第13話


 魔狼の一族に囲まれたスゥハ。モテモテだ。スゥハもフカフカの魔狼の毛皮に触って喜んでいる。

 なんだかおもしろくない。

 ん? なんで? どうして僕はムッとした?


「えーと、スゥハ。村に行くんじゃ無かったの?」

「あ、そうでした。その前に」


 スゥハは魔狼の長、フイルの前に立つ。


「フイル様にお尋ねしたいことがあります。魔狼さんは人を襲いますか? 私が村にいた頃には村人が襲われたという話は聞いたことがありません。魔狼さんは人を食べますか?」

「ふむ、肉を食うなら熊を食う。人間より旨いからな。だがそれで我らが人を襲わぬとは思うな。我らが領土に踏み込み荒らすならば容赦はしない」

「では魔狼さんの領土の外の森では、狩りや採集をしても良いのでしょうか。鳥や狐を狩っても魔狼さんは許してくれますか?」

「我らが領土の外で人がなにをしようと人の勝手だ。好きにすればいい」

「わかりました。村の者に伝えます。けっして魔狼さんの領土に踏み込むことの無いように」

「だが人にはどこからが我らの領土か分かりにくいか。熊のように木に爪で印をつけるとしよう。それを目印にするといい」

「お気遣いありがとうございます」


 スゥハは深々と頭を下げる。

 村人が魔狼が怖くて森に入れなかったって話だし、スゥハには大事なことみたいだ。

 森にどこまで入ってもいいのか、これは村人にとって死活問題だろうし。

 スゥハは三体の魔狼にドングリクッキーを捧げる。


「おお、甘い」

「そしてかぐわしい」

「まさしく愉悦」


 目を細めて美味しそうにお菓子を食べる魔狼。選ばれなかった他の魔狼は羨ましそうにクッキーを食べる魔狼を見つめる。

 スゥハにはクッキーの作り方を教えてもらおうかな?

 一体は背中にスゥハを乗せて、残りの二体は荷物をくわえて。


「それではユノン様、行ってきます。魔狼さん、よろしくお願いします」


 魔狼は心得たとか任せろとか返事をする。

 僕もスゥハに、


「行ってらっしゃい、気をつけてね」


 と手を振って送り出す。スゥハと三体の魔狼が人の村へと出発した。

 スゥハの姿が森に入って見えなくなってからフイルが聞いてくる。


「ユノンよ、また後をつけて行くのか?」

「うーん。気にはなるけど、僕がついて行って村人に見つかったら騒ぎになりそうだし。魔狼が護衛してくれるから心配も無いか」

「そうか。では一族の者はスゥハの護衛に行け」


 魔狼の一族はひとつ小さく吠えて走っていった。


「スゥハの荷物はなんだ? 人の村になにを運んでいる?」

「気になる? あれは鍋とか包丁とか人の使う道具だよ」


 スゥハのお願い、それは倉庫に放り込んだ失敗作を村にあげたいというもの。

 サイズがスゥハに合わなくて作り直した。そんな調理道具とかいろいろ。


『金属の調理器具や金属の農具などは街まで行かなければ手に入りません。そして高価です。使うことなく倉庫にしまったままのものを村に送りたいのですが』

『別にいいけど、これからはどうする? ドラゴンに贄を出せば便利な道具をくれるって村人が言い出したらどうする? 村人がドラゴンに頼らないと生きていけないようにするつもり?』


 僕が言うとスゥハは眉間に眉を寄せて手を組む。その手に額を乗せて考えてる。


『確かに人は縋れるものがあればそれに縋ってしまう弱い生き物です。不作でこの冬を越えるのが難しいとしても、それは先を見越して対策できなかった人の責です』

『僕の住み処まで人間が来て、あれが欲しいとかこれが欲しいとか言うのを相手にするのは、僕は嫌だよ』

『私がそうならないようにします。私が人とドラゴンを隔てる垣根となります。ユノン様に煩わしい思いはさせません。村の者にはけっしてユノン様の洞窟に来ないように言って聞かせます。ですから、今回だけユノン様の作ったものを村に送る許しを下さい』


 スゥハは真剣な目で僕を見る。右の黒い瞳、左の灰色に濁った瞳。ちゃんと食べてるからか、痩せすぎてた顔は少し頬がふっくらしてきた。肌も艶が出てきたみたい。


『村の者が私の話を聞かずにユノン様を怒らせるようなことになれば、それは村の自業自得。そのときはユノン様の思うようにして下さい。ですが、私がそうならないようになんとかします』

『ここが騒がしくなったら他の山に引っ越すだけだけどね。あの倉庫の中のものはスゥハに作ったものだから、スゥハが好きにしていいよ』


「と、いうことがあって使ってない道具を村まで運ぶことになった。ついでに作り過ぎた干し肉と野菜の漬け物も少し持って行くって」

「なるほどな」

「フイルもスゥハに名前を教えて名前を呼ばせるなんて、スゥハのことが気に入ったみたいじゃない?」

「興味深い娘だ。ドラゴンの身近にいたせいで恐怖心が麻痺したのかもしれんが、我の前に立ち堂々と話をする人間も初めてだ。我が一族の者を庇おうとしたことも好ましい」

「その上、お菓子も作ってくれる」

「その通り、しかしドラゴンと人の垣根とならんとする娘、か」

「さっきは僕のことをこの森で一番強いとか言ってたけどさ、君もかなりのものだろ。一対一でやり合ったら十回に一回は僕が負けそうだ。一族全員で来られたら僕も勝てるかどうか」

