ローウィンスのとある1日①




私の腕の中で眠る1歳になりたての女の子の頭を撫でながら、辺りを見回す。


教会の隣に建てられたこの孤児院では0歳から14歳までの子どもたちが自由に遊んでいます。室内にいるのはほとんどが6歳未満の子どもたちなので、20人程しか見当たりませんが、外の庭で遊んでいる子たちも含めると確か56人になったと報告を受けていたはずです。

まさに可能性の宝庫というべきでしょうか。


ほとんどが親に捨てられた子どもたちですけれど、今ではとてもいい子になりました。

私が支援を始めた5年前までは院長が無能…いえ、害悪でしたのでだいぶ荒んでいましたが、新しい院長先生はとても真面目な方で、子どもを育てる才能があるのか、素直で真面目な子が増えました。


ここにいるととても癒されますね。あの気持ち悪い勇者にためられたストレスが抜けていくようです。

今ごろはウィルソンが大変な思いをしているかもしれませんが、ここの視察も私の仕事なのですから仕方がないのですよ。適材適所ということです。



この孤児院で面倒を見ているのは成人となる15歳までですが、既に才能を発揮し始めている子が数人います。

そういった子どもたちが5年前までどこぞの無能な貴族の玩具にされて使い潰されていたと思うと悲しい限りです。


私は使えない人間や努力をしない人間は嫌いです。そういった人間を利用することに罪悪感を得ることはありませんし、結果的にスラムでしか生きられなくなったとしても自業自得としか思いません。でも、子どもは別です。子どもには可能性がありますからね。


もちろん子どもでも悪いこととわかっていて犯罪に手を染める子はいます。そういった子はまた例外かもしれませんが、ほとんどの子どもは親の影響を受けたり、周りの影響を受けているだけです。まだ良し悪しの判断が出来るほどの知識も経験もありませんからね。

そんな周りの愚劣な大人たちのせいで子どもたちの可能性が閉ざされてしまうのは勿体無いと思って、孤児院に力を入れることにしました。


さすがに当時10歳程度の私だけではいくら王族という肩書きがあっても孤児院の立て直しをするのは難しかったので、力のある御二方に協力をしてもらいました。


お父様は隠しているようでしたが、アラフミナを良くしたいという同じ志を持ち、お父様を裏から支えてくれている御二方。


“スランダ・カフ・ミルラーダ”


“ガイトス・デニーロ”


ミルラーダ辺境伯がアラフミナのために動いてくださる理由はわかりませんが、魔族領に近い海沿いの領土を守り、無能な貴族の牽制までしてくれる優秀な方です。

冒険者時代に得たらしい優秀な部下たちのおかげで辺境伯のところにはたくさんの情報が集まり、私はその一部を買い取らせていただいている関係です。


ガイトス・デニーロさんは私と近い思いを持つ方です。

抗う術を持たない子どもが喰い物にされるのを嫌い、少しでも減らしたいという思いで裏社会をまとめ上げた狂人。当時は強引な手段も辞さなかったため、冒険者でないのに二つ名をつけられた珍しい方です。


デニーロさんとは関わりがありませんでしたが、直接お会いしたら噂で聞いていた通りの方で、御二方とも孤児院の立て直しの協力には快諾してくださいました。


無能な貴族たちが邪魔をしようとしてきましたが、御二方が協力してくれていると知った途端に黙ってしまった姿は滑稽でした。


御二方の協力とお父様の許可があったおかげで、ここまで立派な孤児院にすることが出来ました。これで将来を担う子どものまともな教育が出来ますね。もちろん個人の努力次第ですが、頑張る子どもへの援助は惜しみなく行うつもりです。努力をしない子どもに関してはどうなろうと構いませんが、院長先生のおかげで才能の有無は別として、努力をしない子どもはいないようです。


一つ心配があるとすれば、ここの世話をするのが院長先生しかいないことですね。彼女は有能な方なので60人くらいであれば、子どもたちを上手く使って全体の面倒を見ることが出来そうですが、それ以上は厳しいでしょう。

里親が見つかったり、成人になって出ていく子どもたちより新しく拾われてくる子どもの方が多いので、そろそろ人員の確保をしないといけないとは思っているのですが、なかなか見つからないので困ってしまいます。


既に成人して卒院した方々の中に協力してくださる意思のある方はいるようですが、今はまだ下準備の段階のようなので、もうしばらくかかってしまいそうです。


さて、どういたしましょうか。


今後のことを考えながら、腕の中の子どもを起こさないように撫でていると、懐かしい方が部屋へと入ってきました。


男性と変わらないほどに短く整えられた金色の髪は手入れをしていないようで少し痛んでいて、元々中性的な顔立ちであるのと少しつり上がった目も合わさり、男性と勘違いされることもありそうです。昔は性格も含めてほとんど男の子でしたし。今は耳から鎖骨まで大きな古傷が出来てしまっているので、首から上だけ見たならば顔立ちが綺麗な男性に見えるでしょう。ただ、この3年間で成長したようで、ハッキリと女性とわかる体つきに変わってしまい、全体を見てしまったら男性と間違えるのは難しそうです。

