第4話 ボクは彼女の伴侶にはなれない

「『伴侶』にはなれません。なぜなら…」

 ぼくは言おうとして口ごもってしまった。言わなくてもわかりますよねと。えっ、ひょっとしてわからないんだろうか……。

「なぜなら?」

 お嬢様がまた小首をかしげる。ああ、何度見ても最高にかわいいなあ。

 咳払いをして僕は続ける。

「……なぜなら、ぼくは、お嬢様と同じく女ですからね」

 一張羅のパンツスーツの上着を押さえ、僅かだがふくらみのある胸を張ってぼくは言う。高齢な奥様は最期のさいごまでぼくを男の子だと思いこんでいたけれど、腰骨の張り出し、声の高さなど、ぼくがうら若き女子だと知るのは難しいことではない、はずなのだ。たぶん。

 髪を短く整えズボン以外に履くものを持っていないぼくが女の子と見抜ける人でも、服を着ているときのお嬢様が機械人形であるとわかりはしないだろう。

 歴代のデンキ屋が彼女の体躯や論理回路を調整し自然にふるまえるようにしている。そのうえ、お屋敷のメイドたちが丹精込めて縫った服を着て、町一番の靴屋が作ってくれるヒールを履いているのだから、横丁に住んでるガサツな人間よりずっと人間的にみえるし、男どもに負けてなるものかとドライバーやレンチを握りしめ、いつも作業着に油の染みをつけているぼくなんかより、ずっと女性的に見える。

「ケリー、あなたが女性だってことは前々から分かってますから安心してください。でも、本当は私、女でも男でもありませんことよ」

 お嬢様は言った。

「それ、ぼくも前から分かってますから安心してください」

 知ってる。お嬢様は人間じゃない。生き物ですらない。無機物のフレームの表面にうっすらと生体パーツを貼った人工物。大戦前の科学技術の精華。失われた技術ロストテクノロジーの塊。機械人形。なのに、いつもお嬢様は優雅で美しい。そして人間そのものに見える。だから、ぼくはお嬢様に向かって機械であるとか、人形であるとか言いにくい。傷つけてしまうのではないかと思ってしまってるんだろう。

「ああ、ケリー、わたくしちょっと調べてみたのです。よいニュースと悪いニュースがあります。どちらを先に聞きたいですか?」

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