――二月十四日――

 放課後、昇降口で靴を履こうとしている時、深紅とばったり会った。

 深紅は紫杏を見るなり口を開いた。

『あ、やっぱり渡せなかったんだ』

『え……』

『それ、チョコでしょ』

『あ……』

 咄嗟のことで、止める間もなく、深紅に足下の紙バッグを取り上げられてしまった。

『ちょ……』

『あれ? ねえ、これ、紫杏の?』

『え?』

『今朝見たの、こんなんじゃなかったような……』

 言われてみると、赤の色合いが微妙に違う。

 深紅はバッグに手を突っ込んでカードを引っ張り出した。

『ほら、やっぱり別の人のだよ』

 深紅がこちらに向けたカードに書かれていたのは――。

 ――林崎寛人様……坂巻静香より……?

 紫杏は記憶を辿った。

 クラスメートの坂巻さかまき静香しずか。そうだ。昼休みに、廊下で会った。彼女が不用意に飛び込んで来たから、衝突してしまったのだ。それでお互いの荷物が散らばって。

『あ、あの時、入れ替わっちゃったのかもしれない』

 そういえば彼女も、似たような紙バッグを持っていたっけ。

『坂巻さんて、林崎くんが好きなんだ』

 深紅がカードを見ながら言った。

『義理チョコはしそうにないしね、彼女、お高く止まってるから。……でも、わいろって可能性はあるか』

『わいろ?』

『林崎くんに色々してもらおうとか思って』

『ああ……』

 紫杏は林崎がこの間のテストで一番だったことを思い出し、頷いた。

『見てよ。このチョコ、いかにも怪しい感じじゃない? 妙なおまじない仕込んでありそう』

 深紅は冗談めかしていたが、半分本気みたいだった。

『私もいさむに惚れ薬入りのチョコでも作ろうかなー』

『惚れ薬って……そんなの深紅には必要ないでしょ。二年も付き合ってるくせに』

『恋する乙女ってのは、両思いでも常に不安なもんなのよ』

 嘘ばっかり、と言って笑った紫杏だったが……。

『……ちょっと待って。坂巻さんが渡そうとしているのは私のチョコで、私の……』

『あー、何も言って来ないってことは、坂巻さん、気付かないまま渡しちゃったのかもね』

 紫杏は青くなった。

『あのあと、二人が一緒にいるの、見た気がする……チョコレート渡してたんだ、きっとそうだ……』

『返してもらいなよ。林崎くんだって、中見ればおかしいってわかるでしょ』

『……。深紅、今何時?』

『四時……十分前』

『林崎くん、まだ部活で残ってるかも。行って話して来る!』

 紫杏は履き掛けていた靴を脱ぎ捨て、校舎の中に戻った。

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