アリアとフェイバー①(アリアローゼ視点)



わたしは奴隷として買われたのになぜか首輪を外されて、ご主人様に抱きかかえられた。


人に抱きかかえられるなんて何年振りだろうか?最近は体を拭くこともなく汚いことは自分でも理解していた。だけど、ご主人様は抱きかかえることに躊躇がなく、嫌な顔もしなかった。それがなんだか嬉しかったし、触れ合う部分だけでなく体の真ん中がなんだか温かかった。でも、そんな気持ちでいられたのは最初だけだった。


ご主人様は奴隷市場を出るなり走り出した。


揺れが激しくて気持ち悪くなっても吐き出すものが何もないから、ただただ気持ち悪いのをひたすら我慢することになった。

そのせいで、さっきの嬉しさも温かさも一気に記憶から飛んでしまった。それがちょっと悲しいと思いながらも余計なことを考える余裕なんてなかった。






少し落ち着いてきて、周りに意識を向けると、草の匂いがする場所にいるようだった。


なにかの建物に入って、ご主人様が誰かと話しているのはわかっていたけど、気持ち悪さに耐えるのでいっぱいいっぱいだったから全く聞いていなかった。


気持ち悪さが治って顔を少しあげると、ご主人様は女の人と話をしていた。

ここは薬屋さん?

女の人はお店の人みたいだけど、ご主人様と歳が近いからか仲が良さそう。もしかして昔からの知り合いなのかな?


「夜に森に入るとか本当に馬鹿なの!?」


女の人がいきなり大きな声を出すからビックリした。


わたしがビックリしたからか女の人がわたしに気づいたみたいで、あからさまに嫌そうな声を出した。


わたしの今の状態を見たら普通の人たちはそう思うだろう。今のご主人様が寛容なだけだ。だから悲しむ必要なんてない。奴隷なんだから。人じゃないんだから。こんなことで悲しんでいたら耐えられない。






ご主人様は女の人との話が終わるとわたしを下ろして店を出て行った。


置いていかれるのは嫌だったけど、これから行くところにわたしを連れてはいけないようだったから、大人しく待たなければいけない。


「立ってるの辛いでしょ?こっちにおいで。」


わたしがドアの近くでご主人様を待っていると、お店の女の人が商品棚から取ったであろういくつかの瓶を抱えて声をかけてきた。


あの怖いご主人様と対等に話せる人だから、機嫌を悪くさせるのは怖いと思って素直に従った。

カウンターまで近づくと、女の人はカウンターの中にある椅子に座って、太ももをパンパンと叩いていた。わけがわからず首を傾げた。


「さすがにその汚れたまま中に寝かせるわけにはいかないから、私の膝の上で我慢してね。椅子を取りに行くのは面倒だし。」


「…わたしは汚いです。その服が汚れてしまいます。」


喉に違和感はあるけど、普通に声が出た。

ここに来てから体の怠さも少し楽になっている気がする。さっきからしている草の匂いのおかげかな?


「知ってていってるから大丈夫だよ。汚れたローブはあいつに買わせるから問題ないし。」


それは全然問題なくない。わたしのせいでお金がかかったら怒られる。

ただでさえ、聞き間違いじゃなかったら薬に金貨1枚っていっていたのにそれ以上余計に使ってもらうわけにはいかない。いくらご主人様がお金持ちでもわたしが使っていいものではないのだから。


「…これ以上わたしのせいでお金がかかってしまうのは困ります。」


「そんなこと気にする必要ないんじゃない?あいつはその程度じゃ怒らないと思うよ。もし怒っても私にたいしてだろうから大丈夫。」


「…お姉さんはご主人様と仲がいいんですか?」


「え?私とあいつが?いやいや、ないから。そもそも昨日会ったばかりだから知人といえるかも怪しいよ。」


「…え?」


このお姉さんはご主人様とまだ会って2日目なのにあんなにハッキリ思ったことをいえるなんて、怖いもの知らずなのだろうか。


「そんなことより早くおいで。せっかくあいつが高い薬買ってくるんだから、それで少しでも治るようにしたほうがいいでしょ。」


どういう意味かはわからなかったけど、わたしが拒んでいるせいで治らなくなる可能性がある方が怖いと思って、お姉さんの近くまでいった。でも、人の膝の上に乗るのはどうしても躊躇ってしまう。


