割れなべに綴じ蓋

死体。

死体。

死体。

夥しい数の死体。

その中で嗤うわがしもべ

その微笑みを受けて儂は――



儂は消えかけていた。

朽ち果てた祠の中で。


まあ、崇めるもののいなくなった神の末路なんてこんなものよ。

などと嘯いてはいたが、やっぱり消えるのはいやじゃのう…


そう、思っていた所に。


「…?ええ…?」


――うわ、あの女めっちゃ儂を怪訝そうな顔で見ておる。

つまり、神が見える人間。

今の世ではとんと見なくなった人種。

眼と髪の色も良い。

赤と黒の入り交じった色。

――憎悪と執着、二億四千万の悪徳を詰め込んだ色じゃ。


よし、勧誘…というかだまくらかして崇めさせようと思うには十分すぎた。


「おい、そこな女」

「は、はい!?」

うん、やっぱり見えておるな。

「ちょいと儂を崇めてみん?」

「…はい?」

「いや、ちょいと神を助けると思って、ほれ」

「いやまってください、ストップ、ウェイト」

そんないやいや、みたいな動きするな、愛でたくなるわ。

「儂外来語わからーん、あいきゃんのっとすぴーくいんぐりっしゅー」

「確実にわかってる反応ですよねそれ!?」

「カカカ、ジョークよジョーク!」

良い反応するのう、こやつ。

「いやそもそも、見えて、動いて、半透明で…何…?」

「だから言ってるであろうが、神じゃよ、神」


ふむ、こやつ「見えた」のは儂が始めてか。

儂と相性が良かったんじゃろうな。


「ええ…百歩譲って、神様?なのは信じるとして…ちっちゃいけれど…」

「ちっちゃい言うな、昔はないすばでーだったんじゃよ?」

まあ、崇められなくなって小さくなったんじゃが。


「それで、そもそも、何の神様?なんです?」


あ、それ聞いちゃう?

誤魔化しようがない質問なんじゃけど。

勢いで行けるかと思ってたんじゃが?


――まあ良い、これで消えるならそれも運命よ。

そう思い、儂は告げる。

とびっきりの邪悪な笑顔で。


「儂か?儂はな」

「所謂、祟り神、というやつじゃ」


――その時の、こやつの目をどう言い表せば良いか。


驚きと。

何かに対する憎悪と怒りと。

――喜びと。

救いはここにあったんだ、と言わんばかりの眼。

神にすがる瞳。


――ああ、実に心地好い眼である…


「…それって、怨みに思っているような奴等に、思い知らせてやったり」

「できる」


「さんざん苦しめてから殺したり」

「造作もないこと」


「私の何もかもを奪い去ったアイツらを」

「消せる」


…ああ、これだ、この感覚だ…

崇められ、すがられ、祈られる。

体に力が満ちて行く。実に良い。

やはり神は、祈るものがあってこそよな…


「まあ、しっかりと対価は支払ってもらうが、それでもよいか?」

「もちろん、あのクソッたれどもをこの世から消せるなら」


迷いのない、自分のすべてを賭けている眼。

とても尊い、真摯な祈りみがってなかんじょう


「宜しい、しかと承った」


――曲がりなりにも「神」を名のりしものが、これ程の祈りに答えぬわけがない。


「さあ、願いを言え、どんな願いであろうと叶えてやろう!」



燃えている。全てが。

――私の復讐が、あっさりと終わった。

本当に一瞬で、あっさりと、今までの懊悩はなんだったのかと思うくらいに。


「クカカ、カカカカカカ!愉快!愉快よの!」


この、目の前で高笑いをしている、祟り神によって。

まるで女性的でなかった小さい体は大きくなり、頭に生える漆黒の髪は腰下よりもなお長く、ぺったんこだった胸もぼいんぼいんになっている。


圧倒的神気をその身に纏う、祟り神。

とても邪悪で素敵な笑みで、


「ほれ、見ろ見ろ!きさまの願いの結晶を!」

私の願いをかなえてくれた。


「良い!良い復讐心よ!心地よいぞ!」

私の心を肯定してくれた。


「これできさまのずっと抱えていた行き場のない恨みはすべて灰燼と化したわけだ!」

私の今までを救ってくれた。


――じゃあ、私はこの神様に、何を返せるだろう?