努力の足りない女性には羨ましがられそうな体型ですが、彼女は少し筋肉が多いので私の方が女性としての魅力は上でしょう。

だって、まだ見ぬ本当の勇者様と添い遂げるために小さい頃から努力してますから。


その方は私の前まで歩いてくると、おもむろに跪きました。


「お久しぶりです。ローウィンス様。」


孤児院では院長先生と一部の子たちを除いて、私が王族であることは隠してあります。そうでないと子どもたちの無邪気な笑顔が見れなくなってしまいますから。

そのため、ここでは私のことを皆には名前で呼んでもらっています。


なのに跪かれてしまっては意味がなくなってしまうではないですか。


「お帰りなさい、エイシア。お久しぶりね。それと、私はただの可愛い女の子なのだから、跪かれても困ります。」


「失礼しました。私の名を覚えていてくださって、光栄に思います。」


私が指摘すると彼女は素直に立ち上がってくれたのだけれど、そんなにかしこまった話し方をされては意味がないと思います。

しかし、彼女はここを出て行く少し前からこんな話し方でしたから、3年経っても変わらないのであれば気にするだけ無駄なのでしょう。

5年前はもっとやんちゃでしたのに、やっぱり人は成長するのですね。


「それは忘れられませんよ。一番最初に喧嘩を売ってきた相手というのはとても印象的ですからね。」


「そのことは忘れてください…。」


当時の孤児院に口出ししている私が気に入らなかった彼女が木の棒を持って文句をいいにきて、ウィルソンに痛い目にあわされたことを思い出しながら私がクスクスと笑って答えると、彼女は困った顔で俯いてしまいました。


本当は一度お会いした方の顔と名前を覚えるのは当たり前だと思っているのだけれど、それが出来ない方が多々いるらしいので、冗談で誤魔化すことにしました。もし彼女が覚えられない方だった場合、傷つけてしまう可能性がありますから。

彼女はそれを補って余りあるほどの戦闘の才能がありますので、このくらいは気を使わせていただきます。


「冗談よ。それで、エイシアは冒険者になってギルド本部のあるクローノストのグローリアを拠点にしていると聞いていましたが、この町には依頼で来たのですか?それとも私たちの顔を見に来てくれたのですか?」


「はい。冒険者となり、経験を積み、Aランクになることが出来たので、約束を果たしにきました。」


約束。

近衛騎士になり、私を護るという話のことでしょう。


「3年もの間、思い続けてくれたことには大変嬉しく思います。ただ、一つ先にいっておかなければいけないことがあります。」


「試験のことでしょうか?それでしたら調べてあります。必ず合格してみせますので、側に仕えさせていただきたいです。」


「それについては心配していません。エイシアの活躍については話を聞いているので、合格は間違いないでしょう。むしろ兄たちに気に入られて奪われてしまう心配があるくらいですね。それとは別に先に話しておきたいのは、私は王位継承権を完全に失ってしまったということです。なので、私の近衛騎士となってもすぐに私兵のような扱いになってしまいますよ。」


後々になって給与の問題や肩書きの違いによって辞められてしまっては面倒ですからね。それに私自身に仕えたいと思ってくれる護衛以外は今後邪魔になるでしょうから、返答次第では断るつもりです。


「私はローウィンス様に仕えたいと思っています。冒険者として鍛えている間に、贅沢をしなければ40年は生活できるお金も貯まっているので、無給でかまいません。その程度で今までのご恩をお返しし切れるとは思っていませんが、出来る限りローウィンス様のお役に立ちたいと思っていますので、仕えさせていただきたいです。」


私の世話役を兼任していた唯一の同性の近衛騎士であるバニラは私が王族から外れたらついては来ないでしょう。彼女はお金や肩書きを重視する方ですからね。それが悪いこととは思わないので、私から彼女に何かいうことはありません。ただ、彼女には兄たちの近衛騎士に空きが出るまで王国騎士団で頑張ってもらうことになるでしょう。

私が王族で無くなる正式発表があるまではまだ私の近衛騎士なので、本当の勇者様の捜索はしてもらっていますが。


彼女がいなくなることで新たに私の身の回りの世話をしてくれる方を探す必要があったのですが、これはちょうどいいかもしれませんね。


「そこまでいってもらえるのはとても嬉しく思います。それではせっかくの同性なので、身の回りのお世話もお願いしてしまおうかしら。」


私が冗談のようにクスクスと笑いながらいうと、エイシアもニコリと笑った。


「お任せください。」


私が持つ指輪に付与されている『虚言察知の加護』はエイシアとの会話中には一度も反応しませんでした。ということは彼女は世話役などという面倒なことをすることになろうとも、本当に私に仕えたいと思ってくれているようですね。

そこまでの恩を売ったつもりはないのですが、断る理由はないのでお願いすることにしましょう。


「それでは必ず試験に合格してくださいね。期待して待っていますから。」


「はっ!」


彼女は直立姿勢で右手を胸に当て、通る声で返事をした。

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