Ton.02 聖火騎士改め雑務の元締めこと風紀委員と不良の雑談

 柱の後ろから現れた女性、アルフィナ。

 彼女はリュシアンと似たような黒い法衣――つまりは王都グラ・ソノルの聖火騎士の証だ――を着ている。

 アルフィナの知的な眼差しは、あからさまな棘をはらんでいた。


「不真面目な態度を恥じ、少しは法典に沿った生き方をしてみようとは思わないのかしら」

「残念ながら、法と正義を信じ、聖王に忠誠を貫き通せるほど精進していないもので。まぁ、自らの生活の場、糧である故国への愛国心はほどほど持っているつもりだけどな」


 リュシアンの表情は、先ほど歌を歌っていた少女に向けていたものとまるで違うものだった。誠実さは皮肉に変わり、微笑みは嘲笑するようにつり上がっている。まるで真冬のような冷笑。

 その冷笑にぴくとも動揺せず――恐らく慣れているのだろう――アルフィナは厳しい声で告げる。


「性根が捻じ曲がっているどころか、歪みまくったあなたに愛国心なんてものがあるとは到底思えないのだけれど?」

「さっき歌を歌っていた美少女との微笑ましく清らかな会話の一部始終を見てなかったのか? あれはどう見ても、大衆が理想に描いている聖火騎士そのものだっただろうが」


 皮肉でもなくあっけらかんとした口調で返してやれば、しぶしぶアルフィナが認めてきた。


「……見た目だけなら、ね」

「まあ、口説き落とせなかったことを非常に後悔はしているが」

「その台詞をさっきの美少女とやらに真正面から言ってやりなさい。きっと彼女も目が覚めることでしょうね」


 嘆息しながらアルフィナは頭痛でもしたように頭を抱えた。


「それでアルフィナ。〈十二騎士〉のオマエが直々になんの用だ?」

「対処してほしい案件があるのよ」

「なんだ? 面白いトラブルでもあったか?」

「色々とね」


 そう前置きしたアルフィナが、ここ十二街区で起こった出来事をあれこれ語り始める。

 酒を飲んで酔っ払った勢いで女性に絡んだ男。暗躍する謎のカルト集団。無許可で賭け拳闘を行う者。店の立て看板を盗んで競争相手の販売を妨害している商売人。強引に物を売りつける乞食のような子供。以下エトセトラ。

 それを聞いたリュシアンは仰々しくうなずいた。


「なるほど。式典前に相応しくイベントテロリストどもが、そろいもそろって浮ついてキャッキャウフフしているわけだな。大変だな、風紀委員も」

「その呼び名は止めて頂戴」


 アルフィナは疲れたようなため息を吐いている。


「とにかく、お祭り騒ぎに乗じて馬鹿なことをしている人物は発見次第、指導および補導して欲しいのよ」

「別にその程度、放っておきゃいいじゃねぇか」


 現在、王都グラ・ソノルは一か月後に独立記念式典を控え、大いに賑わっている。

 国を挙げての一大イベント。大勢の観光客を相手に商魂たくましい商売人たちが駆け巡り、町は異常な盛り上がりを見せている。

 同時にそれは、大量の阿呆たちが道端の雑草のように生え、湧き踊ることを意味するわけだが。


「ってか、いちいち規制したところで、すぐさま次のイベントテロリストが現れて町中で活躍するのが関の山じゃね?」

「放置して後で大々的な騒動に発展されるのが困るのよ。いくらすぐ隣が十三街区とはいえ、ね」

「そりゃそうだが、派遣されてる治安委員会も動いてんだろ?」

「最終的に後始末するの、誰だと思ってる?」

「治安委員会……じゃなくて、治安委員会に依頼した聖火隊おれら、か」

「そういうこと。特に賭け剣闘は、本物の剣を使っているらしいのよ。怪我人でも出たら大騒ぎだわ」

「へぇ、面白ぇじゃん。ちなみに一口いくらだ?」

「リュシアン?」


 アルフィナがじろりとリュシアンをにらみつける。

 しかし、リュシアンは怯みもせずに肩をすくめて見せるだけだ。


「別に目くじら立てることのほどでもねえだろ。それに、わざわざ賭けにしてるってことは、両方とも素人っていうわけじゃないんだろうし。というか、怪我したところで、んなの本人らの自業自得――」

