第17話


 完成。ついに屋内風呂が完成した。

 手動式のポンプで頭からお湯をかぶることもできるようにした。

 磨いた石で作った湯船には銀のパイプを二つ繋げて。隣の部屋にある風呂釜で温めたお湯を循環させる。

 温めた石は冷めにくいから保温状態もいいだろう。

 石鹸だって改良した。スゥハの肌にやさしく、そしてローズの香りつき。

 お風呂の隅には防水式の焼き釜。これで焼いた石に水をかけたら蒸気風呂にもなる。

 窓も大きく外の景色も見える。それでいてガラスの二重窓で保温もバッチリ。密閉するための樹脂の加工で手こずって時間がかかったけど。

 ようやく、完、成。

 出来映えを確認するためにも、


「スゥハ、いっしょにお風呂に入ろう!」

「いやです!」


 あれ?


「今までは外のお風呂を使っていたじゃ無いですか?」

「外は寒いし、あれは見た目が良くないから」


 外のお風呂はただの大きな鍋みたいなもの。僕がドラゴンの姿で炎の吐息で暖める。

 スゥハが火傷しないように木の落とし蓋に石を乗せて、背もたれになるように木の板に石で重りをつけて鍋に引っ掛ける。お風呂として使えることに問題は無いんだけど。


「あれだと僕がスゥハを鍋にして食べようとしてるみたいじゃない? それで魔狼にも勘違いされたし」

「ユノン様の炎の吐息で暖められたお湯に浸かるなんて、どんな貴族も王族もできない贅沢だと思いますけど。あんなにお湯を好きなだけ使えるなんて」

「お風呂鍋までの往復も寒いんじゃ無いの? 外は雪が積もってるし。外のお風呂鍋だとスゥハが湯着を着てるから、身体もちゃんと洗えないんじゃない?」

「それは、だって、ユノン様が見てるから」

「僕がいないと炎の吐息で温度を上げたり、水を入れたりしての水温調整できないから仕方ない」

「それでは、屋内風呂の使い方を教えて下さい。あとで使ってみての感想をユノン様に伝えますので」


 むー、理屈は通っている。だけどおもしろくない。

 仕方なく完成した屋内風呂の使い方をスゥハに説明する。案内したスゥハが室内風呂を見て、はぁ、と感心したように息を吐く。


「お風呂にここまでするなんて、トイレのときもそうでしたけど、信じられない。どんな貴族の屋敷よりも豪華ですよ。この取っ手は?」

「手動のポンプ。それを動かすと湯船のお湯が上のあそこから出る。上から流れるお湯で髪とか洗えるよ」

「とても輝いてみえますけど」

「鉄だと錆びるから銀で作った」

「銀……、ドラゴンの住み処に財宝が眠るというのはこのことだったのですね」

「そうなのかな? じゃ、これ新しい石鹸。使ってみてね。僕は風呂釜を見てくる」


 風呂釜に木炭を入れて、と。

 いっしょにお風呂はダメかー。近くで使用した感想を聞きたかったんだけど。

 外のお風呂でもスゥハは湯着を着て肌を見せないようにしてた。肘から先と膝から下は出してたけれど。

 顔の刀傷の他に、左手にも刃物でつけられたような傷があった。

 スゥハの過去になにがあったんだろう?

 もともと村の人間ではないようだし。僕がそれを聞いてなにかするわけでもないけれど。

 僕もずいぶんとスゥハのことが気になるようになったなぁ。

 なにかちょっと忘れているような気がする。


 スゥハがお風呂から出るまでお茶でも飲もうかと椅子に座る。テーブルの上に陶器の小瓶がある。

 あ、髪用洗剤。石鹸だとスゥハの髪がバサバサになったから作ってみた、髪を洗うための洗剤。これだ。

 小瓶を持ってお風呂に、早く渡さないと。


「スゥハー。これ忘れてた。これで髪を洗ってみてよ」

「ひぅ」

「あれ?」


 湯船に浸かるスゥハはしっかりと湯着を着込んでいた。両手で胸のところを隠すようにおさえて。


「スゥハはお湯に浸かるとき、いつもそれを着るんだ」

「いえ、なんとなくユノン様が入ってくるような気がして」


 スゥハに僕の行動が読まれている?


