第4話 命を狙う相手の家へ連れていかれるようです

やがて、浮遊感を覚えた。

そぅっと薄眼をひらく。


どうやら、両手で掬うように、身体を持ち上げられているみたい。


両掌の上に乗るほどこの身体が小さいって事実に、しばし愕然となった。



「…怖がらないで」



すぐ、無理か、とあの声が、寂しそうに付け加えた。

あんまり頼りない響きに罪悪感が湧く。


おそるおそる見上げれば。




…ぽっかーん。




人間だったら、大口開けて固まってた。


え、だって。

なに、この間近にある非常識。


人間の顔って、ここまで整うものなの?


きらきら?


ぴかぴか?


もうね、まなざしまでまばゆい。

いたのは。

少年。まだ、子供。

なのに。


なんだろう、この、魅了の強制力。



麗貌万花と讃えられた女性を、私は知ってるけど。



彼女とはまったく違う、それでいて似たような圧倒的魅力。


これはもう、力…暴力だ。

なにより。


その、源。


人々が、個性、もしくは魂という言葉で表現しようとしてし切れない人間の資質。



神秘的なソレ、が。



目を惹きつけてやまない。

「ああ、」

その顔が、嬉しそうにほころぶ。


「目が、空色だ」

そんな子が。


「うん、美人」


…何の冗談かと。

でも。

―――――間違いない。

ハク家の御曹司。



そして、黒髪に、鉄色にも銀色にも見える灰色の瞳。



しかも、この年齢となれば。




世界に名をとどろかせる天人ロウ・ハクそのひとに違いない。




言うなれば、舞台の主人公。






世界において、主役級の力や存在感を持つ身内を、幸か不幸か私は多く知ってるけど、この子は彼等に匹敵する、いえ、下手すると頭一つ飛び出た強い星を持ってるかもしれない。






私は端役。


本来なら、彼の姿を見ることすらなかったはず。

驚きすぎて硬直が解けない。


まずい。


本能が警鐘を鳴らす。




武威のみならず仙術を含めたすべての才において天から愛されたと評価される彼の目に、誤魔化しがきちんときいてるかなんて、窺うことすらできない。




そして、とても大切な、忘れてはならないことがひとつある。


今、私は素っ裸だってことだ…!


毛皮はある。天然の。だが。

内心、悶絶。


硬直が解けない私に、何を思ったか、ロウはそうっと胸に抱いた。




得たりとばかりに、私は彼の袷に潜り込んだ。




「うわ。どうしたの? 寒い?」

震えてるのを誤解したみたいで、そんな風に尋ねられた。


うん、ぬくいけどそうじゃない。


震えるばかりでにゃぁとも鳴かない私を、彼は懐の上からポンポン叩く。

ロウは鎧を着てない。

幸いにも。


あれでも、けっこうこれ危険なんじゃ…。


基本、仙術で戦うスタイルだったとしても、戦場でこれってどうなの。

「お連れになるのですか、若さま」

真面目な声が、渋る響きを宿す。


「魔女の使い魔かもしれないものを」


側近だろう青年の言葉を気にも止めず、ロウは踵を返した。

見惚れるほど颯爽と。

「魔女の使い魔なら好都合だろう」

臆せず、ロウは堂々と答える。


さっきの、優しい声が嘘みたいな声で。






「尻尾を掴めるかもしれないぞ」


彼は、着物の外に垂れてた私の尻尾を優しくなぞった。






あ。

あるのか、やっぱり。


尻尾。


いまいち、感触は微妙。



意に反して、ぼんと膨らんだ。



慌てて引っ込ませる。


ロウが漏らした苦笑に、





「仰せのままに」


声が、いくつか重なった。





諦めたような。


愉快そうな。


おっとりしたような。


だが、総じてロウよりは年長者の声が、三様に。

一度頭を下げ、彼等はロウの後ろからついてくる。


気配で、分かった。



今、勇気を出すべきだろうか。



私は考えた。

直後、断念する。

だめだ。


素っ裸で野山を駆け巡る思い切りは、今の私にはまだない…。


中途半端な羞恥心のせいで、私は逃げ損ねた。

しかも。


通り過ぎる周辺に領軍が散らばっており、ロウを見るなり最敬礼で見送る。


その上、一方的な蹂躙の痕跡が、大地に散らばる人体から窺えた。

怖い。



要するに、私は臆病なのだ。



それでも。

逃げる機会はそれが最後だったと私が気付くのは、ロウが馬車に乗り込んだ後だ。

「けど実際、ほんとに実在するんすかね」

飄々とした声が、面白がるように言った。




「賢者ウルスラの弟子なんて」




え。

うそ。

待って、それって。


賢者ウルスラ。



麗貌万花―――――生前、そのように讃えられたうつくしい女。



そして。

それを貶めるように、三年前醜く惨殺されたひと。

「眉つばだがな。なんにしろ、噂の真偽を確かめなければならん」


「興味深いよね。世界で三人しかいない弟子。ふふ、ぜひ会いたいなぁ」


おっとりした声が、数を数えるように続ける。




「巡礼者ウルド、賢者ミスラ、魔女ツキシロ」




つまり、彼等は、賢者ウルスラの弟子を探している。

彼女が引き取った三人の弟子の内、しかも、魔女たる存在を。


それって。








―――――私じゃん?








全身から血の気が引いた。

何が起こった。


私は二年間、ずっとこの地に引きこもってた。


魔女って知ってるひともいないというか、そもそも私を女とは誰も思ってなかった。


一応、花の十六歳だけど、ガリガリで短髪、最低限清潔にしていれば身なりも気に掛けない私を女子とはだれも気付かなかった。


だとしたら。

…あの子、何したんだ。



私がヨミから出奔する原因となった少女の顔が、脳裏を過ぎった。



きっと、彼女だ。


彼女が、ウルスラの弟子を騙って、何か面倒を。

内心、呻く。


莫迦なことしたものだ。



ウルスラの弟子ってのは、彼女が思うほどいいものじゃない。



(へたしたら、アレがあの子のところへ…)


「なんにしろ」

ほとんど何の感情も宿さないロウの声が、淡々と言葉を紡ぐ。


「会えば、最後だ」

既に起こった、当たり前の結果のように。



「始末する」



―――――どう考えても、ロウは舞台の主役だ。


主役のひとなら、私は何人も知ってる。

ただの端役の私は、彼らが巻き起こす嵐に呑まれて、その流れに黙って流される他、なすすべはない。


ない、けれど。



その、嵐の方向性を変えることくらいなら、できるんじゃないか。



怖いけど、逃げたって死は早足で追ってくるだろう。

だったらちょっと、努力をしなければ。



私はまだ、死にたくはない。



って言うか、死ぬ理由がない。


わけわからないまま殺されるなんて御免だ。

なけなしの私の勇気をあざ笑うように。



「報いは受けてもらう、必ずな」



ロウの呟きが、霜のように心を包んだ。






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猫はお昼寝中です 野中 @yorimitti

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