第23話 お姫様抱っこ


柚木天音という少女はとてもマイペースだ。

家を出るなり柚木はいきなり腕を絡ませてきた。

柚木の胸が腕に当たり驚いた俺だが、歩みを進めるうちにだんだんと慣れてくる。周りのご近所さんたちは初々しい目で見てくるので少し恥ずかしかった。

そんな周りを気にしていた時、柚木の歩みが止まった。


「ゆうさん〜。足速いよ。私ついて行けない〜」


柚木はその場に座り込む。

俺も腕を絡ませられているので引っ張られる。


「悪い。少し速かったか?」


「とても速い〜もう少しゆっくりでお願いね〜。ゆうさん〜」


俺は手を差し出して、柚木は俺の手を取ると起き上がる。


「ゆうさんありがと〜」


柚木は笑顔でそう言うとゆっくりと歩き出す。

目を擦りながら、眠たそうに柚木は歩く。

俺と柚木は手を繋がっている状況で柚木が指を絡ませて恋人繋ぎになってしまう。

それにしても柚木は歩く速度が遅く、このままだと学校を遅刻してしまうかもしれない。


「いつも学校間に合っているのか?」


「間に合うよ〜。だって学校のすぐ近くだから〜」


確かにそれならこのスピードでも余裕で間に合うか。


「それは良いな。でもこの場所からでこのスピードだったら学校遅刻してしまうぞ」


「今何時なの〜?」


俺はスマホを取り出し確認する。


「えーと。8時30分だな」


俺の家から学校は電車を使い約30分かかる。

8時に家を出た俺たちはもうすでに30分歩いて家近くの駅へと行こうとしている。

学校は駅の前にあるので電車へと乗れれば良いのだが、このスピードだともう少しかかりそうだ。


「少しやばいんじゃない?〜」


少しもやばくなさそうな雰囲気で柚木は言う。


「そうだ。やばい」


「別に私は遅刻していいよ〜」


「珠ちゃん先生怖いんだから遅刻はまずいだろ」


そう言いつつも珠ちゃん先生に睨まれたら怖くはあるが、その気が強く美人な先生に怒られるのは不快感は全くない。むしろ罵って欲しい。

それに一部の生徒たちは珠ちゃん先生に怒られたいがために遅刻するらしい。


「だったらゆうさんが抱っこして〜」


「え?」


「だからゆうさんが抱っこしてくれたら私たち遅刻しないよ〜?」


「だけど人の目気にするだろ」


「私は別にどうでもいいよ〜。ゆうさん以外気にしてないし〜」


「...ま、まぁえ、駅までなら」


駅までならそれほど学校の生徒は居ないのでそれで勘弁してもらいたい。


「やったっ〜。ゆうさんに抱っこされるの嬉しい〜」


「仕方ないな」


俺は柚木を抱っこするために一度手を解き、柚木の首に手を掛け、足を持ち、勢いよく全身を持ち上げる。


「きゃっ、ゆうさん」


柚木の可愛らしい声と共に目の前に柚木の顔がくる。


「お姫様さま抱っこ〜?」


「こっちの方が速いし楽だろ」


「そうだね〜。その代わり、スカートの中が見えないように押さえてね〜」


「バ、バカ言うな。両手が塞がっていて無理だぞ。それくらい自分で押さえとけ、人に見せられる物でもないしな」


「それ酷くない〜?私だって人にちゃんと見せられる下着をつけてきたのに〜。ゆうさんのいじわる」


「見せられる下着って何だよ!?」


「あっ〜。ゆうさんもしかして私の下着を知らない人に見せたくないからそう言ったのかな〜?独り占めしたかった〜?」


舌を出し、嘲笑うかのように柚木はそう言う。


「な、何をバカなこと言ってんだよ。ち、違うって。それよりもちゃんと掴まれよ」


俺がそう言うと柚木の右手が首の後ろに回されてきた。


「な、なっ」


「どうしたの〜?何か変かな〜?」


「柚木が俺の首に手を回すと人様に見せつけているみたいじゃないか」


「確かに〜!そうだね〜。私はこの方が安定するし、このままで良いよ〜」


「わ、わかったよ。柚木がそう言うなら良いよ」


否定しても辞めてくれなさそうだし、逆らわないでおく。


「後私のこと柚木って言うのやめて〜。付き合っていた時と同じで天音ちゃんって呼んでよ〜」


「天音ちゃん!?」


「そう〜。これからそう呼んでね〜」


「えっ」


「呼んでね〜」


俺が言い澱んでいると柚木が笑顔だけれども目が笑っていない表情をこちらに向けてきたので素直に従うしかない。怖い...。


「はい...」


「よろしい〜」


そして、俺たちは駅へと辿り着いた。

周りには大勢の人が行き交い、俺たちの異様な光景に視線が離せないようだ。

周りからは今までほとんど見たことがないであろうお姫様抱っこをした高校生がいるのだから気になるのも自然だ。それに柚木は美少女だ。その美少女が顔を赤らめてスカートを押さえている光景は誰もが立ち止まることも無理はない。


「行くぞ」


「頑張ってゆうさん〜」


俺たちは周りの視線を顧みず電車へと乗った。



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