第22話 俺と先輩たちは練習をはじめる 2


 ―― ☆   ☆   ☆ ――



 とある王国に、見る者すべてを魅了する絶世の美少女がいた。


 彼女がその場に現れるだけで、天から直接光が降りてきたかと思うほどに明るくなり、花が歌うように咲き乱れ、踏みつぶされた雑草ですら活気を取り戻す。


 神より賜りし天使のような――いや、彼女こそ天使そのものなのだと言うものすらいたほど。


 度重なる戦争、そして追い打ちをかけるように起こる飢饉……暗い人民の心を照らし出す姫君の笑顔。


 だが、その裏で、人知れず姫は思い悩み、月夜が照らす部屋で泣いていたのである。


 それはなぜか――彼女の心の中には、立場も境遇も異なる二人の騎士が、棲みついてしまっていたのである。



 ―― ☆  ☆  ☆ ――



「……え~、そのうち一人はエルンスト。公爵家の、五人兄弟の長男。才気にあふれ、礼節を重んじ、剣の腕も国で一、二を争う美丈夫……なんですか、コイツ。いくらファンタジーといえど完璧人間にもほどがありませんか」


「まあまあ、ぼやくな後輩。創作では極端なほうがわかりやすいんだという監督かおりの判断だ。私の役だな。姫とは許嫁の関係で、来月に姫との結婚を控えている、と」


「で、もう一人は私だな。コーディ。王国の騎士団に所属する騎士。城下町に店を構える小さな花屋の息子。剣の才能はあるものの、かといって騎士の中では平凡な青年。しかし心優しく、花や植物の蘊蓄に詳しい。城の庭園の手入れをしていたところ、偶然姫と出会い、意気投合。姫に恋してしまった、と」


「監督、コーディに決めました」


「三嶋君、ちょっと落ち着こうか」


 九条先輩から冷たいお茶を渡されたので、一口ごくりと飲み干す。ふう、ちょっとだけ頭が冷えてきた。危なかった。


 約束された許嫁と、身分は違うが自分との相性は抜群な平民の男。その二人の間で揺れ動く姫。絵に描いたような三角関係である。


 こういう場合、大抵は平民出の男とくっ付いて国を捨てて逃避行――なんてのがお約束だったりするが、そこで割り込んでくるのか、一人のメイドである。


「んで、私ね。えーっと……姫様の身の回りの世話を担当するメイドのロージャ。幼いころより姫様のお世話係を務めていて、エルンストとも顔見知りの仲。コーディとは共に庭の手入れをして、よく仕事の相談にも乗っている。地味だが、目鼻立ちは整っており、姫とは違ったタイプの美女である……ほ~ん」


 脚本を見る限り、このキャラが曲者である。二人の間で揺れ動き、姫と騎士たち徐々にすれ違っていく隙をついて、言葉巧みに騎士二人を誘惑。挙句の果てにそれを知って傷ついた姫ともなぜか関係を迫ろうという、とんでもない役どころだ。


 脚本は最後まで読んだし、納得のいくラストではあったのだが、いかんせん途中がドロドロし過ぎである。


 こんなものを書く九条先輩……いったいどんな頭の中をしているのか。


「……九条」


「な、なによ静。……ねえ、なぜそこで竹刀を手に持つの? 見つめるの?」 


 ともかく、いったん脚本に目を通しながら、全体を通していく。



『今さらなんでしょう、姫様。あなたはもうすでに私のことを拒絶したではありませんか。国のため、エルンストのことを捨てることはできないと』


『違うの、コーディ。あの時は皆の手前、そう言うしかなかった。でも、本当はあなたのことが――』


『姫様、その先を言ってはなりません』


『エルンスト』


『言葉とは魂、一度切り離された魂を元の体に戻すことはできません。あなたは、すでに選択をしてしまった。式の準備は着々と進んでいます。もしそれが中止となればどうなるか。あなたにわからないはずはないでしょう』


『ふふ……姫様という許嫁がありながら、その人に内緒で私の上に覆いかぶさった人が――』


『え? ロージャ、今あなたなんと――』



 そうして、あらかた最後まで読み終えた後の主演四人の感想。


『登場人物全員、業が深い』


 二人と同時に付き合い、あっちが好き、やっぱりこっちが好きと、その場の空気に流されて気持ちがころころ変わる姫、姫のことを想いつつも、メイドと関係をもってしまう騎士二人。そして言わずもがなのメイド。


 脚本自体が読ませる文章だったのもあって、最後まで読んだ後、なんだか微妙な気分になってしまった。


「最初に姫様がきちんと一人を選んでればすんなり終わったのに……って、」


「……やっぱり、あの時ああしたのはまずかったのかな……いや、でもあの時は」


 神楽坂先輩がなにやら一点を見つめてぶつぶつと言っているのに気づく。


 脚本で何かわからないところでもあったのだろうか。


「……先輩? どうかしましたか?」


「ふぇっ?! い、いや別に? どうもしないけど?」


 それにしては動揺しすぎのような気がする。練習に影響が出なければいいが。


「それじゃ、次はシーンごとに動きの確認をしていくね。美緒、それに正宗さんは特に動き多いからよろしく」


「三嶋君と葵は、動きが少ないかわりにセリフ多めだから、まずは覚えてね」


 その後は大和先輩が騎士二人、九条先輩が姫とメイドの二人という形で別れて練習を進めていき、朝早くから始まった練習の時間は、あっという間に過ぎ去っていく。


「――よし、じゃあ、キリもいいし、お昼にしましょうか。美緒、どうせアンタみんなの分、用意してきたんでしょう?」


「ああ。これが皆の分。そして、これがトモの分」


「俺の分」


 ドン。ドン。


 嬉しそうにいつもの重箱を、『二つ』取り出す神楽坂先輩。


 俺一人だけで重箱一つ分……フードファイターか何かだろうか。しかもいつもより内容が豪華。


「まあ、とりあえず食べましょう。橋村、お前もこっちに来て――って、あれ?」


 橋村にも協力してもらおうと思ったが、振り向いた時にはステージ上から姿を消していた。


 少し探すと、袖のほうでこそこそとなにやら電話をしているようで。


「……ああ……っス。んじゃ、昼過ぎには……っス」


「橋村?」


「ん? あ、ああ、ごめんミッシー。なんか友だちも文化祭の準備やってるらしくて、そっちに呼ばれちゃったから行くね。じゃっ、そういうコトでよろしくぅ!」


「あ、おい」


 俺の制止を待たず、橋村は逃げるように体育館を後にしてしまう。


 友だちのクラスということだが、この時期からすでに準備を始めるとは気合が入っている。大がかりな展示物でも考えているのだろうか。事前に提出された書類を見た記憶では、そんなものなかったと思ったのだが。


「まあ、橋村にも付き合いはあるからしょうがないか……友だちも多いみたいだし」


 と、その時は深く考えずに送り出したのだが。


 その後、昼休みを過ぎても、橋村が再び体育館に姿を現すことはなかったのである。

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