「そんなにいっしょに入りたいんですか?」

「まぁ、待って。スゥハは僕の裸をみるのが恥ずかしい。だけど僕は今は服を着てる。だからスゥハは恥ずかしくは無い。どう? この三段論法は?」

「間違ってます。それに私は自分の裸を見られるのも恥ずかしいんです」


 そうか、間違ってるのか。

 三段論法は組み合わせが全部で二百五十六通り。そのうち正しい組み合わせが二十四通りで間違った組み合わせが二百三十二通り。

 正しい組み合わせが少なくて間違えやすい。それが瞬時に解るんだから、スゥハは賢いな。


「えーと、この小瓶の中に髪を洗う洗剤が入ってるから、これ使ってみてね」


 お風呂から出ようとすると、


「あの、ユノン様」

「なに?」


 スゥハは顔を背けて耳まで赤くして、


「そんなに、いっしょに入りたい、ですか?」

「うん、でも僕が裸になって入るのは、スゥハが恥ずかしいからダメなんだよね」

「う、あの、ガマンします……」

「ガマンしなくていいよ。それじゃ、スゥハの髪を洗わせて」

「それで、いいんですか?」

「それなら僕もこのまま服を着たままで、スゥハからこのお風呂の感想も聞ける」

「それなら、お願いします」


 湯船のふちにタオルを敷いて、


「じゃあスゥハ、こっちに背中を向けて」

「湯船に入ったままですけど?」

「そのままお湯に浸かったまま髪を洗えばいいじゃない。上を向いてふちに頭をのっけて」

「は、はい」


 スゥハは湯船のふちに頭をのせて天井を見上げる。僕は膝をついて上から見下ろす。お互いに上下が逆になった状態で、顔を会わせる。

 そのまま小さな桶で湯船のお湯を汲んで、顔にかからないように気をつけてスゥハの赤い髪を流す。

 手に髪用洗剤の液体を落として、スゥハの赤い髪を優しく揉むように洗う。


「これなら石鹸と違って、洗ったあとバサバサにならないよ。髪の油分が落ちすぎたのが原因だから」

「そうなんですか?」

「スゥハの髪は綺麗だから、痛まないようにできないかなって」

「綺麗では無いです。血のような不吉な色です」

「血の色が不吉、か。命の色、生命力の色でもあるのだけど。僕は好きな色だ」

「命の色、ですか」

「そう、ドラゴンから見ると美味しそうな色でもある」

「私は、美味しそうですか?」

「髪の色はね、ちょっと頭を上げて」


 後頭部を洗いたい。なにかスゥハの頭を支えるもの、これでいいか。

 尻尾を伸ばしてスゥハの首の後ろに、尻尾まくらだ。

 ふんふーんとスゥハの頭を耳の後ろまで丁寧に洗う。お湯を汲んで綺麗に流して。


「お風呂はどう?」

「とても快適です。でも私がお風呂を使うときはユノン様が風呂釜を見ないといけないのですか?」

「炭を入れておけばいいんだけど、加熱し過ぎに注意かな。熱すぎたら水を入れてね」


 もう一杯お湯を汲んでスゥハの髪を流そうと手を伸ばす。スゥハを上から見下ろす形になってるので、上を見上げるスゥハの首筋とか鎖骨が見える。

 ほんのり上気してる柔らかそうな肌。

 湯着の会わせ目からスゥハの胸の谷間が見えそうになってる。


「どこを見てるんですか?」


 スゥハが胸をおさえて僕を見る。視線がちょっと怖い。僕は正直に言う。


「スゥハの裸が見たいなぁって」

「肉付きを確認したいんですか? なんで見たいんですか?」

「なんで見たいかって、スゥハが隠そう隠そうとするから見たくなるんじゃないかな?」

「ユノン様が見よう見ようとするから隠すんじゃないですか!」


 なんと、そういうことだったのか?

 温度計で水温を計ろうとするとき、温度計を水に入れる。だがこの時、温度計そのものの温度で水温が変化してしまう。

 観察者の行動が観察対象に影響して、本来の自然な状態を観察できなくなってしまう現象。

 それゆえ、観察や計測は慎重にしなければならない。

 今回も同じことで、僕の行動がスゥハの反応に影響していたのか。

 スゥハが隠すからこそ、僕も興味が出てきたわけで、僕もスゥハに影響されている。

 見ないで、と隠されるからこそ見たくなる。うーむ。


「スゥハといると新しい発見がいろいろとある。勉強になるなぁ」

「私はユノン様のおかげで、私も知らなかった自分の一面を知りました。たまに落ち込みます」


「まぁ、スゥハの裸を見たいというのはもうひとつ理由がある。スゥハの下着を作ってみようかな、と」

「私は自分の下着は自分で作ってます」

「普通の下着はね。でもこの前、夜中にこそこそと隠れて下着を洗っていたじゃないか。あのとき血の臭いがしたから心配だったんだけど、スゥハが隠そうとしてるみたいだから気がつかないふりを」


 バッシャン!


 スゥハが立ち上がって手桶で汲んだお湯を僕の顔にぶっかけた。

 はぁはぁと肩で息をしている。

 顔は赤くなって涙目に。

 とても生き生きとしている。肩から湯気が上がっている。

 そんなスゥハを見てると胸の奥からまたなにかがモワンと溢れてふくらんで。

 これは、いい。


「恥ずかしがることは無いよスゥハ。胎生の生物の雌なら普通にある生理現象な」


 バッシャン!


「人間はなんて呼んでたかな、たしか月」


 バッシャン!


「布に着いた血は簡単には落ちないからね。だからスゥハに生理用の」

 バッシャン!

「交換用の当て布とか」

 バッシャン!

「綿で作っ」

 バッシャン!バッシャン!バッシャン!


 どうやら僕はもう喋ってはいけないらしい。盛大にお湯をぶっかけられて髪も服も全身ずぶ濡れになってしまった。

 湯船のお湯も少なくなってしまった。


「ユノン様は私の下着なんて作らなくていいですから!」


 スゥハは肩を怒らせてお風呂を出て行ってしまう。

 うーん。また、やってしまった。

 こういうのがスゥハの言ういじわるなんだろうなぁ。

 でも人間の言うところの月のものに関しては、心配してるんだけど。血が出るというのは痛かったりとか体調不良とかあるんだろうか?

 胎生生物の場合は発情期と関係するけど、人間の場合はどうなんだろう?

 ドラゴンの雌には月のものなんて無いし、僕は雄だからなおさら解らない。それにドラゴンは胎生じゃ無くて卵生だし。

 ん? 無精卵が胎生生物の人間の月のものにあたるのか?

 人間の雌特有の生理現象の知識は無いから、解らないんだよなぁ。調べる方法も無いし、あの様子じゃスゥハに聞いても教えてくれなさそうだし。

 と、なると現在こっそり開発中のスゥハ用の生理用品は、本人には見せられないのか。相談できないと僕もどんなのを作っていいか解らない。

 これは困った。難問題だ。

 その前にスゥハの機嫌はどうしよう。

 またご飯を作ろうかな?

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