第一の客
客の訪れ
第一の客
所々で子供達の遊ぶ声が聞こえる平和な長屋の一角。
一番端の家では、出入口の前に二十過ぎの男が正座をしている。
線の細い顔立ちに華奢な体。背中まで伸びた髪は一つに編み込まれている。
一見女受けしそうな見た目でありながら、両目は薄汚れた包帯が巻かれ痛々しさが目立つ。
そんな男の前には、腕を組み仁王立ちする同じ顔をした少年と少女の童子。
「なにか言い残すことはあるか」
「陸奥怒ってる。鋼牙諦めて」
少女に陸奥と呼ばれた少年は、大きな釣り気味の瞳を、正座している鋼牙と呼ばれた男に向ける。
「ん――。ごめんな二人とも」
鋼牙は怒られている事など気にもしてないというように、顔を上げるとヘラリと笑う。
その笑顔を見ていた周囲の奥様方からは、許してあげて! と声がかかるが、陸奥の表情は変わらない。
「今日は許しはせぬ。散々言ったであろう一人で仕事をするなと! 結局金を払われずタダ働きではないか!」
「客の顔が分からなくてねぇ」
「鋼牙見えないから」
どうやら鋼牙が勝手に仕事を受け、結果金を払わずに逃げられたらしい。
鋼牙は盲目の身でありながら、絵師としての仕事を行っている。
【どんな絵でも描いてみせる盲目絵師】
それが鋼牙の異名。
依頼を受ければ人に動物、この世に存在しないモノまで、どんな絵でも描くことが可能であり、完成した絵は人を魅了し畏怖させる不思議なもの。
それ故に訪れる客は後を引かぬが、同時に金を払わずに逃げるものも後を引かず、ボロい長屋から出られずにいる。
「このままでは明日の飯も困るぞ」
「そうだねぇ。でも、きっとなんとかなるさ」
脅すように低い声を出す陸奥に対し、鋼牙は口元に緩く弧を描いたまま焦りはない。そのまま何かを迎えるように、明後日の方向に顔を向ける。
釣られ陸奥と少女が首を向けると、あからさまに高級品と分かる着物を着た、ガタイのいい男が三人の前で立ち止まる。
「どんな絵でも描くという盲目絵師は貴様だな」
「何の用だ」
鋼牙よりも先に、陸奥が男に対峙する。
「ふん。みすぼらしい奴だな。金ならいくらでも用意してやる。俺の為に絵をかけ」
「··········。気に食わぬな」
腕を組み命令口調の男に、元々機嫌の良くなかった陸奥の額に青筋が浮かぶ。
周囲の話し声によると、現れた男は町一番の反物屋の一人息子。
喧嘩っ早く、望んだものは力と金で手に入れようとするクズ。逆らう奴を何度か殴り殺したこともあるという。
「よい噂がないようだ。お引き取り願おうか」
「餓鬼に用はねぇ。俺はそいつに絵を描かせに来たんだ」
「鋼牙が仕事を受けるか受けないかは我が決める。貴様は駄目だ」
悪臭が漂っている。
「なっ··········」
陸奥の二倍は身長があり、筋肉質でガタイのいい男に対し、陸奥は一切怯んだ様子なく悪態をつく。
周囲は少女と鋼牙を除き、一触即発の雰囲気に水を打ったように静まり返り、不安な目で陸奥を見る。
「てめぇ··········。餓鬼だから殴らねぇと思ってんのか」
「貴様こそ口を慎め」
陸奥の挑発に、男は顔を真っ赤に染めると、握り拳を作り殴りかかろうとした瞬間、パンッ!と手をならす音が二人の間に響く。
「喧嘩はいけませんよお二人さん。丁度お金に困っていたし、貴方の依頼を受けましょう」
「おい鋼牙··········」
「はっ。絵師の方は話が分かるようだな」
「中へどうぞ」
家の中へ手招きする少女に、男は当然だと言うように中に入っていく。
それに納得がいかないのは陸奥の方。
何故だと言うように、鋼牙を睨み上げる。
その視線に気付いたのか、察したのか鋼牙は、陸奥の方に顔を向けると柔らかく微笑む。
「彼はこれから面白い波を与えてくれそうだからね」
「貴様が言うなら··········。まぁ良いだろう」
表情は未だあの男を家に入れるのに納得していないと書かれていたが、それ以上何かを言うことも無く、鋼牙の手を取ると、家の中に入っていった。
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