「私の書いた小説、よかったら読んでみて!感想も聞かせてくれると嬉しいな」から1年経ったんだけど

松川 真

もっと早く読んでたら、こんなことにはならなかったんだ


涼太りょうたくん...私の書いた小説...よかったら読んでみて」



「りんちゃん小説書くの?すごい!僕が読んでいいの!?」



「うん。学校の人に見せるの初めてで怖いけど。なぜかな、涼太くんなら大事に読んでくれると思って」



「本当!?光栄だよ!やったぁ!」



「それから...感想も聞かせてくれると嬉しいな...」



「うん!もちろん!」



 そんなこと言われちゃ読むしかない。うん。



 ずっと気になってた図書委員のりんちゃん。そのりんちゃんが僕にこんなこと言ってくれるなんて。中学入ってまだ一冊も本を読み切ったことないけど、図書委員になってよかったな。



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 夢か。一年前の記憶が出てくるなんて。思い出したくないもの見ちゃったな。






   ワ゛ンニャァ




「?」




 ワ゛ンニャァ...




 ちょっとまって。部屋の扉、どこいった?僕の部屋、ドア付いてなかったのか?なんで部屋の外が影で覆われてるんだ?



 次の瞬間信じられないほど巨大な何かが僕の部屋の中へにゅるんと入ってきて、僕に音という名の衝撃を飛ばした。



「ワ゛ンニャアァァァァ!!!!!!」



 嘘だろ?どなた様?胸板が膨らんだエアバックを5等倍したくらいある。

 腕がでかいドラゴン?力こぶが、僕2人分が中でうずくまってるくらいパツパツに盛り上がっている。服みたいなの着てるけど隆起した筋肉のせいで、体の模様みたいになっちゃってるよ...

 どう頑張れば、こんなにでかいのが僕の部屋に入ってこれるんだ?




 それから...


「...ワンニャア...?」





「ワ゛ンニャア ハ ワ゛ンニャア ダ!! 」




 そう言うと目の前にいる『僕100体分くらいのデーモンと形容したい何か』が、SIMカードくらい小さくみえてしまうスマホを、僕の腕くらい長い爪で操作しはじめた。



「チイサクテミエヅライ!!」



 腹を立てて少し力を込めたのか、スマホは砕けちり、僕の目の前に落ちる。割れたスマホから微かに覗ける。



 『One year 一年』と表示されている。



 one year...ワンイャア...ワンニャア!?



 ワ゛ンニャァ!?(どうやって発音すんだ...?)




 一年。



 なぜ僕はこの巨大な何かを見て、りんちゃんを思い浮かべるんだ?

 一年たったけど、僕、小説読んでない。読んでないんだから、感想なんてもってるわけない。



 さっき夢で出てきたからか。でも全然違うじゃないか。この腕の大きいドラゴンみたいな何かが、りんちゃんなわけがない。




 僕はこの巨大な何かに掴まれた。

 首根っこを掴んでるつもりでも、あまりに大きな手だから、僕の顎下からくるぶしまでガッチリ掴まれた。



 うぅ!!!握り締められて苦しぃ....くない?



 苦しくない。こいつの手にかかれば、僕なんかデコピンで肉片と化してしまいそうなのに。



 握力の入れ具合、なんてジェントル。



 でも僕、こいつに食べられるの?僕が何かした?

 何されるの?





「ヨ゛メ」






「...は?」






「YOME」






「?わかりました...」


 よめ?読め?

 何かを読めば、放してくれんのか?

 ...えぇい!何故今りんちゃんの顔が頭に浮かぶんだ!!





「Y゛OM゛E」



「...」



 何を読むのかわからないが、『わかった』と言ったのに、もう一度言ってきた。一筋縄ではいかなそうだぜ。




「WATASHI NO YOME」


 そう巨大な何かが僕に言うと、一年前にりんちゃんが書いてくれた「涼太くんへ」と書かれた本を爪で挟んで私の前に伸ばした。



 失くしてたりんちゃんの小説だ。『私の読め』。じゃあこいつは...りんちゃ...





 りんさん。





 じゃあ『ヨメ』は『小説を読んで』ってこと?


 本当にりんちゃんなのか?




 だとしたら、りんちゃんは火を吹かないのが不思議に思うくらいの、何かの権化とかしていr...


 あぁ。火も吹いちゃうのか。



 熱ぃ!...くない。熱くない。適温。「いい湯だな」と思わず口ずさんでしまうほど、気持ちいい。直前で僕に唾みたいなのを吐いてた。体の周りに泡みたいな膜を張ってくれたみたい。部屋に当たらないように火を吐いてるし。「生かさず殺さず、時々気持ちよく」のスタンス。




 僕はりんさんから本を受け取って読み始める。りんさんに凝視されながら炎を吐かれる僕。気が散ってしょうがない。





『イ゛エ』


 僕が本を手に取ってまもなく、りんさんは口を開いた。




「言え?何を...ですか?」




「サア、カンソウヲYEAH゛!!!」




 YEAH!言え...「感想を言え」...か?





 嘘だろ...?早すぎる。




 ***


『私の書いた小説、よかったら読んでみて!感想も聞かせてくれると嬉しいな。』


『ヨ゛メ。イ゛エ。』


 ***


 この2つは本当に同じことを伝えている文章なのか?

