第44話 俺と先輩は自分の気持ちに決着をつける


 ひとしきり休憩し、体調が落ち着いたところで正宗先輩といったん別れ、俺は自分のクラスへと戻った。展示の片づけのためだ。


「よう、三嶋。どうだ、体調のほうは?」


「羽柴先生」


 教室に着くと、生徒会顧問である羽柴先生が俺を待ち受けていた。手にはいつもの悪霊退散棒が握られている。多分どこかの引率先の修学旅行で購入したのだろう。


 その足元に、クラスメイトの男子が三人、正座させられている。


「あの……どういう状況ですか、これ」


「店番をすっぽかして遊び呆けていた罰だ。こいつらのおかげでお前も迷惑したろう? 言いたいことはないのか?」


「……ああ、そういえば、そんなこともありましたね」


 正直、今の今まですっかり忘れていた。


 今、俺の頭の中は正宗先輩との約束でいっぱいで、それ以外を考える余裕があまりなかった。妹やその友達にも迷惑をかけたが、送られてきたメッセージを見る限りだと、


『へへ~、先生から色々おごってもらっちゃった! ラッキー(^^♪ 店番もたまにはするもんだね』


 と、意外に文化祭を満喫したようである。もちろん、その隣に映る羽柴さんも。


「ん? 羽柴さん……」


 俺は目の前の羽柴先生と、それからスマホに映る妹の隣にいる羽柴さんを交互に見る。


「どうした、三嶋。私の顔に何かついているか」


「先生……あの、一つ聞きたいんですが、羽柴絹さんってご存じですか?」


「? ご存じも何も、絹は私の妹だ。今日文化祭に君の妹と来ていたろう? 来年は後輩だぞ」


「はあ」


 雰囲気はまるで違うが、こうして見比べてみると、目鼻立ちは姉妹そっくりである。名字が同じなのでそこで気づくべきだったか。


「とにかく、俺はもうすっぽかされたことは怒ってませんので……あとは、先生のご自由にどうぞ」


「そうか? なら、そうさせてもらおう」


 そう言って、羽柴先生は正座の体勢を崩そうとした男子の頭を棒で叩く。どうやらまだ妹さんへ迷惑がかかったことに対する怒りのほうは収まっていないようだ。


 話によると来年俺の妹と一緒に受験するらしいが……後輩へは優しく接するよう、今から心がけておくことにする。


(しかし、来年か)


 年が明けて春になれば、先輩たちは三年生になる。ウチの高校の生徒会は例年代替わりが早いので、夏前には新生徒会が発足する。正宗先輩のいる委員会も同様だ。


 会長、副会長、会計の三人が抜けた後、誰がそのポストに収まるか。


 辞めない限り、俺と橋村はそのまま生徒会に所属することになる。会長は前生徒会長からの指名で決まるので、そのまま行くと、神楽坂先輩は俺を指名するだろう。橋村のほうが優秀だが、アイツはバイトで忙しい。


 抜けた三人の穴埋めの人材も確保や、各委員会との折衝……想像してみると、凡人の俺にはめまいがするようなイベントが目白押しだ。


 だが、今はまだ心配する必要はない。そのことは、これから先輩たちに教えてもらえばいい。


 まずは、数時間後の後夜祭だ。



 ※



 文化祭の日程が全て終了し、展示物の片づけが終わってから、後夜祭は始まる。


 祭り、と言っても、展示物作成の際に出た廃材などを持ち寄ってキャンプファイヤーをやるのがせいぜいではあるのだが、一部の生徒たちにとっては、文化祭以上に重要なイベントと言っていいのかもしれない。


 今回ばかりは、俺もその一部の中に入っていたりする。最終的な投票の結果、生徒会の劇は、一位は逃したものの、次点の二位という優秀な成績をおさめたわけだが、今はまだ素直に喜ぶことができない。


「……ふう」


 グランドの中央で灯る橙の炎を遠くの窓から眺めつつ、俺は一人、生徒会室へ向かっていた。

 

