第21話 俺と先輩たちは練習をはじめる 1


 ※


「……はあ、どうしてこんなことに」


 体育館のステージの上に一人、ぽつんと座った俺はそんなことをぼやく。


 本日は週末で、学校は休み。体育館を使っている部活動も、今日は練習試合で他校に遠征しており、終日生徒会の貸し切り状態。


 あ、と試しに大きめに声を出してみると、反響した声が体育館全体へと伝わっていくのがわかった。


 絶好の演技日和、というやつだろうか。


「……お、早いね三嶋君。おはよう」


「おはよう三嶋君」


「……九条先輩、おはようございます。大和先輩も」


 脚本+総合演出の二人が続いてやってくる。二人は完全に裏方なので、今日は制服だ。俺はジャージである。


「他の三人はまだですか?」


「美緒と静は服の採寸中だから、もうすぐ来ると思うわ。橋村の方も、少し遅れるけど来るって――」


「……あ~、ども、おはよっす……」


 そう言っている間に、橋村もやってきた。朝起きて時間がなかったのか、今日の着こなしはいつもより雑である。


 普段はもっと頭や手首やらにアクセサリをじゃらじゃらとさせているのだが。髪もところどころ寝ぐせではねているし。


「ミッシー、おはよ~……」


「橋村……お前、大丈夫か?」


「ん~……昨日さ、明日休みだからって、友だちとカラオケやらなんやらで遊びまくっちゃって~……九条先輩に起こされるまで今日が練習日だって気づかなくて。朝起きてボヤっとした頭でサボる口実もとっさには思い浮かばんし……まあ仕方なくって感じ?」


「……あ、そういうことね」


 いつもと様子が違ったので心配したが、やはり橋村は橋村である。この分だと、セリフなんか覚えちゃいないだろう。まあ、地頭は悪くないから、サポートすればなんとかなるだろうが。


「で、そういうミッシーはどうなんさ~? ちゃんと脚本読み込めてる~? にひひ~」


「……ほれ」


 俺は鞄から付箋のいっぱいついた脚本を取り出し、見せる。


 俺の役は、橋村が先日ぶっ込んでくれたおかげで、ヒロイン役の姫様に決まった。ヒロインでもめていた神楽坂先輩と正宗先輩が騎士の役で、橋村はそのまま変わらずメイド役だ。


「ふえ~、九条先輩からの指示がびっしり……こんなもん全部読め言われたら、私、絶対吐く自信あるわ~」


「お前のせいでこうなったんだろうが。何が一つ貸しだよ。何一つ貸しになってねえよ」


「いいじゃん。ミッシーがヒロイン役の方が絶対面白いし。それに、会長と正宗先輩、どっちを選ぶかの答えもうやむやになってよかったし?」


「うぐっ……」


 言い返せない。俺がヒロイン役をやることになったのは大変不本意だが、そのおかげで、なんとか二人を納得させることができた。


 単純に、俺と神楽坂先輩で役割を入れ替えた形になるが、神楽坂先輩が騎士役に回ることによって、もし、キスシーンで神楽坂先輩が暴走しても、恋のライバルとして乱入して制止することができる――言い訳上手の大和先輩の説得によって、正宗先輩のほうも何とか納得してくれたわけだ。


 ちなみに、俺がヒロイン役に回ることで正宗先輩と俺のキスシーンも必然的に追加されるわけだが……それはあくまで『フリ』だから、問題ないという認識なのだろう。


「お、皆揃っているようだな」


「…………おはよう」


「と、噂をすれば」


 ジャージ姿の神楽坂先輩と正宗先輩が並んで現れる。どうやら採寸をすべて終えたようで、手には練習用に使う小道具も握られていた。ダンボールに銀の折り紙を張り付けて作った剣。本番はもう少し本格的なものになるという。


「ちょっと遅かったじゃない。なんか問題でもあった?」


「いや、それが聞いてくれよ香織。私のほうはすんなり終わったんだが、正宗のが、ほら、『機動要塞』だろ? 男物の服装をつくるのに、バストのほうをどうするかという話に――」


「そ、それはさらしをきつめに巻いて対応するってなったからいいだろうが! み、みんなには秘密だって、さっき言ったのにお前……」


 正宗先輩と瞳があって、俺は気まずさから目をそらした。さらしを巻いた姿の正宗先輩……思わず想像してしまったのである。


「ま、いいわ。とりあえず、今日は脚本を最初から最後まで読み合わせて、その後、動きのあるところ説明していくから」


 ぱん、と九条先輩が手を叩くと同時、俺たち生徒会と正宗先輩を加えたメンバーは、円を描くようにして座り込んだ。


 一人の姫を中心にして、繰り広げられる愛憎劇……になる予定らしいが、果たして、予定通り上手くいってくれるだろうか。

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