第10話 叶わぬ約束

谷川徳治たにがわのりはるは、本当に神崎奈々かんざきななに恋愛感情が無いのだろうか? 気になる。


 でも、もし谷川が奈々に恋愛感情があるとしたら、僕に紹介はしてこないだろう。


人のいい奴だから紹介してくれたに違いない。


それに、谷川には彼女がいるし、奈々に気があるとは考えにくい。


 今は自宅に帰って来ていて、車中でLINEの着信音が聴こえていた。なので、スマホを開いた。


 谷川からか? それとも奈々からか?


 LINEを開くと、奈々からだった。本文は、

<今日はありがとう! もし、良かったら明日も遊ぼう?>

 

 積極的な子だと思った。厳密に言えば日付けが変わったから明日

じゃなく今日だ。僕は、

<いいよ。どこか行きたいところある?>


<あたし、温泉に行きたいの>


<おお、いいね! 実は僕が住んでるアパートのボイラーの調子が悪くて、直るまで銭湯に行って欲しいと大家さんに言われててさ。丁度良かった>


 今は、夜中の一時過ぎ。


奈々も起きていたんだ。


<それなら良かった。何時頃なら空いてる?>


<僕は午後からなら空いてるよ。午前中は寝てる。奈々は?>


<あたしも午後からならいいよ。大学は休みだけど午前中、課題を終わらしちゃいたいの>


 課題。えらいなぁ。将来はどんな仕事に就きたいのだろう。今日、会ったら訊いてみよう。


<何時からにする?>

 奈々が訊くので僕は、

<明日になってから決めるってのはどう?>


<うん。それでもいいよ>


 それで一旦LINEは終わった。


 三十分くらいLINEのやり取りをしていただろうか、時刻は午前二時前になろうとしている。そろそろ寝ようかな。


 そう思い布団に潜り込んだ。


午後から奈々と会うのが楽しみだ。


何を着て行こう。


 気になったので、もう一度起きて明日着る服を準備した。十月なので肌寒い、だから長袖のロングTシャツに、茶色のカーゴパンツを用意した。Tシャツの上に、チェック柄のシャツを着ることにした。シャワーは明日、出掛ける前に浴びる。


朝方、衝撃音が辺りに響き渡った。


何事かと思い、外から音が聞こえたので、窓を開けて見た。


 向かいの電信柱に車高の低い車が正面衝突していた。運転手はよそ見をしていたのだろうか?


一向に運転手が外に出て来ない。大丈夫だろうか。


気になったので、僕はジャージに着替え見に行った。


 運転席の方に行き窓から覗いて見た。驚いた、運転手は女性でハンドルに突っ伏し、頭から血を流していた。


その内、野次馬が集まって来た。


 その中の若い女性に、

「救急車を呼んでもらえますか!」

と頼んだ。


 僕は運転手にドアを開けて声を掛けた。

「大丈夫ですか!」

言いながら口許に手を当ててみた。呼吸はしているようだ。それから引火する恐れがあるのでエンジンを止めた。


少しして救急車が来た。


救急隊に適切な処置をしてもらい、女性を救急車に乗せた。サイレンを鳴らしながら去って行った。


 周りを見渡すと救急車を呼んでくれた若い女性に、

「先程はありがとうございました」

 と伝えた。

「いえ、言われなければ出来ませんでした」

 言うと緊張がほぐれた顔つきになった。

「助かるといいけど」

「そうですね」

 言ってから僕は自宅に戻った。


 僕は、先程の事ですっかり目が覚めてしまった。


午前中は寝ていようと思ったのに。


 でも、仕方ない。人の命には代えられない。例えそれが相手のミスであったとしても。


 さて、どうしよう。


この前、買った本を読もうかな。


ミステリー小説。


凄く有名で、人気のある作者の作品。


 僕はその作者の作品が出る度、買っている。それくらい好きな男性作家の作品だ。


確か直木賞作家なはず。


読み進めていく内に少し眠くなってきた。


寝るか、今は朝八時過ぎ。


寝るのが遅かったから尚更眠くなったのだろう。


 その前に、奈々にLINEをしておこう。

<おはよう! 起きてるかな? 今日何時頃会う?>

それから布団に入った。


目覚めたのは午前十一時三十分頃。


最初に思ったのは奈々からのLINE。来てるかな?


見てみるとまだ来ていなかった。


あれ? 勉強中かな?


