第11話 見た目で勝負


 富士義輝フジヨシテルに友達になるのを断られた。それはつまり、親友、筑波明彦ツクバアキヒコが発案した、二ノ森君と大川君作戦の失敗を意味していた。


 早急に次の作戦を立てる必要があった。


 数日考え続け、漸くそれを見つけた日の翌日の昼休み、いつもの人気のない階段に座り、俺はアキヒコへ言い放つ。


「俺、オシャレになろうと思う」


 たまごサンドを口に咥えようとしていたアキヒコは、その手を止めてポカンとした表情を浮かべた。


「急にどうしたの?」


「次の作戦だよ。カースト上位にいる奴らは見た目に気を使っている奴が多いだろ? 俺に足りないのはそれなんじゃねぇかなと思って」


 あれからも放課後は一人で。休日は幼なじみの日和ヒヨリの弟のアサヒに協力してもらい、体育の練習は続けていた。


 そのお陰で体育の授業中に限ってはカースト上位陣からポツポツと声を掛けられる事は増えてきたが、それでも自分がその中へ入れているという実感はまるでなかった。


 そもそも二ノ森君と大川君作戦で富士と仲良くなろうと考えたのは、富士ならば他の生徒の目を気にする事なく俺と仲良くできる、富士にさえ認められれば、他の生徒達の評価を一気に覆す事が出来るというのが理由である。


 富士以外の生徒にはそこまでの力はない。また、富士以外の生徒は人目を気にして、俺と積極的に付き合おうとは考えてくれないのだ。


 それをどうにかするには俺自身の評価を変える必要があった。しかしスポーツだけではそれを覆す事は出来ないらしい。それならと思い付いたのがオシャレという訳だ。


 例えばクラスに赤城アカギという男子生徒がいる。コイツはスポーツはまるで出来ない、話も面白くないというのに、顔だけは整っているせいで、女子からそれが可愛いと好評を得ている。


 また、男子達からもその事で『残念イケメン』と笑われ、弄られ役ではあるが、カースト上位陣グループに在籍する事を許されていた。


 要するに見た目。見た目さえ良ければ他の奴らも側に置いてもいいと思ってくれる。見た目さえ良ければ女子からの評価が高まるのだ。


 それを聞いたアキヒコは「まあ。悪くはないんじゃない」とたまごサンドを食べ始める。


「でもオシャレって具体的にどうするの? 僕はアドバイスなんて出来ないよ」


「まぁ、俺もそういうのはさっぱりだけど……」


 言いながら、俺はバックの中から複数のファッション雑誌を取り出した。今朝コンビニで買い漁ってきたものだ。


「とりあえずこれだけあれば、何か参考に出来るんじゃねぇかな?」


 最近、出費が多い。この前は魔法少女マミルのDVDボックスを買ってしまったし、今後もこんな事があるのなら、バイトをする事も考えなければならないだろう。


 そんな事を思っている間にアキヒコはファッション誌をペラペラと捲り、そして大きなため息を吐いた。


「僕、こういうの駄目だ」


「はぁ? なんでだよ?」


「だって見てよ、この薄ら寒いフレーズ。記事も意味の分からない横文字ばかり並んでいるし、モデルも何この気取ったポーズ。こんな物は目に毒だね。見ているだけで風邪をひいてしまうよ」


「そこまで言わなくても……」


 もしアキヒコが普段見ている雑誌をクラスの女子に渡したら、きっと同じくらいの拒否反応を示すだろう。


 しかしコイツの言っている事も、分からなくはなかった。これまでまるで興味を抱かずに生きてきたせいか、どうにもこの作り物っぽい雰囲気に、ムズムズとしたものを感じさせられてしまう。


