第31話 先輩は自分から誘っておいて、いざとなると狼狽する


「――こうして、四人を巻き込んだ物語は終わりを告げたのでした、と。……よし、今日の練習はこんなところかしらね」


「お、お疲れさまでしたぁ……」


 九条先輩が納得したところで、初日の練習は終わりを告げた。


 体育館の大きな時計は、すでに深夜0時前。集中していたので時間の経過は感じなかったが、割と長い時間やっていたらしい。


「ふへー、私、もう限界……このままここで寝る~」


「橋村、こんなところで寝たら風邪を引くぞ。汗を洗い落として、体をあったかくして寝なければ」


「正宗先輩、なんか言っていることがおばあちゃんっすね。ウケる」


「おばあっ……! ふ、ふん、何とでも言え。ほら、さっさと行くぞ!」


「うぎゃ~機動要塞にさらわれる~」


 正宗先輩に抱えられて、橋村がシャワー室へと連行される。

 

 女子の使うシャワー室は体育館ではなく、そのそばのプールの中にある。共同で使う形だが、設備は整っており広い。男子の使うシャワー室は今回宿泊する武道場にあるが、一人しか使えないうえ狭いし、おまけにあるのはトイレ内だ。扱いの差。


 まあ、こんなところで文句を言っても仕方がない。俺も疲れたし、熱演のせいか、いつの間にかジャージの下は汗でびしょびしょだ。さっさと浴びてしまおう。


「……それで、あの」


「ふふん、なんだいトモ?」


「いや、なんで会長が俺の後ろをついてくるのかなって」


 九条先輩たち三人が外へと向かう中、神楽坂先輩は親の後ろをついてくるひよこのように、俺の後ろをひょこひょこと歩いている。


 顔を見る。神楽坂先輩はニヤニヤと笑っている。


「一応聞きますけど……なんですか?」


「えっとねー……」


 俺の背中にぴったりとくっついて、神楽坂先輩は耳元で囁いた。


「トモ、私と一緒に洗いっこしない?」


 予想通りの答えが返ってきた。


「……ダメに決まってるじゃないですか」


「ええ~いいじゃないか~。私とトモは先輩と後輩、お姉ちゃんと弟……家族みたいなものだろう? 家族なら、一緒にシャワーを浴びても全然問題ないよねっ?」


「全然問題だわ。問題しかないし、その上家族ってなんですか」


 本当に血の繋がった俺と妹ですら、一緒にお風呂は幼稚園ぐらいで卒業している。同じことを妹にやろうものなら警察に通報されかねない。


 この人は、もう。


「大和先輩、見てないで先輩からも注意してやってください」


「うーん、三嶋君関連だと、僕や香織ちゃんが言っても美緒は話なんか聞いてくれないし」


「じゃあ、いつの間にか隣にいる石黒さん」


「……私が止めるのは、実際に事が行われている最中か、もしくはその直前ですので」


「それでいいのか監視役」


 大和先輩も石黒さんも、俺と先輩のやりとりを眺めているだけで、制止しようと動く気配すらない。


 このままだと、俺はいつまで経ってもシャワーを浴びられないのだが。


「お邪魔虫の正宗が橋村のお守りで忙しい隙に……ほら、トモ、君がどうしてもってお願いするなら、見せてあげてもいいんだよ?」


「な、なにをですか」


「なにって、そんなの――」


 そう言って、神楽坂先輩が体操服のシャツの襟に指を引っかけ、そのままぐいっとおろして胸元を、


「かしこまりました。美緒お嬢様」


 見せようとしたところで、石黒さんが神楽坂先輩の背後に回り込んだ。


「え? え? い、石黒さん?」


「失礼いたします」


「ひゃっ――!?」


 直後、何を思ったのか、石黒さんは、先輩のシャツの裾を掴んで上へ持ち上げた。シャワー室までの廊下は薄暗いが、それでも、先輩の白いおなかと小さなおへそはばっちりと見えてしまっている。


 それから、その少し上の下着も。俺はとっさに目をそらした。


「ちょ、い、石黒さん、なにをいきなり――」


「? 美緒お嬢様は、三嶋さんに自らの肌を披露したいのですよね? ですので、そのお手伝いをしてさしあげようと――」


「そ、そういう余計な気を回さなくていいから! 自分一人でできるから! あ、それ以上脱がさないで!」


「なぜでしょう? 先程は、ご自分で三嶋さんに見せようとしていたではありませんか」


「そ、それは計算だから! ぎりぎりトモからは見えないように何度もシミュレーションしたから大丈夫なはずだったの!」


 自分から白状する神楽坂先輩。そんなことを練習するヒマがあったらセリフの一つでも覚えてほしいところだが。


 ……どんな練習風景だったのか、考えるのはひとまずよしておこう。


「まあまあいいではないですか、美緒お嬢様。減るモノではないですし、見せてしまいましょう。ぐへへ」


「これほどまでに感情のこもってない『ぐへへ』を初めて聞いたよ私は――ああ、ダメっ、それ以上やったら見えちゃう。今日はそんなに気合入ってない奴だから! 中程度だから!」



「……大和先輩、ちなみに中程度ってどう意味ですか」


「さあ……しっかりは見られたくないけど、多少は見られても問題ない程度ってことだと思うから……まあ、美緒的にはチラ見せ用ってところじゃないかな?」


「予想以上に真剣な考察が」


 俺は困惑する。


 先輩もそうだが、石黒さんといい、大和先輩といい――九条先輩もそうなのだが、神楽坂先輩の周囲は変わった人が多いのかもしれない。


「ごめんなさい、石黒さん! 謝る、本気じゃないのに後輩をシャワーに誘ったことは謝るから。だから、マジで脱がしにかかろうとするのはやめて!」


「? 脱がないのですか? さっきまでは自分から三嶋さんに見せようとしたのに」


「フリです! 実際に見せる勇気とか、そんなのこれっぽっちもありませんでした! 直前でどうせ石黒さんが止めると思って! すいませんでしたああ!」


「……三嶋君、そろそろ間に入るからお先にどうぞ」


「……っすね」


 多分内心怒っているだろう石黒さんと神楽坂先輩のことを大和先輩に任せて、俺はさっさとシャワーを浴びることにした。


 その後の神楽坂先輩が、猫をかぶったように大人しくなったのは、言うまでもない。

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