第4話 脱出 1

 壁を飛び越えたノーフェイスはそのまま落下していく。高さはおよそ400m。上層の基盤までは50mほどだが、それは飛び越えた先にはなく眼下には中層の居住区が広がっている。さらにその先は都市外壁と上層の"隙間"がある。


「で?ここからどうする?」


 夜光は多少怒鳴り気味に機体にしがみついている男たちに聞いた。スペック・スケーラーに乗っているとはいえ、ハングランサーを使って多少の落下の勢いは殺せるとはいえ、恐怖は抑えきれない。


「見たところ君は金属を操る系統らしい」


 紛居にリーダーと呼ばれた男が口を開いた。


「だから?」


「逃走には向かない」


「何が言いたいんだよ!」


「だが、準備さえすれば向き不向きは関係ないということ」


 男はそう言いながらいつの間にか用意していたワイヤーを手でもてあそんでいた。それは飛び降りた壁面に鉄製の楔で固定されており、彼の左手の中へつながっている。彼は武装懸架用のラックにそれを手際よく固定させると、ノーフェイスの右腕の方をノックするように叩いた。


「そうしたいならはっきり言ってくれよ」


 夜光はノーフェイスの右腕だけを壁面へ向け、射出する。それは壁面に突き刺さったものの角度的にやや外れる恐れがあるが、四の五の言っていられない。ワイヤーを固定し、機体の落下を止めにかかった。

 機体はワイヤーによって落下を急停止。しかしハングランサーは根こそぎその衝撃によってノーフェイスの腕から離れていった。それと同時に右腕の機能もいくらかやられてしまった。しかし、中層の基盤に達したわけではない。やられた右腕の装甲を左手の中で杭のような形状へ変化させると、壁面へ突き立てた。


「ふう」


「夜光、運転はもっと安全に頼みたいところだ。舌を噛むところだった!」


「ドクター、初運転に教官もついていないんだから大目にみてほしいな。……って、うわっ!」


 クレバーズと夜光のやり取りが終わるや否や、男が取り付けた方のワイヤーが楔ごと落下してきた。それは機体のすぐそばを通り、何かが違っていれば機体背部にしがみついている3人がケガ、最悪の場合死んだ可能性すらあった。


「あなた方が仲が良いのはよくわかりました。安全運転はともかく死人が出ない程度には気を付けてくださいよ。少なくとも私とリーダーが死なないよう」


 紛居がため息交じりに注意した。



***



「どうです?」


 騒ぎの主犯たちが逃げ去ったあとの研究棟には救護班が到着し、負傷した管制官や装甲騎士のオペレーターの手当てを行っていた。その中でも峰都たちの班と矢代は犯人たちの残した痕跡を調べていた。金属の塊を調べている峰都に矢代が聞いた。


「この膨大な量はともかくこの金属組織の緻密さは夜光レベルの特異体質保持者のもので間違いないだろう。金属組織を詳しく調べてみればはっきりするはずだ」


「なら!」


「しかし、彼だとは断定できない。物質操作系の体質は多岐にわたるが、決して少なくはない。実際この研究棟にも何人かいる」


「しかし俺は、自分は彼があのマシンに乗ったのを見たんですよ?」


「それは……」


 矢代の証言に言葉を詰まらせる峰都。続けて彼に矢代は毅然と言い放つ。


「いい加減受け止めてください。自分は尊敬する先輩の情けない姿は見たくありません」


「貴様!」


 峰都は思わず矢代につかみかかる。どう思われていようと構わない。夜光は彼にとって大事な部下であり、また腕と特異体質を発揮するうえで必要な"起点"を失わせた償いをしたいと思っている人物だ。本人は気にしないでと言ってくれたが、そんな言葉を真に受ける峰都ではない。班をまとめていた自身に責任があったと考えている。