「さて、ではきさまから対価をいただこうか」


「はい、私に払えるものなら何なりと」

心の底からそう答えられた。


「大したものはないですけど…」

支払える対価がそう無いことがとても悔しいと思えた。


「カカカ、そんな顔をするな」

そう言うと神様は私の顔を持ち上げた。

吸い込まれそうな漆黒の瞳孔が移る。

目が、離せない。

そして、神様は言った。

とってもとっても、邪悪な笑顔で。


「きさまに要求するものは、そう多くはないが、考えようによっては数え切れないほど多い」

「つまり、きさまに払える全ての物」

「きさまのすべてを、儂に捧げるが良い」


――願ってもない事だった。

言われたとき絶頂していたかもしれない。

一も二もなく受け入れた。

私を手に入れた神様は、とても嬉しそうだった。

それだけで私は、すべてが報われた気分だった。



しもべを手に入れた儂は取りあえず、信仰を集めるべく信徒を増やそうと思った。

一人だけではいつまた消えるかわからぬ。


…いやまあ、実のところ、こやつ一人でも十分すぎるぐらいの信仰は来ているのだが。

信仰といっても、要は人の執着、心、恨み、願い、殺意、愛、劣情。

そういうものの集合体であるわけだ。

これを向けられていない神は存在できぬ。

――つまり、こやつは、儂にそれだけの想いを向けているわけであるのだ。

実に良い。愛い奴じゃ。


――愛い奴はつい、虐めたくなってしまう。

執着することが儂の元であるが故。

一人に執着する、すべてを見たくなる、そ奴のすべてを手に入れたくなる。

――そして、最後には壊れてしまうのだ。


まず信徒を勧誘してこいと言えば、さっくり行き、一人も来ずにしょぼくれている表情がよかった。

申し訳なさがとても心地よかった。


次に、体を使って篭絡してこいと言い、迷うことなく使うことを決断した顔が良い。

実にしゃきっとした顔であった。


それでも駄目であったので薬を使えと囁き、どんどん倫理のタガが外れていくのを見るのはとてもとても楽しかった。


たたりがみの寵愛を受け、たたりがみの物になるということはこういうことよ。


さてさて、こやつはどこまで持つものか?



