最初に比べればだいぶ大人しくなってくれている。これ以上自信をなくされるのはそれはそれで困るから、余計なことをいうつもりはない。


「ヴェルちゃんだけでも大丈夫かもしれにゃいけど、他の魔物も増え始めてるから、念のため3人で行こう。イーラとサーシャはここで待機して、いざとにゃったときの足止めをお願い。アオイさんは私たちの気配が消えたらリキ様を呼んできてほしい。」


魔族が生まれてからは魔物の大量湧きは収まったけど、普通のときと比べたら異常な早さで魔物が生まれている。まだ瘴気の影響が少し残っているんだろうな。だから、早く確実に魔族を殺す必要がある。


「つまらんのぅ。」


「は〜い。」


「了承した。無理はせんようにな。」


サーシャとイーラがやる気なく返事をし、アオイさんが背中を押してくれた。


「ありがとう。それじゃあヒトミとヴェルちゃん、行くよ。」


私が少しゆっくり走り出すと、ヒトミとヴェルちゃんが並んで走り出した。


「今回の魔物は液体のようにゃものを纏ってるみたいにゃんだけど、それは本体じゃにゃいと思うんだよね。だから、2人にはその液体を打撃で弾き飛ばしてもらいたい。」


「わかった。」


「了解♪でも、私じゃ力が足りないかもよ?」


「そしたらまた作戦を考え直すから、とりあえず試してもらっていい?」


「試すのは構わないよ♪」


しばらく走ると、魔族の近くまで戻ってきた。


「仲間を連れてきたのですか。人間を何人連れてきたって私には勝てませんよ。おや?そちらは同族のようですね。でも、人間に飼われている程度の同族では相手にならないでしょうね。」


魔族が喋り終わると同時にヒトミのモーニングスターの棘付き鉄球が魔族の肩にぶつかり、肩より先を吹っ飛ばした。

飛んでいった腕の部分は地面に落ちると形を失い、腕の中に埋まっていたシュリケンが浮かんだ小さな銀色の水溜りとなった。


ヒトミがいきなり攻撃したことにはビックリしたけど、攻撃が通じたようで良かった。このまま削って小さくすれば核の場所が特定できるはず。


「いいね♪いいね♪君みたいな特殊な体を持つだけで強いと勘違いした雑魚に会えて嬉しいよ♪」


ヒトミが凄く楽しそうな笑顔でモーニングスターを引き戻してはぶつける動作を何度も繰り返した。その度に魔族の体が少しずつ飛び散っていく。


ヴェルちゃんは出るタイミングを見失ったのか、もしくは楽しそうなヒトミを見て空気を読んだのか、私の隣に立っている。

さっきまで死ぬかもしれないとか思ってた私はなんだったのかな。

でも、いくら私が武闘家のジョブを持っているといっても、私が殴ったり蹴ったりしてもこんな風には出来なかっただろうから、単純にヒトミが強いからこそ出来ていることなんだけど、なんだかな〜。


「や、やめ、たの…。」


魔族が何かをいおうとしているけど、ヒトミは聞く気がないのか、モーニングスターで殴り続けている。


「あははははっ♪君みたいな敵がいてくれるとあたしが弱くないことを実感出来るから嬉しいよ♪それに、セリナが勝てなかった相手を一方的に嬲れるってのは気分がいいや♪本当にありがとね♪お礼にあたしが殺してあげる♪」


こういうヒトミを見てると、やっぱり魔族なんだなって思う。リキ様の前ではこういう姿はあまり見せないから忘れそうになるけど、ヒトミは笑いながら人や同族を殺せる魔族なんだよね。


あっ、核が割れた音が聞こえた。


ヒトミは魔族を倒したことに気づいていないのか、既に形を保てなくなった液体にモーニングスターをぶつけて弾けさせた。銀色の液体と一緒に私が使ったシュリケンがバラバラに飛んでいった。ぱっと見た感じだとシュリケンは再利用できそうだな。良かった。


「もう終わり?まぁ気分良かったからいっか♪あれ?そういえば今のやつって使えそうだったけど、殺しちゃってよかったの?」


ヒトミが今さらながら確認を取ってきた。

強さや特殊性から役に立ちそうな人間や魔族はリキ様の奴隷や使い魔にするべきって話を前にアリアたちとしたけど、今回はしょうがないかな。弱らせるとかできる相手じゃなかったし。


今回のリーダーは私だから、アリアも文句はいわないでしょ。…たぶん。


「いいよ。私じゃ勝てにゃかったし、弱らせることもできにゃい相手だったから、殺してくれて助かったくらいだからね。」


「そうだね♪」


ヒトミは嫌味をいったわけではないのはわかるんだけど、なんだかな〜。今回は相性が悪かっただけで、ヒトミと直接戦えば私が勝てるし!