「峰都、よせ。本当にヤツなら拘束して話を聞けばいい。この件の調査に参加させてもらうよう申請している。一旦落ち着こう」


 ニールが2人の間に割って入る。他人を相手にこれほどまで峰都が熱くなっているのは久々だ。


「失礼ですが」


 皇が1歩前へ出た。彼女の顔には感情が表れておらず、その心境は読めない。


「それほど気にかかるのでしたらD班の職務権限を行使すればよろしいのでは?私達はこの都市の治安維持を目的とした班です。ここを襲ったテロリストはまだ中層の居住区を移動中でしょう。なら、居住区の安全確保の名目で追跡をしても問題ないと考えますが」


 そこで峰都が掴んでいた矢代の胸倉を離し、皇に向き直った。


「それは詭弁だ。そもそも追跡、調査の職務は別の班のものだ。……しかし、騒ぎが起きていれば話は別だな。ニール」


「もうやってる。"知り合い"に頼んだ。急ごう。私の"影"で移動する」


 そうと決まれば早かった。ニールは手際よく自身の班が動くために必要な手配を端末を通して行うと、彼の特異体質を行使する。彼の足元の影が意志を持ったかのように蠢きだし、周りの影を取り込んで大きくなっていく。そしてそれはついに地面から離れ、周りを包み込み始めた。


「なっ、なんで俺まで――」


「これがニール管制官の……」


 矢代と皇が口にしかけた言葉を言い終える前に影は4人を包み込み、そして次の瞬間には何もなかったかのように元の芝が現れた。



***



「おかしい……」


 街の建造物を屋根伝いに移動する夜光達。彼らは今のところ誰にも感づかれることなく進んでいた。しかし紛居が何か違和感を覚えたようで、ひとり呟く。

 そこで夜光は先ほど中層区画を抜けるために立案された作戦について思い返す。


 作戦はこうだ。まず、紛居がかく乱用に2組の幻影を生み出し、操る。その二組はそれぞれ下層へとつながる貨物エレベーター、紛居の仲間が用意した脱出ルートそれぞれに向かわせる。そして本命の自分たちは計画都市の外へと抜けられる整備用通路へ向かうのだ。計画都市はその塔のような構造物の表層に太陽光発電装置やデータの送受信機など多数の設備が設置されているためメンテナンス用に各層に整備用の連絡通路があるのだ。

 そこを通って都市外へ脱出し、待たせている回収部隊に拾ってもらう。


「追手の動きが想像よりも的確過ぎます。幻影2組とももうすぐ目的地に到達しますが、大した妨害もない」


 自身らを含め3機のスケーラーが中層を飛び回っているというのに追跡にあたっている装甲騎士は攻撃してこず、ただ位置を捕捉し続けているだけだし、呼応して出動している都市警察も住民避難以外はなにもしていない。


「都市内の逃走経路なんてたかが知れている。候補地で待ち伏せされてんじゃねえのか?」


 クレバーズが呆れたように言う。確かに彼の言う通りだ。しかし、夜光はそれ以外に何か異質な何者かに見透かされているような感覚を覚えていた。


「元管制官の立場から言えば、連絡通路や貨物エレベーターは使えなくなれば都市機能に少なからずダメージがあるから防衛するにしても、そこまで到達できれば攻撃できないはずだと思うけど」


「裏を返せばそこに到達するまでに結構な戦力が待ち伏せをしている可能性があるってことか」


 夜光の見解にクレバーズが顔をしかめる。が、それに夜光は反論した。


「いや、こっちは上層を離脱してからほぼ一直線に進んでいるし、待ち伏せできるとすればよほど移動能力に優れた特異体質の持ち主か、たまたま近くにいただけのどちらかだな」


 管制室や都市警察は日ごろから都市内の警備に多くの人員を割いているわけではない。当然連絡通路には警備の装甲騎士や警察官がいるかもしれないが、その程度で6mはあろうかというスペック・スケーラーを止めることは叶わないはずだ。


「どちらにせよ、一気に押し通るしかないってか」


 自身にできることは何もないと言わんばかりに呟いたクレバーズ。しかし、その言葉は夜光に重くのしかかり、操縦桿を握る手に力が入る。自身がうまくやらなければクレバーズたちは最悪死ぬかもしれない。



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