「だいたいこれってファッション誌でしょ? 学校では制服しか着ないんだから、真似したって意味ないじゃん」


「いや、でもよ。髪型とかさ」


「染めるの?」


「急にそんな事したら変に目つけられちまうだけだろ。なるべく自然な感じで、良く見たらオシャレだなぁくらいのやつにしてさ」


 髪は小学生の頃から、ずっと同じ床屋で切ってもらっていた。いつもと同じでと伝えれば、何の変哲もないこの髪型に切り揃えてくれる、人見知りには優しい店だ。


「例えばどんなの?」


 アキヒコがファッション誌を指して聞いてくる。


「これとか」


 俺は、ページを捲って、自分でも出来そうなものを適当に選んで指差した。


「今とあまり変わらなくない? 寝癖がついている時のノボル、こんな感じだよ」


「じゃあ、これは?」


「さっきのとどう違うのさ。もっと大きな変化がなきゃ。例えばこんな感じ」


 ニヤニヤしながらアキヒコが見せたのは、頭の両サイドを刈り上げ、残った中央の髪をアイロンの底のように形にガチガチに固めてある髪型だった。


 あまりに奇抜なヘアスタイルに、俺は思わず吹き出す。


「なんだよ、それ。やるわけねぇだろ」


「いや、でもこれ。最新オシャレヘアーって書いてあるよ」


「えっ、マジで?」


 アキヒコに言われ、その雑誌を覗き込む。紙面には、確かに奴の言った通りの事が書かれていた。


 これのどこがオシャレだというのだろう?


 わ、分からん。オシャレとは、これ程難解なものだったのか……


*


 物は試し、という言葉がある。


 多種多様のファッション誌を買い揃えてしまったのが裏目に出たのだろう。


 そのファッション誌を1日中読み漁っても、結局俺にはオシャレというものが理解できなかった。


 とはいえ唯一相談できるアキヒコも、あんな調子。


 それなら自ら試してみるしかないだろうと翌日。俺はコンビニで買ったワックスを使い、人生初のヘアセットというものを行い、学校へ向かう事にした。


 このヘアセットというのが中々奥深いもので、当初は手にワックスをつけ、パパッと整えたら終わるものと思っていた俺であったが、完成したと思っても、数秒後に鏡を見るとどうにも似合っていないように感じられ、そうして髪を弄り直しても、また数秒後にはその髪型が気に入らなくなってしまう。


 そんな事を繰り返している内に、ゲシュタルト崩壊した文字のように、自分の髪がどんな状態になっているかもよく分からなくなってしまい、とうとう俺はヘアセットだけに一時間を費やす事となった。


 それでも納得のいく髪型には仕上がらなかったのだが、これ以上遅くなったら学校に遅刻してしまう。そうして家を後にする事となった。


 化粧をした女子というのはこんな気持ちなのだろうか?