「当人じゃなくて、見物人に、よ。勝手に自分たちの戦いを賭けにしている当事者たちのことなんて知るもんですか」

「だろうな」


 あっさり言い放つ。アルフィナは基本的に優しいが、道義や規律に反する者には容赦ない。


「もう、この忙しい時にどうして馬鹿ばかり増えていくのかしら」

「ところで風紀委員」

「だからさっきも言ったけど、その呼び名は止めてって言ったでしょう。だいたい私のどこが風紀委員なのよ」

「仕事内容聞いてる限りじゃそうとしか。あるいは、雑務の元締め。あ、番長ってのもいいな。どれがいい?」


 からかうような口調でリュシアン。

 アルフィナはイライラと告げてきた。


「質問したいことがあるんなら、さっさと聞きなさい」

「じゃあ風紀委員。それで結局、オマエの要件はなんだ?」


 軽口を叩いていた時と全く変わらぬ調子で鋭く言い放つ。

 不意を突かれたらしい。アルフィナの対応が一拍遅れる。


「この仕事を伝えるためだけに来たわけじゃないだろ。そんなもん、ホーラの館の適当な騎士に伝言頼めばいい話だからな」


 薄い笑みを浮かべながらも隙のない美麗な顔がアルフィナの怜悧な顔を捕える。

 アルフィナはやや間を置いてから静かに切り出してきた。


「……ええ。『例の件』について。何か手がかりは見つかった?」


 そういうことか、とリュシアンは納得した。ついでに首を横に振る。


「なんもねえな。そういうそっちは?」


 アルフィナも同じように首を横に振った。右に同じらしい。


「まったく、式典前に面倒くせえ事件だよな」

「面倒なんてものじゃないわ」


 そう言ってアルフィナは踵を返した。そのまま聖堂の入り口に向かって歩き出す。かつかつと黒い靴が大理石を叩く音が聖堂内に響いた。


「あ、それと」


 途中、アルフィナは立ち止まると振り返ってきた。釘を刺してくる。


「わかってると思うけど、式典の三日前までにちゃんとニンフェア宮殿に来るのよ。万が一、忘れたなんて言ってすっぽかしたら、どうなるかわかってるわね?」


 リュシアンは口の端をひきつらせながら毒づいた。


「げ、なんでオマエが親善試合のこと知ってんだよ」


 一か月後にニンフェア宮殿で開催される王都グラ・ソノル独立式典。そこで古都トレーネの法術士と王都グラ・ソノルの聖火騎士による親善試合が催される。要するに余興だ。あるいは見世物か。

 そして今回、リュシアンは聖火騎士の代表として試合に出る予定だ。


「雑務の元締めの情報網を甘く見ないで欲しいわね。いいこと? 試合には絶対に出てもらいますからね。仮にも聖火騎士なら王都の顔に泥を塗るような真似をしないでちょうだい」

「うわ、めんどくせえ。そもそも、なんで俺が出なきゃなんないんだよ。それこそ〈十二騎士〉のオマエとか他にも聖火騎士の中におあつらえ向きの奴なんていくらでもいるだろ」

「黙らっしゃい」


 ぴしゃりと遮って彼女はリュシアンに指を突きつけた。


「勤めを果たすのが聖火騎士の義務よ。これ以上、私に文句を言うなら官職に対する侮辱罪で二週間ランス聖堂の大理石の床磨きを毎朝させるわよ」

「地味に具体的だな」


 それだけ感想を呟いてからリュシアンはアルフィナを見送った。これ以上一言でも余計なことを口走れば、本当に掃除をさせられかねない。

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