信徒が100人を超したらしい。

ここまでできるとは思っておらんかった。

誇らしげな顔と感情がとても良い。

では信徒を見せてもらおうと案内してもらった。


出迎えてくれたのは、100人分の死体だった。



しもべとなった私の仕事は、信徒集めだった。


とりあえず行ってきた。

一人もなってくれなかった。

しょぼくれた顔をして帰ったら、

「まあそりゃ当然じゃろ、カカカ」

とそれはそれは嬉しそうに笑ったので、まあいいかと思った。

神様は私がどんな感情を見せるのか楽しんでいる節があった。


体を使って勧誘してこいと言われた。

神様以外に体を許したくはないのだが、その神様の命令なら仕方ない。

懊悩は一瞬で終わらせ、その旨を伝えた時が一番うれしそうだった。

神様はいろいろわかっていて命令している節があった。


薬を使ってあっぱらぱーにして信徒を増やした。

体も使って攫っていった。

やることがどんどん過激になるのを私を見る神様の目が心地よかった。

神様は私を使って遊んでいる節があった。


…そう、私だけを見ていてほしかった。

信徒なんて増やしたくはなかった。

私は、神様の忠実な僕なのに、こんなことを思ってしまった。


――だから、集めた信徒を全員殺した。

そしてそれを今から神様に見せる。


ああ、どんな顔をするだろうか。

嫌われるだろうな。

捨てられるだろうか。

それとも、もっと想像もつかないひどい目にあわせてくるのだろうか。


――それでも私は、神様が私以外を見ることに耐えられなかったのだ。

私以外の信仰で生き永らえてほしくなかったのだ。

あの日願った以上に、身勝手で、それでいて純粋ですらある願いこころのさけびだった。


――さあ、審判の時が来る。



「神様!見てくださいこの信徒の死体を!」

「おお、これはこれは」


――うーん、なかなか凄惨な状態じゃのう。


「あ、どうして、とか何故とか言わないでくださいね!今からしっかり説明しますので!」

「ほう、それは楽しみじゃ」


――うむ、笑顔でいる我が僕は良い。


「まあ、一言で言うなら、私の身勝手な願いのためです!」

「私は、私以外の信仰で神様に生きていてほしくなかったんです!」


――ふむ。


「そりゃまた、何でじゃ?」


「簡単ですよ、だって信徒が増えたら」

「神様、私だけを見ていてくれなくなるじゃないですか」


――ほほう。


「だから全員殺しました」

「怒りますよね」

「呆れますよね」

「軽蔑しますよね」

「でも、私はもう我慢できなかったんです」

「だから、だからだから…」


――流れ込んでくる、信仰の塊。


――我が僕の、心の叫び。


――ああ、ああ、ああ――


「クカカ、カカカカカカカカカ!」


――実に、実に。


「良い!実に素晴らしいぞ我が僕よ!」

「えっ」


――実に、心地よかった。


「まあ向けてくる信仰からして、信徒増やしに積極的でないのはわかっていたからな」

「えっ」


「それを無理にやらせるといい感じの信仰が流れてくるのでつい、な?」

「…ははっ、私、神様の手のひらの上ですか」


「いや、そうでもないぞ、誇るが良い儂の僕よ」

「儂が一人に執着して、求めて、壊してしまうことは多々あれど」


「え、えへへ?」


――ああ、本当に、本当に良い。


「フム、ではここまでしてくれた僕には褒美をやらぬとな」

「えっ」


「この台詞を言うのも二度目か」

「さあ、願いを言え、どんな願いであろうと叶えてやろう」


――我が僕は、少しだけためらってから


「…神様が、ほしいです」

「神様に、私以外を見てほしくないです」

「神様が死んだら、私もいっしょに死にたいです」

「貴女の、すべてがほしいです」


――人の身に余る、大それた願いを口にした。


「クカカカカカ!神を人の手に収めようてか!」

「だ、だめですか…?」


「否、否、否!それでこそ我が僕、我が神殿、我が聖地よ!」

儂は僕の顔を持ち上げ、その赤黒の瞳を見る。

嬉しさと、悦びと、それ以外にも色々と。

ああ、嬉しくて嗤ってしまう。


「きさまが手に入れるものは、そう多くはないが、考えようによっては数え切れないほど多い!」

「つまり、儂に払える全ての物!」

「儂のすべてを、きさまに捧げる!」


ずるり、と。

我が僕の中に入っていく。

「うあっ…!」

全身をはい回る快楽。

「これより儂は貴様と一心同体」

おぞましいほどの気持ちよさ。

「儂はきさまの物であり、きさまはわしの物である」

「きさまは儂から逃れられぬし、儂は貴様から逃れられぬ」

これが、これこそが互いの執着の果て。

「死が互いを分かつまで、とは言わぬ」

魂と、魂がくっついて、癒着して、なおかつ二人でいて、永遠に離れぬよう――

「きさまが死んでも、儂が死んでも、永遠に一緒だ」

「…はい、はい…!とても、とても嬉しいです…!」


――ああ、実に良い、実に良い。

――想われるのは、実に良い。



――その瞳を見てはいけない。関わってはいけない。


「ねえ、神様ー、次はどこに行きましょうか?」


――それに魅入られ、破滅したものは数知れぬ。


「どこでもええじゃろ、どこに行こうが一緒なんじゃから」

「それもそうですねー、えへへー」


――名前もない、祟り神”たち”の瞳を。





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