第5話 脱出 2

「なんと?」


「1つ貸しだと。あいつにあまり貸しは作りたくないがな」


 中層区画で唯一都市外へと続く連絡通路前のある建物付近に峰都たちD班は突如として現れた。ニールの特異体質によるものだ。彼は自身の周囲の影と同化し、また操ることもできる。影と同化した彼は周囲の影から影へと移動もでき、そのスピードは奪取されたスケーラーを待ち伏せできていることからも優れていることがわかる。

 峰都がため息交じりに携帯端末をしまう。彼が連絡していたのは先にニールが手を回していた協力者の一人だ。立場上あまり頼りたくない相手ゆえに、借りを作りたくはなかった。


「これで確保できればいいじゃないか。敵の目的は後ろの出口。我々なら問題なく行えるはずだろ?」


 ニールが周囲に自身の生み出した影を巡らせる。彼の感知範囲内に目標が入って来たのだろう。峰都と矢代がそれぞれ構えを取る。そしてそれに習うようにして皇も制服の内側にしまっていた、ボクサーが使用するインナーグローブを彷彿とさせる手袋をはめた。

 彼らの前方には人間のような身のこなしで建物の上を伝って向かってくるスペック・スケーラーがいた。



***



 この機体の操作にもだいぶ慣れて来た。そう思い始めていた。夜光は即席で生成したワイヤーとその先端に取り付けられた楔を用いてかなりの速度で市街地を進んでいる。


「目標確認した!金属も十分にある!夜光、行けるな?」


「ドクター、焦らんでも一気に突破してやるよ!伏せてな!」


 即座にスケールアップを開始し、生成していたワイヤーと周囲の金属を巻き込んで巨大な盾を生成する。両腕に生成されたそれをガッチリと前方で合わせると、前方の位置確認のためのわずかな隙間を除いて、隙の無い頂点が前方を向いた三角錐状の形をとった。

 見かけ上瞬時に生成されたように見えたそれは、実のところまだ生成途中だ。夜光が前方の一点を見つめながら集中している。


「緻密な組織。欠陥も転位もない完全なる原子の配列……」


 生成した盾の組織をイメージする。通常は大なり小なり金属は欠陥や転位という組織内の孔が存在するが、仮にそれが皆無の組織があるとしたら?通常はある程度の力が外部からかかれば変形してしまう金属がそれに対する耐性を得る。簡単にいえば一般的な金属に比べ強い金属ができるということだ。  


「よっしゃ、突っ切る!」


 これまで温存していた少ない推進剤を使用し、一気に加速をかける。前面をほぼカバーしている盾の重量はかなりのものだが、連絡通路の突っ切るには十分だ。炎や何らかの飛び道具が盾にぶつかるが、その程度ではスペック・スケーラーによって増幅された特異体質で生成された大盾を破壊することも、ましてやノーフェイスを足止めすることもかなわない。

 加速したおかげであっという間に連絡通路の入り口へ近づけた。しかしそこで機体に衝撃が走る。それと同時に視界が暗く、見えづらくなる。建物の影が伸びていき、辺り一帯を包みこんだ。まるでここだけが夜になったようだ。影が植物のつるのように機体に絡みつこうとするが、圧倒的質量の前では多少のスピードダウンをするにとどまる。


「影?ニールさんか。きっと他にもいる。警戒頼む!」


「もうやっている」


 夜光が警戒を促すが、それより前にリーダーが動いていた。彼は特異体質を利用し"収納"していたスモークグレネードを辺りにばらまく。これで敵の射程範囲内にいるとはいえピンポイントで攻撃される確率は下げられる。


「私がデコイを出します。前方20メートルに1組!」


 続けて紛居が自身らの分身を作り出す。この囮が煙を抜けた瞬間、管制官たちはいっせいに攻撃を仕掛けるだろう。そしてその集中砲火後の隙を突いて一気に連絡通路を駆け抜ける。


「デコイ煙を通過、敵は……1人だけ?まずい!」


 紛居の生み出す分身は本体である彼とある程度感覚の共有が可能らしい。だから先行させた分身の視覚を借りて敵の動向を探る。そういった意味合いもあった。

 敵は何が何でもノーフェイスを止めに来る。そう思っていたからこそ敵が少ないことに違和感を感じるのは当然のことだった。


「うわっ!」


「クソッ!なんだよ!」


 クレバーズと夜光が同時に叫ぶ。前方で大きな爆発が起き、紛居の生み出した囮と周囲の煙が吹き飛ぶ。盾には大したダメージはないものの、それを保持している腕に予想以上の負荷がかかってしまっている。特に先の脱出の際にハングランサーを装備していた右腕は特にそうだ。


「両腕のダメージデカい!パージする!」


 腕から外された2枚の盾が大きな音を立てて地面にめり込む。それを見るに、ダメージのある状態であれほどの重量を保持して見せることのできたノーフェイスは素晴らしい設計をしていたと言える。

 圧倒的な防御力を失った代わりに本来の機動性、運動性を取り戻したノーフェイスの腰部に小型のハングランサーを生成し、大きく飛び上がる。いかに有能な管制官とはいえど、追ってきているのは峰都たち。空中戦ができる特異体質ではないはずだ。