 まあ、いい。もう少し待とう。あまり頻繁に送るとしつこいと思われるから。


とりあえず僕は起きることにした。


 寝ていたからか、あまりお腹が空いていない。でも、何も食べないとお腹が空くので角食を一枚食べた。


奈々に会う支度を始めよう。


まずはシャワーを浴びた。


それから用意してあった服に着替えた。


 その時だ、LINEの着信音が鳴り響いた。

<おはよう。LINEありがとう。今日の約束だったんだけど、お母さんが倒れちゃって救急車で運ばれたの。だからまた今度にしてね? ほんとごめんね>

 僕はすぐさま返事を送った。

<そういう事情なら仕方ないよ。お母さん、心配だね。早く良くなるといいけど>

<ありがとう。じゃあ、またね>

彼女の声に覇気はなかった。


 僕の方は準備していたからとても残念。でも、奈々のお母さんがそういう状態じゃ無理は言えない。今回は諦める。



 数時間後――。

 

 奈々から電話がかかってきた。LINE通話。

「もしもし、奈々?」

 泣いているのがすぐに分かった。洟をしゃくり上げ、号泣している。僕は泣き止むのを待った。


 そして……。

『あのね……。お母さんが……お母さんがさっき亡くなったの……』

「えっ! なんで!?」

「心筋梗塞だって……」

まじかぁ……それはきつい……。


そして再び奈々は泣き出した。


何もしてやれない僕は自分の無力さを感じた。

僕はこう言った。

「仕方ないよ」と。


 奈々は、

「そんな言葉じゃ解決しない」


そう言われて僕はかける言葉を見失った。


 暫くの間、沈黙が続いた。そして、

「ごめんね……。敏則君に当たったら駄目だよね」

「いや、駄目じゃないよ。僕は奈々の味方だよ」

「……ありがとう。これからお父さんと葬儀場に行くから切るね。落ち着いたらまた、

LINEするね」

そう言って電話を切った。


 二十歳で母を亡くすなんて気の毒な話。可哀想。でも、仕方ない、これに尽きる。奈々はこんな言葉じゃ解決しないと言っていたけれど。


 時間をかけてよく考えてみたら、僕は人の事だから簡単に「仕方ない」と言えるのかもしれないと思った。もし、それが自分の事だったら奈々と同じことを思っていたかもしれない。


 奈々は、当たってごめんね、と謝っていたけれど謝らなければならないのは僕の方かもしれない。


 こういう状況だから、こちらから連絡するのは控えて、LINEが来るのを待とう。実際、落ち着いたらLINEをくれるって言っていたから。


 翌日――。

 

今日は仕事だ。


でも、奈々の事が心配。


母親を亡くして号泣していたから、相当なショックなのだろう。僕はまだ親が亡くなった経験がないので、悲しいとは思うけれど、いまいちピンとこない。苦労知らずとは僕のことか?


 仕事中も奈々の事が気になっていた。


 同情もしているし、可哀想だとも思う。でも、残念ながらどうしてやる事もできない。それが悔しい。


 昼休みにスマホを見たが、奈々からのLINEは来ていない。我慢我慢、こちらから連絡は控えているのだ。


僕は一度しか会ったことのない、神崎奈々、の虜になってしまったのか。


奈々はどうなのだろう。


僕の事をどう思っているのか。


 気になる。気になって当然だと思う。でも、今は訊けない。彼女の気持ちを考えればこその事だ。


 訊きたい事や、話したい事は沢山ある。きっと、奈々も僕に訊きたい事や、話したいことはあると思う。


 こんな自信過剰な事を思っていていいものか。もし、フラれたらショックがデカい。うーむ、どうしたものか。


 僕はたまに根拠の無い自信を持つ時がある。それで失敗して落ち込むこともあった。


 午後五時三十分になり、退勤した。


 今日のデイケアでは、大沢恵がまたパニック発作を起こした。でも、周りのメンバーさんやスタッフも慣れたのか、それ程驚きもしなかった。スタッフの冷静な対処で事無きを得た。


 最近のデイケアは皆、慣れてきたからかマンネリ化しているように感じる。


 飽きているメンバーさんも、もしかしたらいるのではないか。


 何か新しいプログラムをメンバーさん、若しくはスタッフが考えないと来なくなってしまう。それだけは、まずい。何か面白いプログラムがないか朝の会で周知してもらおう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る