 優しく言われてる内に読めばよかった...




「聞カセロ..コフゥ...」


 コフゥ。狼みたいに突き出た、りんさんの口の間からシューシュー聞こえてくる。『コフゥ』に完全に気圧けおされた僕は、死ぬ物狂いでパラララとページをめくる。



 感想の内容で、僕の身に何が起こるかわからない。

 ここが勝負どころなんだろう。登場人物、わかんねぇ。ページをめくってると、カタカナの名前が目に入った。ミドリとタケシ。こいつで切り抜けられるか?





「感想は、えぇと...ミドリとタケシの恋愛模様が...クセになる... ...みたいな?」





「...何ダソノ感想ハァァァァ!!!チャント読ンダノカァァァァ!?タケシハミドリノTOORINA☆DA!!!」




 ミドリの通り名がタケシ!?



 何言ってんだこの人。何が書かれてんだこの小説。


 逆にちゃんと読みたくなったよ。りんさんがいない時にゆっくり。




「400ページあるんですよ!? 2分じゃ読めないです!!僕、1ページ読むのだってもっとかかるんですから!」




「ワ゛ンニャア ト ニフン゛ダァァァァ!!!!!!!!!!」

(訳:1年と2分だ!!)




 だめだ。咆哮ほうこうだけで意識がトびそうだ。



 やばい。まだジェントル配慮してくれてるなら、生きて開放される望みはある。配慮されてなかったら僕はすでにこの世にいないだろうから。




「フタタビヨメ」


 りんさんは僕を180度回転させた。どうやら僕が読むのを後ろから覗き込んで僕の読書の進み具合を監督するみたいだ。




 りんさんは僕がページをめくる度に「ドンドンヨ゛メ」と必ず言ってくる。5秒毎に「次ノ段落ヘ目ヲ移セ」と言ってくる。内容が頭に入ってくるわけがない。1ページ10秒で読まされる。




「コノ一文ヲ考エルノ、三日カカッタ。苦労シタ」



「そうっすか...一文が大切...ってことなんすかねぇ。書くのってやっぱり大変なんすか?」



「ソウダ。ヨメ。」



 自分で話題作っておいて何だよ。聞いてほしいんじゃねぇのかよ。




「ココガヤマバダ。ココデ、ミドリガ作ッタ望遠鏡ト、後ニ仲ヲヒキサカレルタケシガ作ッタミサンガガ、大事ニナッテクル」




 あれ?『ミドリと後に仲を引き裂かれるタケシ』。適当に言った最初の僕の感想、間違ってなくね?




「!?...ちょっと待ってください。タケシはミドリじゃなかったんですか?」



 僕は背を向けたまま手を挙げて震えの止まらない口から質問を発する。

 何だこの質問。自分で聞いといてなんだが、何いってんだ僕。





「タケシハ二人イル」




 タケシは二人いるだと。





「...アハハ!!ですよね!ちなみに僕、実はミドリさんともうひとりのタケシの感想を言ったんですけどね」





「ソ...ソレハ....


 タケシハミドリノTOORINA☆DA!!!」




「2人のタケシの内の一人はそうですよね。ですから、僕が言いたいのは、僕の感想は通り名じゃない方のタケシと、ミドリのこと...」





「...ワ゛ンニャァァァァァ!!!!!」

(訳:私は一年待った!)




「...わかりました」




 このタイミングで出す『ワ゛ンニャァ』、ズルいよね?




 もういいです。もう、タケシが2人いたっていいです。




 そんなこんなで、もう少しで読み終えてしまう。

 まずい。僕、何も理解してないぞ。




 こんな巨大な何かに後ろから肩に手を置かれてちゃんと読めるわけがない。肩重い。肩の重みに耐えられず、ほとんど目をつぶって読んでるしな。




「オツカレ。サァ、カンソウヲYEAH゛!」





 ページは最後までめくった。眼球が筋肉痛になるほど目を高速で移動させた。だけど、めくって動かしただけ。




 ...主人公の名前何?...終わった。





「よかったです。この小説」




「...本当?」


 まばたきしている間に巨大なりんさんは姿を消して、僕の目の前にりんちゃんが現れた。



「え?」




「嬉しい!」


 今の感想で良かったのか?マジか。




「ねぇ涼太くん」




「ななななななななななななななんでしょう?」

 敬語がまだ抜けてない。





「実は私、また新しい小説を書いたんd....」





絶対読む僕・誓う・即・必・完・読





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「絶対読む」


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 ...夢!!!? まずいっ!!!


 あれからもう一年か!?もっと早く思い出さなきゃいけなかった...









  ...トゥ゛ワ゛イ゛ス...(訳:Twice = ニカイメダ...)





来る...やばい...手付かずだ。本どこいった?何も用意してない...



「...そうだ!感想『よかったです!』をもう一回使おう!内容がわからなくたって言えちゃう!!」











  ......ヨカッタトカイガイデ...

(訳:良かったとか以外の感想で)








 ゾクッ。


(完)

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「私の書いた小説、よかったら読んでみて!感想も聞かせてくれると嬉しいな」から1年経ったんだけど 松川 真 @kanari_garusia

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