「夜光ッ!」


 地上からその怒声とともにノーフェイスへ向けて火柱が上がる。が、ノーフェイス自体は多少温度が上がったところで問題はない。推進剤を使用して直撃を避けつつ、生成したハングランサーを連絡通路の閉じたシャッターへ向けて放つ。


「熱ッ、このバカ!お前はいいかもしれんけどこっちのことを考えろよ!」


 クレバーズがやけどしかけたようで抗議の声をあげるが、夜光に返答する余裕はない。ハングランサーのワイヤーの巻き取りが始まって数秒で紛居とリーダーが機を降りた。攻撃してきたのは影を操るニールに遠距離攻撃をしてきた矢代。分かっている範囲ではこれくらいだ。爆発も恐らくは矢代が起こしたものだろう。


「紛居、私は影の方を」


「分かりました。夜光さん、退路の確保を頼みます」


「おいおい、勝手な――」


 夜光が何かを言い終える前に二人は声の届かない距離に行ってしまった。ため息をつきつつも連絡通路の先を再び見据える。連絡通路のシャッターはハングランサーの貫通によってもはやその体をなしていないが、そこには峰都が武器を構え立ちふさがっていた。



***



「仕掛ける」


 その声と共にとなりにいたニールが自身の影の中に溶けて消えた。それと同時に彼の支配する影が周囲の影を飲み込み、肥大化していく。


「ニール先輩、何か使えそうなものありませんか?」


「探しておこう」


「お願いします」


 皇の問いに、辺りに反響するかのような声で影に溶けたニールが応える。他の2人は知らないが、ニールは彼女の体質を知っている。そのため彼女が何をしようとしているのかは大体想像できた。


「クソッ。煙幕をまかれた。峰都、通路前まで退いたほうがいい。結構な範囲だ」


 ニールがノーフェイスを拘束しようと影を操り、しかしそれと同時にそのあたりが黒い煙に包まれるのが見えた。それは彼が言うようにかなり広範囲に及ぶもののようで、峰都たちの近くにもあっという間に迫って来た。


「連絡通路前で迎え撃つ。数分持たせれば勝機はある」


 数分もあれば治安維持担当の管制官たちが合流してくれるはずだ。峰都たちの体質は巨大な敵に対して有効打にはなりえないが、だからと言ってむざむざ逃すほど無能でもない。管制官である以上不利な状況での戦闘は皆数に差はあれど経験している。


「抜けられそうだ。コイツを使ってくれ」


恐らくかなり足止めに苦心しているのだろう。少々やりづらそうな声色で皇に声をかけたニール。その直後に片手に収まるほどの小型の装置が影から出現した。それは管制室で一般的に使用される殺傷能力の低い制圧用のグレネードだ。どういう原理か、ダメージは大して与えないものの、辺りにかなりの衝撃波を発生させるというものだ。


「使います。お二人とも、物陰に隠れて!」


 皇が装置に付いたピンを抜き、その場に小さく放ると煙幕の中へ殴りつけた。数瞬の後煙幕の目と鼻の先でグレネードがさく裂した。

 それは一瞬にして煙を吹き飛ばし、その中にいたノーフェイスすらも吹き飛ばした。矢代と峰都はすでに連絡通路前の遮蔽物に隠れている。


「やったの?……いいえ、違う!」


 凄まじい衝撃はグレネード本来の性能の数倍はくだらなかった。それもそのはず、皇の特異体質により強化されたものだからだ。彼女は自身の四肢から衝撃を生み出したり、衝撃波そのものを強化したりできる。その能力は本物で、実際衝撃波の発生地点の地面には大きなひび割れが確認できた。

 

「今更見た目だけのカカシに騙されるか!夜光!」


 矢代が飛び出していく。彼の視線の先には煙幕が晴れると同時に跳躍したノーフェイスを捉えていた。先に吹き飛んだように見えたのは敵の作り出した幻影。本体に向けて矢代が炎を操り火柱を放つ。ノーフェイスは寸でのところでそれを躱すと、背部に背負っていた2人の仲間を下ろした。いや、正確には勝手に下りたというべきか。


「矢代、貴様は下りた2人をニールと捕縛しろ!デカブツは俺と皇が受け持つ」


「しかし!」


「貴様の体質ではあの質量相手では分が悪すぎるのは分かっているはずだ」


「クソッ……!了解」


 夜光に少なからず思うところがある矢代は峰都の言葉に反論しかけるが、そこは彼も管制官。言いかけた言葉を飲み込んで命令に従った。

 ノーフェイスが腰の装備を撃ちだし、閉鎖されていた連絡通路のシャッターに穴を開け、破壊する。峰都は撃ちだされた装備を巻き取るためのワイヤーをいとも簡単に自身の髪を束ねた柄なしの刀のような武器で切断して見せると、迫るノーフェイスにそれを構えた。まるで"本気を出せばどのような金属だろうとたやすく切断できる"と言わんばかりの雰囲気が彼にはあった。

 

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