リキとの出会い(肉串屋のおっちゃん視点)



忙しい時間に一区切りがつき、次のために生の肉串に軽く火を通しながら通りに目を向けると、変わった服を着た男が目についた。


辺りを不思議そうに眺めているが、どこかの村人か?それにしては変わった服を着てるし、高価そうなアクセサリーもつけてるな。もしかして貴族が1人で屋敷を抜け出してきたとかか?だとしたら市場とかは初めてってのもありえるな。


どうやら俺の店に興味をもってくれたみたいでこっちに向かって歩いてきた。まぁ自分でいうのもなんだが、俺の肉串は味、食感、匂いと全てにおいて貴族だろうと文句をいわせない出来だからな。


「おっちゃんこれいくら?」


あれ?喋り方が貴族っぽくねぇな。喋り方はお忍びだから俺らに合わせてるって可能性もあるが、値段表記されてんのに値段を聞いてくるってことは読めねぇのか?

まぁなんにせよ客は客か。


「いらっしゃい!この串は銅貨5枚で、こっちの特上は銅貨10枚だ!」


指さされた肉串の値段を伝えたついでに特上の値段も教えた。もしかしたらどっちがどっちの値段かわからなかっただけかもしれないと思ったからだ。


「…銅貨?」


だが、ぼそっと呟かれた言葉が聞こえて眉を寄せた。

文字が読めないやつはそこそこいるし、書けないやつはけっこういる。だが、この男の歳まで金を知らないやつはまずいない。ここまでくると怪しくなってきたな。

もしかして自分で買い物をしたことがないようなお坊ちゃんなのか?もしくは金貨と銀貨しか使ったことがないとかか?


そんなことを考えていたら、男は財布から銅貨を5枚取り出して渡してきた。


「毎度!ってなんだこりゃ⁉︎どこの国の金か知らないが、これはうちでは使えねぇよ!アラフミナ王国の銅貨で頼むわ!」


渡された物を男に返すときにかるく見たが、見たこともない模様が彫り込まれていた。材質は銅ではありそうだが、ずいぶんと薄い。


アラフミナ王国の銅貨でといったが、この大陸のお金は共通だ。アラフミナ以外でも認められたうえで硬貨を作ってる国はあるが、模様がちがうだけで形も大きさも価値も一緒だ。昔冒険者だったときに違う国の硬貨も使ったことはあるが、少なくともこんなのではなかった。


中には領土内だけで使えるお金を作ってるところもあると聞いたことはあるが、この辺りではミルラーダ領くらいだろう。そこの領土内硬貨は見たことあるが、模様が違うはずだ。


「実はこの国の金がないんだが、他国の人間でも金を稼げる仕事って何かないか?」


「はぁ⁉︎」


今こいつはなんていった?この国の金がない?この町から他国で一番近いのはケモーナだろうが、ケモーナの一番アラフミナよりの村から来たにしても金を使わずに来ようとしたら寝ないで歩き続けても3日以上かかるし、そんなことは不可能だから3倍以上はかかる。その間金を使わずになんて来れるわけがないし、そもそもケモーナも使ってる硬貨は同じはずだ。


意味がわからず、自然と眉間にシワが寄ってしまったが仕方ないだろ。


ふと思ったが、可能性としてはもう1つあるな。いや、可能性としてありえないからこそ思い浮かびもしなかったのだが、ふともしかしたらと思ってしまった。


魔族領から海を渡ってきた魔族の可能性だ。


だが、間にはミルラーダ領があるし、そこを避けるにしても強力な魔物が住む山脈があるから簡単には越えられないはずだ。


もし僅かな可能性で無傷で町まで来れたとしてもこの町には身分証がなければ入れないはずだ。


…そこまで思ってもう1つの可能性が頭を過ぎった。


そういやそろそろ勇者召喚をするって話だったな。もちろんまだ公表されてはいない。俺がたまたま現王様とちょっとした知り合いだから知っているだけで、詳しい日時まではさすがに知らない。


ということはこいつは勇者の可能性もあるわけか。


…考えごとをしている間、無言で見続けてしまっていた。でもこんだけ見られても物怖じしないってのは今回の勇者は当たりか?