「子どもなんだからそんな遠慮なんかしなくていいのに。後ろ向いて。」


膝に乗るよりはいいかなと、いわれるがままに後ろを向いた。そしたら両脇の下に手を入れられて持ち上げられた。

そのままお姉さんの膝の上に乗せられた。


「この服なんか変わった触り心地だね。うわっ、軽っ。…やっぱり子どもでもここまで汚れてると臭うね。」


「…ごめんなさい。」


「べつに謝ることじゃないよ。好きでそうなったんじゃないだろうし。むしろ思ったこといっちゃってごめんね。さすがに失礼だったね。」


そういいながら、お姉さんはカウンターのうえで瓶から草や種を取り出して器に入れ、すり潰し始めた。

凄い匂いがしてきて自然と顔を顰めてしまったが、なぜか落ち着く匂いに感じてしまった。


「…いえ、気にしないでください。」


「それにしてもずいぶんしっかりしてるね。何歳なの?もしかしてドワーフ?」


「…人族、8歳です。」


「8歳でそんなしっかり喋れるなんてきっと頭がいいんだね。」


お姉さんはわたしに話しかけながら器に何かを足してはすり潰すを繰り返している。


「…そんなことないです。」


「謙虚だね〜。…今さらだけど喋るの辛くない?」


「…大丈夫です。」


「あっ、そうだ。これあげる。」


お姉さんは一度手を止めて、ローブのなかから小さな玉を取り出して渡してきた。

ころころと話題を変えているのはわたしに気を遣ってなのだろうか。


受け取って見てみると、透明な玉の中に黒い何かが閉じ込められているようだ。


「…これはなんですか?」


「これはね…いや、知らない方がいいよ。知っちゃうと奴隷紋のせいで使えなくなっちゃうかもしれないし。ただ、あいつが変なことをしてきて、どうしても嫌だったらこれを固いところにぶつければいい。そのときは絶対にこのローブを着てなきゃダメだよ。あとそれはとても割れやすいから大事に扱ってね。」


変なこととはなんだろう。ご主人様は奴隷に何をしてもいいはずだ。奴隷は嫌でも従わなければいけない。なのになんでこのお姉さんはわたしにこれをくれたのだろう。ご主人様はわたしを奴隷市場で買ったとこのお姉さんにいっていたから、わたしが奴隷だと知ってるはずなのに、なんで人間として扱ってくれるんだろう。


もしご主人様が何をしてきてもこの玉を使うことはないだろう。でも、お姉さんの気持ちは嬉しいから大事にとっておこう。


「…ありがとうございます。」


「い〜え〜。さてと、薬が完成したから使うね。この薬を布に染み込ませて口と鼻に当てるからちょっと苦しいかもしれないけど我慢してね。本当にキツかったらわたしの腕を叩いてね。」


お姉さんはすり潰して濃い緑色の液体になったものを布につけて引き伸ばし、もう一枚の布で挟んだ。


「…はい。」


お姉さんはその布をわたしの鼻と口を塞ぐように優しく当てた。


「そしたらゆっくり大きく息を吸って〜…。吐いて〜…。これを何回か繰り返して、胸のあたりが温かくなってきたら普通の呼吸に戻してね。眠くなったら寝ちゃっていいからね。」


わたしはいわれるままに呼吸をし、声が出せないから頷いた。


呼吸をするたびに胸から全身に広がるように暖かくなって、次第にポカポカと気持ちよくなってきた。このまま目を瞑れば寝れそうだというところでご主人様が帰ってきた。


ご主人様が帰ってきてからもしばらく布越しに呼吸をしていたら、意識がぽーっとしてきた。


お姉さんがわたしの口から布を外した。一瞬理解するのが遅れてしまったけど、終わりみたいだ。

わたしは急いでご主人様のもとに近づいた。急ぐといっても今のわたしは少し早く歩くので精一杯だ。


ご主人様の前まで来ると、ご主人様がしゃがんで目線を合わせてきた。…少し怖い。


「この治療薬はもう買ってやることができない。だからちゃんと全部飲め。この薬で病気が治るかはお前次第だ。治ることを強く願って飲め。いいな?」


「…はい。」


薬が高いのは知っている。それをなんでわたしに買ってくれるかはわからない。だけど、病気を治すために買ってきてくれたのだから、頑張って治したい。


そう願いながら、零さないように少しずつ飲んだ。


物凄く美味しくない。苦い。でも飲むたびに体が軽くなる気がする。


少しずつ、少しずつと飲んでいくうちに全部を飲み干した。


なんだかふわふわとする。


意識がぽーっとするなか、お姉さんとご主人様がなにかを話しているけど、内容が頭に入ってこない。とても眠い。





「アリア!」


急に呼ばれてビックリして目が覚めた。…呼ばれたよね?


「アリアローゼだと長いから、戦闘時に呼びづらい。だからこれからは常にアリアと呼ぶ。いいか?」


ご主人様はわたしを愛称で呼んでくれるみたいだ。


「…はい。」


「わかったらこれを着ろ。」


そういって、ローブを渡された。

着ていたご主人様の上着を返して、さっきお姉さんが着ていたローブを羽織ったら、あまりに大きいからご主人様が結んで丈を無理やり合わせてくれた。


わたしはお姉さんからもらった小さな玉をローブのポケットにしまい、お姉さんに頭を下げてからご主人様について店を出た。

お姉さんは微笑みながら手を振ってくれた。




奴隷としてでも商品としてでもなく、家族以外の人に人として優しくしてもらえた今日のことをわたしは一生忘れないだろう。


ご主人様に許してもらえるのなら、お姉さんにいつか恩返しがしたいと思いながら、嬉しさでにやけてしまう顔をローブのフードを深くかぶって隠しながらご主人様の隣を歩いていく。

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