 通学路を歩き始めた自分が、いつもと少しだけ違う人間に感じられる。


 高嶺さんやクラスの連中は、どんな反応をするのだろうかと思うと、楽しみでもあり、それ以上に不安でもある。


 HRにギリギリ間に合う電車に乗れる時間。もしかしたらアイツに会うかもしれないという予感は、見事に的中。


 歩き始めて程なくしたところで、道沿いの民家から、幼なじみの同級生。山本日和ヤマモトヒヨリが姿を現した。


 日和はこちらを一瞥し、何事もなかったかのように歩き出す。


 しかし暫く歩き進んだところで、突然こちらを振り向いた。


「ねぇ」


 鋭い視線。棘のある声色。何かしてしまったのかと不安になる。


「なんなの? その髪?」


 一番触れられたくないところを、突っ込まれてしまった。


「へ、変かな?」


「まぁ、何であんたがそれを変だと思わないかが不思議なくらいにはね」


「ぐっ」


 辛辣な言葉に、攻撃を受けた漫画のキャラクターのようなリアクションをしてしまう。


「それで、なんで?」


「え?」


 不意に日和が聞いてきて、首を傾げる。


「だからなんで急に髪なんて弄り始めたのって聞いてるのよ。それに体育の授業も。アサヒに練習付き合せてまでして」


「き、聞いたのか!?」


「アイツが自分から言ってきたのよ。理由は秘密だとか言ってたけど」


 それを聞いてほっとする。俺が高嶺さんを振り向いかせるために努力している事は、内緒にしてくれているようだ。


「まぁ、ちょっとした心境の変化というか……」


 適当に誤魔化すつもりでいうと、日和はジト目を向けてくる。


 しかし直ぐに諦めた様子で息を吐き、こちらへ近付いて言う。


「下げて」


「へ?」


「だから頭。下げなさいよ」


 言われるがままに腰を落とすと、頭の上に微かな感触が伝わってくる。


 それを見上げようとすると、目の前にある二つの膨らみに気がつき、慌てて目を反らした。


 顔が熱い。鼻には女子特有の、甘い匂いが届いてきていた。


「ベタベタつけすぎ。それに何でこんなトサカみたいにしてるのよ。上に持ち上げればいいって訳じゃないんだから」


 どうやら日和は、髪を弄ってくれているらしい。


 いやに長く感じたその時間が過ぎると、彼女は一歩後ろへ下がり「こんな感じかな」と小さく呟く。


 続けて自分の鞄から、手のひらサイズの鏡を取り出して、それをこちらへ向けた。


「どう?」


 自然な仕上がりだった。眉に掛かるところで、行儀よく横に流れた前髪。その流れ逆らわないように、全体の髪がふんわりと整えられている。


 さっきまでの自分のセットが、いかに不自然であったかがハッキリと分かる。あれではまるで、アニメのキャラクターのカツラをかぶっているかのようだ。


「こ、これが私?」


 鏡に写る、清涼感漂う姿になった自分の頬を撫でながら口にすると、日和からは「バカじゃないの」という言葉が飛んでくる。


 鏡を鞄にしまった日和は「あとは」と呟きながら俺の全身を見渡して、徐に俺のベルトへ手を掛け、そのまま下へ引っ張り始めた。


「なっ!? ちょっ!?」


 幼なじみとはいえイケてるJKに成長した日和にそんな事をされれば、当然慌てざるを得ない。


「ちょっと! じっとしてなさい!」


 それでも日和は止まる事なく、俺のズボンをグイグイと下に引っ張り続ける。


「だ、だってお前!?」


「このままじゃダサいでしょ! 大体何でこんなに上までズボン上げてるのよ」


「そ、それはお腹を冷やしたくないからで」


「それくらい我慢しなさい」


「あっ、ちょっ、いやぁ!」


「気持ち悪い声ださない!」


 腹のあたりまで上げてあったズボンを下げた後、日和はもう一度俺を見渡して満足げに頷いた。


「まぁ、これで少しはマシになったんじゃないの」


「あ、ありがとう」


 少し照れくさくなりながらお礼を言うと、日和はプイとそっぽを向く。


「べ、別に見てて不快だったからやっただけだし」


「悪かったな。でも助かったよ」


「う、うるさい!」


 何故だか怒鳴られてしまった。


「とりあえず今の髪じゃあ、これくらいしか出来ないから、他にやりたい髪型があるなら美容室でカットしてもらう事」


「お、おう」


「あと眉毛も、変なところに生えてるのくらいは処理しなさいよね」


「お、おう」


「それからお腹が冷えるようなら、ブレザーの中にカーディガンとか着ればいいから。ああいうのも、ちゃんと着ればオシャレに見えるし」


「わ、分かった」


「それじゃ私行くから。このままだと電車間に合わなくなっちゃう」


 振り返って駆け出した日和の後ろ姿を眺めながら、そういえばカースト上位陣にはカーディガンやパーカーをブレザーの内側に着ている奴らが多かったなと思い出す。富士や浅間もたまに着ていたっけ。


 あれを着ればモテるのだろうか?


 ぼんやりと考えている間に日和の姿は見えなくなった。


 そこで俺もアイツの同じ電車に乗るのだという事を思いだし、慌てて歩き出す。

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