私がモヤモヤしていたら、ヴェルちゃんが私をなだめるように軽く背中を叩いて微笑みかけてきた。


「戻ろうか。ヒトミが僕の分を残してくれなかったから、僕は来た意味がなかったよ。」


「ごめんね♪嬉しくってさ♪」


まぁ、リキ様の前以外で久しぶりに本当に笑っているっぽいヒトミが見れたからいいかな。

助けを呼んだのは私だし、実際私じゃ倒せなかったんだしね。


そんなこと気にしてないで、シュリケンを集めなきゃ。


「僕らの任務はこれで終わりでいいのかい?」


「ちょっと魔物が増えてきたから、間引きしたら帰るよ〜。う〜ん…特殊個体っぽいのは生まれてにゃいみたいだし、生まれた数的に1人4体倒すくらいでちょうどいいかにゃ。」


私は拾い集めたシュリケンをタオルで拭いてからアイテムボックスに入れる作業をしながらヴェルちゃんに答えた。


「それなら僕とヒトミで12体ずつ倒せばいいのだろう?それなら任せてくれ。セリナは先にみんなのもとに戻っていてくれればいいよ。」


「そうだね♪あの雑魚より弱いなら、あたしが倒しておくから、セリナはみんなのところで待っててよ♪」


…。


私がヒトミの言葉で思考が一瞬止まっている間に2人は走っていってしまったから、返事が出来なかった。

まぁ結果的にアリアのお願いは達成できそうだからいいんだけどね。


べつに怒るようなことじゃないはずなのに、ヒトミの言葉にちょっとムカっとしちゃったな。リキ様といつも一緒にいるから怒りやすさが移っちゃったのかな?

気をつけなきゃ。


チラリと魔族の残骸を見てみると、まだ銀色の液体はダンジョンに吸い込まれていなかった。やっぱりただの色つきの水ってわけじゃないんだね。


もとの魔物も粘性はあったけど、すぐにダンジョンに吸い込まれていたし、これはなんかちがうのかもしれない。


一応アリアにお土産として持っていこうかな。異常な実験をさせたことにも文句をいわなきゃだし。これは証拠品だね。


アイテムボックスからてきとうに空き瓶を取り出して、1番深さがありそうな銀色の水溜りに瓶を浸して採取してみたけど、たいして深さのない水溜りだからあんまり取れない。まぁ、瓶の半分くらいは取れたからいいか。


あとはタオルで瓶の汚れを拭いから、瓶とタオルをアイテムボックスにしまって、みんなのもとへと戻った。

はぁ…これで任務終了だね。










私たちが屋敷に戻るとアリアが玄関で出迎えてくれた。

門番のドライアドたちから連絡がいったのだろう。私たちが終わるまで寝ないでわざわざ待っていたんだろうな。


「…おかえりなさい。」


「ただいま〜。」


私たちがそれぞれ返事をしながら、そのままみんなでお風呂に向かおうとしていたけど、先に報告して、アリアは寝かせてあげた方がいいか。


私が立ち止まるとみんなが振り向いたから、先に行っていてといって、私はアリアのところに戻った。


「とりあえず程よい数の魔物だけ残してきたけど、この魔道具はダンジョンで使わにゃい方がいいよ。というか、こんにゃ危にゃいものは作っちゃダメだよ!」


「…何があったのですか?」


アリアにはハッキリいってあげなきゃわからないと思って、預かっていた魔道具を返しながらあえて語気を強めて言葉を付け加えたら、アリアが困った顔で見てきた。


「それを使ったらあの魔物の進化系が数種類生まれたうえに魔族まで生まれたよ!しかも私と相性が悪かったから、死ぬかと思ったね。まぁ魔族に関してはヒトミが簡単に殺してたからそこまで強くはにゃかったのかもだけど。」


「…ごめんなさい……。イーラたちはどうでしたか?」


「イーラは直接触れてにゃいのに気分が悪くにゃるっていってたかにゃ?サーシャとヒトミはとくに何もいってはいにゃかったけど、魔族にとっても濃度が濃すぎるんだろうね。今回はにゃんとかにゃったけど、ああいう危にゃいものは思いついても作っちゃダメだからね!」


「…気をつけます。」


注意されて落ち込んではいるけど、やめる気はなさそうだ。

はぁ…しょうがないな〜。


「危にゃいやつは1人で試しちゃダメだよ。どうせ作るにゃっていっても作るんでしょ?にゃらせめて、試すのは私がいるときにしてね。」


「…ありがとうございます。」


わずかに微笑んだアリアをみたら、なんか全部許せちゃったな。


アリアにとってはリキ様が全てなのはわかってる。私たちも仲間だとは思ってくれていることもわかっているけれど、アリアの中ではリキ様が全てにおいて1番だから、リキ様のためならなんでもやるのだろう。

それなら、せめて危ないことは私のわかるところでやってほしい。アリアは自分の命を軽く見ているところがあるけど、私はアリアに何かあったら嫌だからね。


さて、さっさとお風呂に入って早く寝よ。


「あっ!そうだ。これ、アリアにお土産ね。倒した魔族の一部だよ。」


「…?……ありがとうございます。」


アリアにお土産を渡して、私も大浴場に向かった。


明日は久しぶりにマリナちゃんとダンジョンか。楽しみだな。

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番外編(裏切られた俺と魔紋の奴隷の異世界冒険譚) 葉月二三 @HazukiFuni

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