自分でいいたくはないが、俺の顔は一般人よりやや厳ついらしい。ほんの少しだがな。その俺に無言で見続けられても変化しないってのは肝が据わっているのだろう。


ん?でも勇者ならなんで仕事を探す?逃げ出してきたのか?いや、それはねぇか。さすがにあの王様が勇者を逃すなんてヘマを踏むとは思えねぇ。


無知で一文無しだが肝が据わっていて、変わった服装をしている成人したばかりくらいの男。怪しさ満点の男だが、不思議と嫌いではないと思える。


「確かに見ない服装だな。誰でもなれる仕事っていやぁ冒険者くらいじゃねぇか?」


男の雰囲気が僅かに変わった。諦めたような楽しんでいるような、よくわからない不思議な感覚。


「どうやったらなれる?」


俺が冒険者ギルドの建物を指差すと男はそっちを向いた。


「あの建物が冒険者ギルドだ。あとはあそこの受付で聞いてくれ。」


「ありがとう。」


男は礼をいい、冒険者ギルドの方に歩き出した。


俺が男に最終的に抱いた印象は『悪いやつではなさそう』だった。







屋台側に置いておいた肉串の残量が心許なくなったから、朝のうちに仕込んでおいた残りを取って戻り準備をしていたら、声をかけられた。


「おっちゃん、肉串1本と特上2本くれ。」


声をかけてきた客に振り返ると金を出してきたから、咄嗟に受け取った。


「毎度!ってさっきのあんちゃんじゃねぇか!もう稼いできたのか⁉︎」


とりあえず注文を受けて金を渡されてるのだから肉を焼かなきゃと、かるく火を通してある肉串を焼き直し始め、お釣りの銅貨75枚を返した。


それにしてもさっき登録に向かってからそんなに時間は経ってねぇよな?薬草採取のクエストにしても終わるのが早すぎる。


「さすがにまだ登録しただけだよ。」


は?登録しただけで金が手に入るわけがない。というか、そういや冒険者登録って最初に金がかかった気がするぞ。


「じゃあこの金は誰から奪ったんだ?」


「持ってたアクセサリーを売って金にしたんだよ。」


そういやさっきつけてたネックレスがなくなってるな。


「おいおい、それでせっかく手に入れた金を無駄遣いしない方がいいぜ。」


「これから稼ぐから大丈夫だ。それにまだ多少の金はあるし。」


ずいぶんと仕事をなめてるようだな。冒険者は常に危険がつきまとうから、なめてかかると死ぬというのに大丈夫か?もちろんわりと安全な依頼もあるが、それだとたいして金にならない。

話ぶりからしてこの町に家はないだろうから宿屋暮らしになるだろうし、その日を生きるための金を稼ぐのも大変になるのだからやっぱり無駄遣いは極力避けるべきだろ。なんだか心配になってきた。


なんで今日初めて会ったやつのことを心配に思っているんだろうかと不思議に思いつつ、焼きあがった肉串を男に渡した。


「ほらよ。まずは普通の肉串からだ。」


「あんがと。」


「多少の金があるっていってもこれから装備とか薬とか買うんだろう?金は足りんのか?」


「…そうだな。」


全く考えていなかったという顔をしたな。わかりやすいやつだ。冒険者なりたてのやつがよくするミスだな。

冒険者になって舞い上がって、初クエストにほぼ手ぶらで剣だけ持って魔物退治にいって死ぬってな。


「考えてなかったのかよあんちゃん。はぁ…しょうがねぇな。ここで会ったのも何かの縁だ。こっから冒険者ギルド側に歩いて最初にある武器と防具の総合店でカザエルの紹介だって伝えろ。多少は安くしてくれるかもしれねぇ。少なくともぼったくられはしねぇはずだ。ちなみにカザエルってのは俺の名前だ。」


本当なら俺が先に武器屋のおっちゃんに話を通すべきだろうが、あの口は悪いけど初心者冒険者想いのおっちゃんならいいようにしてくれるだろ。


「何から何まで恩にきる。」


「いいってことよ!ほらよ。特上1本目だ。」


自分でも不思議に思う。なんで俺は本名を初対面の相手に教えたのかと。だが、俺の名前を聞いても一切表情を変えなかった男の反応に嬉しく思う自分がいるのだから、教えたことは失敗というわけでもなさそうだ。

せっかく王様が俺のために俺に名乗るよう王命まで使用した2つ目の名前があるというのに、ちょっと申し訳なかったかな。

まぁ本名を名乗るなという命令はされてないし、あの王様なら許してくれるだろう。


「何これ⁉︎うめぇな!」


そうか。俺がこの男を気に入っちまってるのは昔の俺に似ているところがあるからか。

どこがとはうまく説明は出来ないが、目の前の男を見ていると、生まれたときに両親から英雄の名前をもらい、小さい頃から両親に冒険者のいろはを教わり、成人になって冒険者の道を歩み始めたばかりの俺を思い出す。


「だろ?肉がいいってのもあるけど、俺の焼き加減が絶妙だからな!」


「おっちゃん、顔に似合わずやるな!」


「顔は関係ねぇだろう!」


まだ英雄の名前をもらえたことを誇りに思い、同じ領域を目指していた頃の俺を思い出させてくれる。


「悪い悪い、失言だ。ってかこれって何の肉?」


「最初のがラビケルの肉で、特上がカウブルの肉だ。」


出来るなら、誇りだった名前のせいで両親を殺され、復讐だけを生きる意味としかけた俺のようにはならないでほしいと思う。


そう思ってしまうくらいには気に入ってしまったというのもあるが、この男の目を見るとそうなりかねない闇を持っているように見えたからだ。


もし頼られることがあれば、俺の出来る範囲で応えてやりたいと思う。


これでも元Sランク冒険者だからな。


まぁ10年も前の話だから衰えちゃいるだろうが、力をつけずにランクだけ上げてるようなやつらに負けない程度の実力はあるはずだ。たぶん…きっと………そう思いたい…。



かるい雑談を交わしたあと、武器屋のおっちゃんのとこに向かった男の背中を見送った。




「頑張れよ。」



小声で呟いた俺の声はきっと届いてはいないだろう。

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