第7話 覚えてるよ!

 ――この世界で運とか運勢がどれだけ影響力を持ってるか、お前が一番よく知ってるだろ――。


 悠太の言葉に僕は目の前が真っ暗になる。

 確かに、星占いは必ず当たるし、僕は長谷川さんの一言で女の子にまでされた。


「でも、ちょっと待って! そんな設定なんて『ラヴ・パーミッション』になかったよっ!」


 そう、僕が読んでいたライトノベルには告白までの時間制限だとか、運の影響力だとか……そんな話は一切出てこない。


 それに、付き合えないと決まったっていうのに悠太のヤツはなんだか平然としてるみたいで、それにもなんだか腹が立ってくる。


「それはそうだ。お前はライトノベル版の主人公だからな」


「それはさっき聞いた……って、じゃぁ悠太はなんなの?」


「俺は……ゲーム版『ラヴ・パーミッション』の主人公なんだ」


 彼はドヤ顔でそう言い放った。


「ちょっと待って! ギャルゲー版って小説に出てくる架空のゲームのことでしょ? 現実にないものなのに、その主人公だなんて……」


「真純。お前は知らないだろうけど、『ラヴ・パーミッション』というゲームは実在するんだ。ライトノベルがヒットしたために『ギャルゲー世界で主人公が目覚めるメタ小説』を原作にした『メタ世界で主人公が目覚めるメタメタゲーム』としてスマホ向けに作られた」


 メタメタって……。

 僕は唖然として言葉が出ない。


「だけど、そんなワケがわからないゲームがヒットするハズもなくて、サービスはたかだか半年――今年度いっぱいで終了する。だからそれまでにお前を攻略しなきゃならない」


「攻略って……付き合うってこと?」


「そうだ。だから恋愛度の高かった女の子たちからのチョコレートを断り、幼なじみのえいを振ってお前を女の子にしたんだよ」


 なん……だと?


 僕が女の子になったのって、悠太がワザとやったってこと?


「だけど、せっかく女の子になってもお前は中身が男のままで、俺が好意を見せても気づかない。デートに誘っても本気にしない。何度試してみても俺に惚れない。ダメ元で今回はライトノベル版を読ませてみたら……」


「ちょっと待って!」


 僕は悠太のセリフに割り込む。

 

「デートってなに? 『何度やっても』? 『今回は』? いったいどういう意味だよ、ソレ!」


「ああ……さっき言っただろ? 俺はゲーム版の主人公だからセーブ地点からやり直せるんだよ。ライトノベル版をヒントにお前を女の子にできるようになってから、これで二十回目くらいかなぁ。お前にも本を読ませるのが有効だってわかったよ。でもまさか、二人が結ばれるラストシーンをまだ読んでなかったなんて! 次はもっと急いで読ませるようにしないとなぁ」


 そう言って悠太は自分のプレイ結果を反省してる。


「ああ、セーブからやり直してもヒロインたちは記憶がリセットされるだけだから大丈夫だ」


 そう言って微笑む悠太の顔を見つめているうちに、いつのまにか両眼に涙が溢れてくる。


 理由はわからない。

 悠太とふたたび出会える嬉しさ?

 セーブまで戻される恐怖?

 それとも、女の子になってから今までの、自分の感情がリセットされちゃうことへの……えぇと、なんだろう。


 悠太はハンカチを出して、そんな僕の涙を拭う。


「心配するな。まるで夢でも見てたような気分らしいよ」


 はぁっと深いため息をつく。

 やり直せるんだ。

 そう思うとちょっとだけ安心した。

 でも安心したら、ふとあることに気がついてしまった。


「ねぇ、悠太。何度もやり直したって言ってたけど、僕の前に他の女の子たちとも付き合ったの? 幼なじみの長谷川はせがわ 瑛さんとも? 小柄で巨乳の室伏むろふし ちろるちゃんや、美人生徒会長の宮澤みやざわ 節奈せつなさんとも? 後輩の倉科くらしな 舞華まいかちゃんとか、保健医の山野やまの 有栖ありす先生は? ツンデレの須藤すどう このみさんとか……ああ、そう言えば最愛の妹――恵流えるちゃんが義理の妹だってもう知ってるよね? ってことは中学生の女の子までその毒牙にかけたんだ?」


 自分の口から地を這うようなトーンの声が漏れ出る。

 主人公としての悠太の立場ってやっぱり不条理だ。


「俺を信じろ、真純。お前を必ず迎えにくるから」


 そう言うと、頬に手のひらを添えられて、唇に柔らかな感触。

 悠太にキス……されてた。


 好きな人とするキスはドキドキするって言うけれど、全然そんなことはなくって……。

 でも、全身が暖かな幸せに包まれて、不安も疑念もすべて消えていった。


 ◇◇◇


「関東地方の今日の天気は快晴。風もなく四月上旬並みの暖かさですが、それも日中だけのようです。日が暮れると急激に気温が低くなりますから、お帰りが遅い方は防寒対策を忘れないように。年に一度のバレンタインデー。風邪などひかないようにご注意ください。それでは今日の星占いです……」


 毎朝、この天気予報と星座占いを観終わると、ちょうど家を出る時間になる。

 なんだか変な夢でも見てたのか、まだちょっとだけ眠い。


 学校指定の革靴を履き、カバンを持って玄関を出る。そこから歩いて八分。駅の改札付近に突っ立っていた男子生徒が僕を見つけて手を挙げる。

 親友――『櫻田さくらだ 悠太』だ。


「おはよう、悠太。今朝も待たせちゃったね」


「気にすんなよ、真純。ところで俺が貸してるラノベだけどさ……どこまで読んだ?」


 悠太から借りてるラノベとは『ラヴ・パーミッション』というタイトルの小説のことだ。

 ある日突然、自分が住んでいる世界がギャルゲーの中だと気付いてしまう男の子が主人公の、メタストーリーのライトノベル。

 エッチなハプニングシーンがあってちょっと抵抗あるけど、ラブコメとしてはなかなか面白い。

 さすが悠太のオススメだ。


「えぇと、もうすぐ第三巻を読み終わるあたりだよ。あっ! ひょっとして読み返したくなったの? だったら一回返すけど?」


 僕がそう言うと、慌てた悠太は手を広げて首を振る。


「イヤ、いいんだ。お前に早く読んで欲しいんだよ」


 優しい彼に、僕も自然に微笑み返す。


 安心してね、悠太。

 本なんか読まなくたって、ラストシーンはちゃーんと覚えてるよ!




 ――第一章 完――


 ここまでお読みいただきありがとうございます。

 次回から新章 二周目が始まります。

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