第31話 文化祭開催!


 いよいよ文化祭当日がやって来た。


 去年は。いや、中学の時を含めても、文化祭の開会式なんてのは退屈な記憶しか残っていないものであったが、今年は違う。


 ステージの飾り付けや、今後行われるであろうイベントの数々は、紛れもなく俺達の手によって計画され、俺達の手によって作られたものである。


 そんなせいか、顔馴染みとなった生徒会長の開催の挨拶には、ジーンと込み上げてくるものを感じた。


 ウチの高校の文化祭はニ日間。一日目は外部の人間を入れず、我が校の生徒だけで行われる。


 だからまぁ、正直一日目はどうでもよく思っている奴が多いのだが、そんな事は関係なく俺は朝から様々な仕事に追われていた。


 先ずは開会式が終わった後の体育館で、明日のイベントのために準備。


 その後は、前述した理由で人手が足りていないクラスの模擬店の方の運営。この日は学校に来ない気ですらいたアキヒコを実行係と友人の特権を使って呼び寄せ、接客に挑んだ。


 校舎の前のロータリーに設置された屋台に立ち、次々とやって来る生徒達に、黒いプニプニな粒々が入ったドリンクを販売していく。


「ねえ。この脳内活性スペシャルっていうの何が入ってるの?」


 と聞いてきたのは三年生のお姉様。


「えと、鯖缶です……」


「へ?なに?」


「いや、だから鯖の缶詰をミキサーでドロドロにしたものが……」


「それ、美味しいの?」


 聞かれた瞬間、あの悪夢のような味が思い起こされる。生臭さと甘ったるさと奇妙な食感。開発班の言によると「DHCが入っているから勉強に役立つし、よくね?」との事だが、試飲者犠牲者である俺としては、あんな味の飲み物を商品として売っている事については不本意としか言いようがない。


 だから俺は正直に答えた。


「えっと、罰ゲームにも過ぎた味と申しますか……」


「マズイんだ。じゃあ普通の。ミルクティーのやつ頂戴」


 俺は頷いて背後へ目をやる。調理場にいるアキヒコは、既に商品を準備し始めていた。


 お姉さんに値段を告げ、金を受けとる。誰かがどこからか調達してきたレジスターを操作し、お釣と商品を渡した。


 どうやら目の前に出来ていた列の最後尾は、その三年生だったらしい。


 漸く気が休まると息を吐くと、後ろでアキヒコが口を開いた。


「なんか意外」


「何がだよ?」


「ノボル、接客とか絶対できないと思ったのに」


「ああ……」


 その事かと俺は頷く。


「バイトのおかげだよ。夏休み中、結構な頻度で入ってたからな」


「そういえばコンビニでバイトしてたって言ってたね。妙にレジの操作も慣れてるなと後ろから見てて思ったけど、そのせいか」


「多分な。と言ってもまだ客と話す度に緊張してるけど」


 苦笑いを浮かべると、アキヒコは「それでも」と珍しく真面目な顔をしてみせた。


「ノボルは変わったよ。たった半年くらいで、すごく。正直ここまで頑張るとは思わなかった」


「高嶺さんのおかげだよ。彼女じゃなければ俺だってここまでやっていないさ」 


 口にしてから照れくさくなって、顔に浮かんだ笑みを俯いて誤魔化す。


「今なら、少しは成功の可能性もあるんじゃないの?」


「成功?なんの?」


「告白だよ。そのために今日までやってきたんだろ?それとも、もうそんなつもりはなくなっちゃった?」


「そんな事はっ!」


 そこまで口にして言い淀む。


 彼女を初めて目にした時の衝撃は、未だに忘れていない。


 そしてそれと同時に芽生えた強い想いも、消えたわけではない。寧ろ日増しになっていく、彼女をもっと知りたい。彼女にもっと近づきたいという欲求を思えば、彼女への気持ちはあの頃より強くなっているとも言えるだろう。


 それでも、何故だか半年前のような彼女の恋人になりたい。告白をしたいという気持ちは薄れていた。


 ただ、彼女の側にいられるというだけで幸せだと思った。


「もしかしてノボル。努力して少しだけ距離が近づいてしまったから、それが心地が良くなっちゃったんじゃないのかな?」


 ハッとして奴の顔を見ると、アキヒコは更に続けた。


「まぁノボルにとって彼女は初恋の相手だから、今の幸せはこれまでに感じた事のないものだろうし、それ以上の事なんて想像もできないのは仕方ないかもしれないけどさ。でもノボルが更に先を目指すなら、これで満足しちゃうのはマズイと思うよ。今の状況ってノボルががむしゃらに努力してきたからこそたどり着く事が出来たものだから。多分、今で満足してしまったら、ノボルはこれまでのようにがむしゃらではいられなくなる。最悪、今の状況が壊れるのが怖くなって動けなくなってしまう」


 その通りかもしれない、と思った。


 現に今高嶺さんに告白し、フラれた後の事を考えると、あの頃にはなかった恐怖を感じた。


 だからこそ、その先を目指すのなら止まってはいけない。アキヒコはそう言いたいのだろう。


「それにしても、お前。俺と同じで恋愛経験ゼロのはずなのに、よく人の恋愛にそんな的確なアドバイスができるな」


「いやいや。だってゼロじゃないし。多分告白を成功させた相手の人数、百人は超えていると思うよ」


「……それ。ゲームの話だろ?」


「勿論。でもゲームやアニメというのは人によって作られたものだから。楽しませるための誇張や願望が含まれてはいるけれど、その全てがニセモノだってわけではないだろ?実際、告白が怖くなってしまった主人公をプレイした事もあるしね」


「なるほど。確かに馬鹿に出来ないかもしれないな」


「まぁ、大体のゲームは告白が成功したらエンディングになっちゃうから、その後の事は分からないけどね」


 そう笑ったアキヒコのおかげで、なんだか目が覚めたような気がした。


 俺には、立ち止まっている暇などないのだ。


 この文化祭の内に、更なる高みへ足を踏み入れなければならないと、心に誓った。


 現状、彼女と二人になれるこれほどのチャンスは、そうそう訪れるものではないのだから。




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