第6話 GAME OVER

「……だったら分かるだろ? 今夜の零時までに、お前に『好き』って言わせるために、俺は部屋に忍び込んだんだ」


 薄暗い僕の部屋で、訳の分からないことを囁く悠太ゆうた

 でも、ぜんぜん話が見えないよ!


「悠太が好きなのは長谷川はせがわさんだろ……って、ああ。長谷川さんは振られたんだっけ」


 えっと……。


「じゃぁなに? 悠太が好きな子って誰なんだよ!」


「それを俺が言うわけにいかないんだ……真純ますみ。お前の口から言ってくれないと……」


 なにそれ。

 どういうシステムなの?


「だが断る!」


「なんで?」


「なんでも」


「どうして?」


「どうしても……って、だって悠太へのこの想いってホントの気持ちじゃないんだろ? 物語の辻褄を合わせるために無理やりそう思わされて……なのに素直に『好き』なんて言えるワケないじゃないか! ずっと親友だって思ってたのに、女になったら恋愛しろだなんて、そんなの……酷い」


 また急に目頭が熱くなって、堪えきれずにパジャマの胸にぱたぱたと滴が落ちていく。


「お前。なにか勘違いしてないか?」


 こんなに悲しくて泣いてるのに、悠太のヤツは冷徹な声でそんなこと言ってる。


「勘違いってなんだよ! 知ったような顔して、僕がどれだけ辛い目に遭ってるかお前にわかるか? ラノベ主人公のくせに!」


 感情のままに吐き捨てる。

 それでも悠太が好きな気持ちは……不本意だけど、これっぽっちも減ってくれない。


「それは違うんだって。『ラヴ・パーミッション』の主人公は櫻田さくらだ 悠太じゃない。城咲しろさき 真純……お前だよ」


 ほへっ?


 今日、何度目かのへんな声が出た。

 

「ウソだぁ! だって、ちゃんと書いてあったよ。悠太が『ラヴ・パーミッション』の主人公だって……」


「それが違うんだ。ライトノベルの主人公はお前なんだよ。だって地の文に書かれてるのは一人称視点の『真純』の気持ちだろ?」


「じのぶんってなに?」


 そう聞いたら悠太が口を大きく開けて呆けてしまった。


「地の文ってのはセリフ以外の文章のこと……って、そんなことはどうでもいい!」


「よくないよ! 主人公だからって、なんだって言うんだよ。女になってもまた失恋なんてイヤに決まってるだろ!」


 僕は長谷川さんに振られたばっかりなんだぞ。

 悠太は知らないだろうけど……。

 ああ、思い出したらまた腹が立ってきた。


「なに言ってんだ? ライトノベルだとラストで悠太と真純がカップルになるじゃないか!」


 ふへっ?

 そんな……。


 そんな……。


 そんな……あれ?


「そんなシーン……あるの?」


 僕が答えると、悠太がふたたび唖然とする。


「まさか……まだ、読み終わってなかったのか!」


 うん。

 僕はこっくりと頷く。

 しかも、本なくなっちゃったし……。


「そうか。だから俺のこと、そんなに警戒してるのか……」


 悠太が静かに呟く。


「いいか、真純。ここは確かに『ラヴ・パーミッション』の世界だ。でも俺たちはちゃんと自我を持って生きてるんだ。お前の考えとか感情はお前自身のものだ。誰かに強制されたワケじゃない。それに、同性同士の友情が異性なら恋愛感情になったっておかしくないだろ?」


「そう……なの?」


「そうだ。だからお前が俺のこと、どう思ってるのか素直に聞かせて欲しい」


 薄明かりの中で見える悠太の瞳が、いつもよりずっと男らしい。

 彼の言ってることがホントなら、僕が悠太に惹かれるのは当たり前ってことなのかな。


 そして、悠太も僕のこと好きなの?

 

 だからこんな夜中に逢いにきたの?


 だから長谷川さんの告白を断ったの?


 だから誰からもチョコレートを受け取らなかったの?


 あの時……バレンタインデーの朝、チョコレートくれないかなって誰に言いたかったの?


 悠太はきっと僕のことが好き。

 もちろん、僕だって……。


「悠太。僕も悠太のこと……」


 ぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴ!


 突然、アラーム音が鳴り出した。


 小さいけれど耳障りなソレを、悠太がポケットからスマホを出して止める。

 なんだ、それ?


「くそっ! 午前零時……タイムオーバーだ」


「さっきも言ってたけど、零時過ぎるとどうなっちゃうの?」


 眉間にシワを寄せて呻く悠太に、僕はおそるおそる聞いてみた。


「俺とお前はもう付き合えないってことだ」


「わかんないよ、悠太。どういうこと?」


「そういう設定なんだよ。感情や行動は強制されないけど、設定には逆らえない。バレンタインデーから三日目の深夜零時までにお前から愛の告白を受けないと、それができなくなる」


 そんなバカな!


「まぁ、時間切れだから言えるけど……真純、俺はお前が好きだ」


 悠太が残念そうな顔で言う。


 未だ頭が状況の変化についていけないけど、僕と悠太が相思相愛だってのはわかった。

 それを確かめられたことで、ちょっとだけ幸せ。


「僕だって悠太が好き。お互い好きならなんの問題もないじゃないか! なにがダメなんだよ」


「付き合おうと思えば不可能じゃない。だけどこれから先、俺たちに起こるイベントはすべて悪い結果になるんだ」


「悪い結果って、そんなの運みたいなもんだろ? 大したことないよ」


「この世界で運とか運勢がどれだけ影響力を持ってるか、お前が一番よく知ってるだろ」


 確かに、『ラヴ・パーミッション』の世界では運勢は恐ろしいほど影響する。

 特に恋愛関係には……。

 僕の性別だって変えられちゃったくらいに……。


 悠太に恋するために女の子になったっていうのに、肝心の悠太と付き合えないだなんて……そんなことってある?

 運命だとしても酷いよね。

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