第24話 俺はあのバカを捕まえる


 嶽矢さんから大まかな話を聞いた俺は、とある場所へと急ぐ。


 駅前から歩いて15分ほどのカフェ。人通りがまばらな場所にあって、ネットで調べて出てこないところだ。静かな雰囲気の店内で、昼時のピークを過ぎたのか、お客さんはほとんどいない。 


 橋村は、すぐに見つかった。店のものと思われる制服に、エプロン姿。


 アクセサリ類は髪留め以外は外している。


「いらっしゃいませ~、ご注文はいかがいたしま――」


「……注文はお前だよ。このバカ」


「うげ」


 すぐさま俺だと気づいた橋村が、すぐさま持っていたトレイで顔を隠す。


「エ、エーット、ドチラサマデショウカ? ワタシ、ヒバイヒン、タベラレナイ」


「その顔で外国の留学生面は無理があるぞ。……アイスコーヒーで」


「ちっ。……あ、ケーキも食べない? セットならお得だよ」


「バイトの鑑かお前は」


 この状況でもマニュアルにのっとっての接客……度胸が据わっているのか、やっぱりバカなのか。


 とりあえず、言われた通りに注文する。


「へへん、毎度。店長、ケーキセット1、お願いします。あと、ちょっとお願いがあるんですけど――」


 そう言いながら、橋村は奥へと引っ込んでいく。見たところ、橋村のほかに従業員はいなさそうだ。


「お待たせしました」


 数分後、トレイにコーヒーと、それからたくさんの季節のフルーツが乗ったタルトをのせた橋村が戻ってきた。


 店長に事情を説明して許可をもらったのだろう。エプロンを外して、そのまま俺の向かい側に座った。


「……ケーキはお前が食べていいぞ。俺の胃袋は先輩が持ってきた弁当で隙間なく埋まってるからな」


「知ってる。そのつもりでおすすめした」


「てめえ」


「へへ、ゴチになります」


 美味しそうにケーキを頬張る橋村の幸せそうな顔を見て、俺はストローでアイスコーヒーを一口。砂糖は入れていない。


 ……大人ぶってみたが、やはり苦い。カフェオレにしておけばよかったと、ちょっと後悔する。


「ってか、バイトしてたんだな、お前」


 ちなみにウチの高校はバイト禁止ではない。申請を出せば可能だ。


「うん。でも、私がここにいるって誰に聞いたの? もしかしてミッシー、私のストーカー? あはは、キモいんですけど~」

 

 ケラケラと明るく笑う橋村。セリフの割に、嫌悪感は微塵も感じていなさそうだ。


「んなわけねえだろ。さっき嶽矢さんにばったり駅で会ってさ」


 俺は一部始終を橋村に伝える。


「そっか……まあ、あの子には強い口止めとかしてなかったからなあ。同じクラスとはいえ、まさかごくやんがミッシーに話しかけるなんて。……意外な伏兵が」


「なんか言ったか?」


「ん? 別にぃ? そんなことより、ほれ、ミッシー、最後の一口あげる」


 そう言って、橋村が大きなイチゴの乗った一切れを差し出してきた。食べさせてやるってか。


「会長がやってるの見て、私もやってみたかったんだよね。『あーん』するときのミッシー、超キモいからさ」


「キモいのに見たいのかよ」


「まあね。怖いもの見たさってやつ? ねえ、いーじゃん。一回だけ、一回だけでいいからさ~。ちょうど他のお客さんもいなくなっちゃったし、ね?」


「……したら、事情もちゃんと説明してくれるんだろうな」


「する。超する。はい、ミッシー、あーん」


「腹一杯なんだけどな……ったく、わかったよ」


 神楽坂先輩といい、この橋村バカといい、どうして俺のことを餌付けしたがるのか。


 やっぱり、俺は手ごろな犬なのか。


「……む」


「ミッシー、どう? おいしい?」


「まあ……まあまあ」


 生地とクリーム、そして甘酸っぱいイチゴが口の中でいい感じに調和がとれている。


 まあまあ、というか、普通に美味しい。メニューにはおススメと書いているが……カウンター奥にちらりと見える店長らしき男性が作っているのだろうか。だとしたら、意外かも。


「――ごめんなさい、遅くなりました!」


 大ぶりのイチゴをもぐもぐと咀嚼していると、バン、と勢いよく店のドアが開いた。


 息を切らして入ってきたのは、若い女性の人だった。高校生、にしては格好が大人びているので、ということは大学生か。


「あ、いらっしゃ――あれ、ヒメ先輩? 急用のほうは大丈夫だったの?」


「うん、お父さんが急病で病院に運ばれたっていうから慌てて病院にいったら、虫垂炎だって。症状は大したことないみたいだから、こっちに来ちゃった。ごめんね、予定合ったのに急にシフト入ってもらっちゃって……って」


 ヒメ先輩の目が、橋村と、そして俺のほうへ。


「あれれ? もしかして、私、お邪魔なカンジだった?」


 完全なる誤解をしているようで、ニヤニヤとこちらに生温かい視線を送るヒメ先輩とやら。


「そうっすよ~、せっかくわずかな時間を見つけて会いに来てくれたカレシとご休憩中だったのに――たっ!?」


「いい加減にしろ、このバカ」


「ぶ~……ただのジョークじゃん」


 正宗先輩の竹刀で橋村の頭を小突いた。とりあえず、正宗先輩との約束はこれで果たした。


「あの、すいません、このバカが」


「大丈夫、気にしないで。私は姫河彩夏ひめかわあやか。花の専門学校生……って感じかな。君は?」


「俺は三嶋朋人です。コイツ……橋村とは同級生で、一緒に生徒会に所属してます」


「へえ、生徒会」


 姫河さんが意外そうな声を上げる。


「葵ちゃん、そんなことやってたんだ。意外」


「う……うん、まあね」


 どうやら生徒会活動については秘密にしていたようだ。まあ、理由が理由だから、話しにくいのもあるだろうが。


 俺は姫河さんに事情を説明した。


「……ああ、それでそんなジャージ姿だったわけか。ごめんね、三嶋クン。急な用事で葵ちゃん借りちゃって」


「いえ、悪いのは事情も言わずにバックレたコイツのせいですから」


 橋村がちゃんと事情を話してくれれば、俺もジャージ姿で繁華街をうろうろすることもなかったわけで。


「葵ちゃん、ここはもう大丈夫だから。学校に戻りな? 生徒会のことは、また今度聞くから。とりあえず、今は三嶋クンに事情を話すこと。いい?」


「……はい」


 しおらしく頷いて、橋村は更衣室へ。


 数分すると、いつもの制服姿の橋村が戻ってきた。

 

 しかし、表情はいつもより冴えない。


「いこ、ミッシー」


「あ、ああ」


 手を引っ張られて、俺は橋村のバイト先であるカフェを後にした。

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