 神楽坂先輩や橋村には『トイレです』と言って抜け出してきたので、そう長い時間をかけるわけにもいかない。


『ついた』


 正宗先輩から、それだけ書かれたメッセージが届いた。


 俺が呼び出した時点で、正宗先輩のなんとなく察してくれているのかもしれない……そう思うと、スマホを持つ手が余計に緊張で震えてきた。


「……失礼します」


 扉の前で大きく深呼吸をして入室すると、トレードマークの長いポニーテールを揺らして、正宗先輩がこちらのほうを向いた。


「き、来たか」


「すいません少し遅れてしまって……いま、明かりつけますね」


「いや、そのままでいい。……その、今はちょっと、顔を見られたくないというか」


「は、はい……」


 俺もそちらのほうがいいかもしれない。暗いおかげでバレてはいないだろうが、先程トイレで鏡を見たとき、俺の頬は、火傷でもしたかのように見事に真っ赤に染まっていた。おそらく、今はもっとひどい状態だろう。


「三嶋、ところでその、お前から話っていうのは……」


「は、はい……あ、あのっ、」


 相手に聞こやしないかと心配になるぐらい、心臓の鼓動が早く、そして大きくなっているのがわかる。


 こうして自分の気持ちを伝えるのは二回目だが、もしかすると、一回目の時より遥かに緊張しているかもしれない。


 正直、できることなら今すぐ逃げ出した衝動に駆られるが、しかし、こうなることを決心したのは自分だ。後はもう、文化祭終わりの変なテンションのまま、勢いのまま乗り切るほかない。


「ま、正宗先輩」


「……何?」


 正宗先輩は、俺の次の言葉を待ってくれているようだ。薄暗闇の中で、気恥ずかしそうに俯いて、前に組んだ両手をもじもじとさせている。


 かわいい――


 そう思った瞬間、


「正宗先輩、俺……正宗先輩のことが好きです」


 俺は自分の気持ちをまっすぐにぶつけていた。


 神楽坂先輩への気持ちもあって戸惑ったが、結局俺は初恋に区切りをつけ、正宗先輩に気持ちを伝えることにした。


 神楽坂先輩の気遣いにも感謝しているが、やはり本当の意味で俺を立ち直らせてくれたのは正宗先輩のおかげだと思うから。


「話があると言われた時点でなんとなく予想はしていたが……やはりこう、面とむかってはっきり言われると、は、恥ずかしい、というか」


「そう、ですね……」


 言葉を交わして、俺と正宗先輩の間に沈黙が訪れる。


 外のほうも騒がしいはずだが、窓を閉め切った生徒会室までは届かない。


 俺の気持ちは伝えた。後は、先輩からの返答を聞き逃さないようしっかりと待つだけだ。


「好きって、ことは……私とその、個人的な付き合いをしたいということ、でいいんだよな? その、だ、男女として、もっと深くというか……そういう意味でいいんだよな?」


「改めて言われると……でも、そうですね。先輩の考えている通りで、おおむね間違いありません」


「そうか、そうだよな……」


 正宗先輩ともっと仲良くなりたい。もっと先輩の可愛らしい一面を見せて欲しい。そのためには、今の関係からもう一歩進まないとならない。


「先輩……その、先輩は俺のこと、どう思っていますか? ……やっぱりただの後輩ですか?」


「そんなことは……生徒会活動も、勉強も、そして今回の劇も……後輩なのは間違いないが、決して『ただの』というわけじゃない、」


 一息ついて、正宗先輩は続けた。


「私は、三嶋朋人を、ちゃんと一人の男の子として……み、見ています」


 その一言を聞いて、俺は嬉しくなった。勉強会のあたりからもしかしたらという予感はあったが、ちゃんと俺のことを意識をしてくれていたのだ。


「……でも、」


「え?」


 もしかしたら――というところで、嫌な予感が一気に押し寄せた。


 あれ? これ、もしかして、俺。


「……先輩」


「私もすごく嬉しいよ。気になっていた男の子から、こうしてまっすぐ好意をぶつけられたんだから。……でもな、三嶋」


 正宗先輩が顔を上げる。すっかり夜になった生徒会室の窓から差す月の青白い光が、正宗先輩の瞳からにじみ出た大粒の涙と溶け合っている。


「私からの返事はこれだけだ。……ごめん、三嶋。君とは、付き合えないよ」


 こうして、俺の二度目の恋はあっさりと終わりを告げた。

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