「それで運良くユノンに勝てたとしても、そのときに魔狼で無事に生き残るのがどれだけいるか。長として一族を危機に晒すことはできん。まぁ、長の立場でなければ一度はユノンに挑んでみたいところではある。だがそれでスゥハを怒らせると菓子が食えなくなる」

「フイルもなかなかおもしろいね。出会えて良かった」

「我もドラゴンの友人ができるとは思わなかった」

「また熊を狩ったら残った毛皮を譲ってね。スゥハを囮にして上手くやってるみたいだし」

「探す手間が無くていい。ユノンはスゥハの菓子作りのための道具を充実させて欲しい」

「じゃ、今から作るとするか。あ、あとでスゥハを乗せてる魔狼からちょっと話を聞かせてもらうよ」


 人間の女の子をペットのように飼って、魔狼の友人ができて。

 なんだか賑やかになってきたなぁ。

 これまで独り静かに暮らしてたから、ちょっと戸惑うときもある。

 今日は帰って道具作りをすることにしよう。

 創物魔法『鉄』

 金属の道具、ねぇ。加工にも修理にも設備が必要か。


 後日、スゥハを送った魔狼に会って話を聞いた。

 スゥハを背中に乗せたまま村の中に入ったという。


「それは村の人間は驚いただろうね」

それがしは村の近くでスゥハを下ろすつもりでしたが、スゥハがそのまま村に入って欲しいと。なるべく脅かさぬようゆっくりと村に入りました。村の人間は怯えましたがそれがしの背のスゥハを見て遠巻きに集まりまして、出てきた長らしい男にスゥハが話をしました」

「その話の内容が聞きたい」

「スゥハの話は『これらの品は私がドラゴン様に仕えたことで、褒美としてドラゴン様より頂いたもの。そしてドラゴン様の言葉を伝えます。森の奥、ドラゴンの住み処にけっして近づいてはならない。また、ドラゴンの友である魔狼の領土に足を踏み入れてはならない。魔狼の領土以外の森は好きにして良いが、森を荒らすようなことがあればドラゴンの怒りに触れると知れ』、と」

「すっかり僕がこの森の主みたいだね。続けて」

「『ドラゴン様を怒らせればこの小さな村など一息で消えてしまうでしょう。なので森の奥には入らないで下さい。それさえ守れば森で鳥や兎や狐を狩ることも、森で木の実やキノコをとることも許して頂きました。また、魔狼の領土へと踏み込まなければ、魔狼を怒らせなければ、魔狼は人を襲わぬと魔狼の一族の長は約束してくださいました。私はこれからもドラゴン様にお仕えします。今年は厳しい冬になることでしょう。しかし皆さん、諦めずに春を待ちましょう。この村に幸あるように祈っています』スゥハはこう言ってそれがしの背中に乗り、我らは村を後にしました」

「村の人間はどうだったの? スゥハは村から追い出されたみたいなんだけど」

「村の者はスゥハを慕っているようでした。スゥハが生きていることを知り、無事を喜び泣く者もいましたぞ」


 それは予想外、役に立たない娘ひとり生け贄に差し出して、食い扶持を減らしただけじゃ無かったのか。


「村の外まで見送りに追いかける者もおりました」

「そうか、ありがとういろいろ聞かせてくれて。お礼は砂糖菓子でいいかな?」

「おぉ、これはこれは」


 スゥハが村のことを気にするのは村のことが好きだから、かなぁ。

 あんまりドラゴンが人間に干渉するのは良くないんだろうけど。

 というか、黄金を奪うとかドラゴン討伐隊を返り討ちにする以外、人の相手をすることはあまり無い。どうしたものやら。


 スゥハに新しく作った道具を使ってもらう。僕はドラゴンの姿でスゥハを見守る。


「どんな感じ?」

「このクワは頑丈ですね。土の中の石が割れたのにクワの方は欠けてもいません。でもちょっと重いです。ノコギリは私でも木が簡単に切れますが、少し大きいです」

「うーん。まだスゥハのサイズと筋力を把握しきれて無いのかな。じゃ、作り直そう。それは倉庫に放り込んでおいて」

「あの、ユノン様」

「倉庫のものはスゥハの好きにしていいからね。あと、村の人には言っといて。見本がある内に真似して同じものを作れるようになっといてって」


 スゥハは僕を見上げる。なんだか今にも膝をついて僕に祈りそうな顔で。


「必ず伝えます。ありがとうございますユノン様」

「いちいちお礼は言わなくていいよ。ところでスゥハは何が欲しい?」

「食事も道具も全てユノン様にいただいています。欲しいものなど」

「だったら僕の服ばっかり作ってないでさ、スゥハが着る服を作ってよ。僕は服はそんなに数は要らないよ」

「いえ、まだユノン様に相応しい服を作れていませんので。糸も様々な種類を用意してもらいましたし、ユノン様の服を作るのは楽しいです」

「スゥハが使う布団とかクッションとか作って欲しいんだけどね。それとスゥハが穿くズボンとか作って欲しい」

「私のズボンですか?」

「スゥハの足の足枷を外したいんだ。それつけてたら僕の作った毛皮のブーツが履けないじゃないか」


 スゥハの足にはまだ足枷がついている。鍵穴に折れた鍵が嵌まって開けられない。鎖がついたままでスゥハが歩くとチャリチャリと鳴る。

 スゥハはクワを持ったまま首を傾げて、


「それでなんで私のズボンが必要なのですか?」

「またスカートが捲れてパンツが見えてもいいなら、僕はかまわないけど?」

「今すぐにズボンを作ります!」


 スゥハはクワを放り投げて走って行ってしまった。

 元気なスゥハ。赤くなって走り去るスゥハは生き生きとしている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る