第3話

生みの父であるドレンテルト王からの“申し出”に承諾はしていないものの、王宮内に軟禁されたも同然の状態になってしまった私は、仕方なく、プリンセス教育を受けることにした・・・と言うより、今の私には、姫教育を受けるしか、選択肢がなかった。


ドレンテルト王家やラワーレ王国の歴史、王宮で働く人たちの役職と仕事内容、近隣諸国との関係を学ぶより、王宮の庭園にある花や植物の名前を覚える方が、個人的には何十倍も楽しいんだけど・・・突然話をふられても、無難な受け答えができる程度のポイントは、どうにか抑えた。


幸い、食事作法は新たに学ぶ必要がなかったものの、ドレスを普段的に着ることには辟易した。

なぜウエストを限界以上にギューギュー締めつけることが「御洒落」なのか・・・私には永遠の謎だ。

それに、絹をふんだんに使った素材や、凝った刺繍が施されたドレスは、汚れを気にしてあまり動き回れないし、洗濯もしづらいはず。

身分の高い淑女レディで在ることも、実は何かと大変なんだなぁ・・・。

やっぱり私には不向きだ。


それ以上に不向きなことと言えば・・・。


「ぎゃっ!ごごごごめんなさーい!」

「少し休憩をしましょう」

「はぃ・・・」

「貴女はスラッとした細身の体型をしているし、生まれ持った気品もございますから、小綺麗なドレスを着て、何も言わずに佇んでいれば、立派な淑女レディに見えるけれども・・・ダンスの素養は破滅的、だわね」

「う・・・。木登りなら得意なんですけど」

「木登りはダンスではありませんよっ!」

「あぁそうでした!えっと、ポルカならかろうじて・・・」

「そんなことでは社交界デビューはできませんわっ!」

「私は社交界デビューなんてする気はありません!」


大体、社交界デビューをする歳なんてとうに越しているというのに・・・。


「あぁ嘆かわしい・・・でも、不可能を可能にすることがワタクシの役目っ!さあやる気を出して!また練習を始めましょう!」

「あ・・・はぃ」


たったの3日で、すんなりとワルツを踊れるようになるなんて・・・私には無理!

でも、妙に”張りきっている”先生に歯向かってもしょうがないし。

何より、下手でもいいから社交ダンスの基礎くらいはできないと・・・婚礼の後には、必ず祝宴パーティーがあるはずだし。

つまり、ワルツを舞う時が、必ずあるということ。

そこでこんなダンスをしていたら、私がジョセフィーヌ姫ではないと、すぐにバレてしまう・・・あ、また足踏んじゃった。


「あっ、すみません!」

「ああああぁ!ノーノーッ!そこは流れるように優雅な動きで・・・」




この3日間に、ジョセフィーヌ姫として知っておくべき一般教養は、どうにか身につけた。

社交ダンスも、見苦しくない程度に動くことができるようになった・・・と思いたい。


「ちょっと!私はこんなに酷くないわよ!もっと上手く踊りなさい!」

「でもパートナーの足を踏む回数は、かなり減ったんですよ」と言い訳をしたものの、自分でも酷いダンスだと分かっている・・・。


あぁ、これが単にメリッサ・ランバートとしてのダンスなら・・・いや、メリッサ・ランバートなら、社交的な舞踏の場へ赴く機会すらないはずだ。

大体、他人に成りすますなんて一度もしたことがないのに、この私がドレスを着て、優雅にワルツを踊るとか・・・しかも、人々から恐れられている“魔王”の元へ嫁ぐとか・・・。


夫となる“魔王”を、殺す、とか・・・・・・。


誰かを殺めるなんて、もちろんしたくないけれど、私の意向など完全に無視されたまま、周囲は事をガンガン押し進めていく。


「これは・・・?」

「髪の染料。あなたの髪をジョセフィーヌ様の髪の色に染めるの。外見を似せる薬もあるんだけど、それと避妊薬の併用はできないのよ。万が一妊娠したら、あなたも困るでしょ?」

「えっ?!・・・えぇ」

「魔王はジョセフィーヌ様の外見を知らないらしいけれど、もしかしたら婚礼に来ている人たちやロドムーンあっちの王宮内に、姫様のことを知ってる人がいるかもしれないからね。一応外見は姫様に似せておいたほうがいいと思うわ」

「はぁ・・・」

「幸い、ジョセフィーヌ様とあなたの体型は似てるし、目の色もほぼ同じだから、髪の色を変えて、姫らしい服を着て、しとやかしにしていれば、偽者だとは気づかれないわよ」

「そうですね」と言おうとした矢先、「すぐにはね」と続けて言われた私は、王家専属の術師・タマラに向かって引きつった笑いを向けるしか、術はなかった。








そしてついに、ロドムーン王国へ出発する日がやって来た。

ライオネル王を殺めるとは、もちろんまだ決めていない・・・というか、絶対したくない。

でもドレンテルト王が言うとおり、私には嫌だと拒む権利なんてないから・・・覚悟を決めるしかない。


「じゃあ・・行ってきます」

「メリッサよ、ライオネル王を殺してはならん」

「でっ、でも、私が断れば、フィリップや村の人たちが・・・」

「他人の寿命を勝手に決めることは、人として、してはならぬことじゃ」とフィリップに言われて、私は泣きそうになった。


「おまえには、ワシのような人殺しにはなってほしくない。おまえの母・アンナマリア様も、そのようなことを望んではおらんはずじゃ」

「でも・・・」

「ワシのことなら心配せんでもいい。村の者たちやシーザーも、皆、自分の身は自分で守る。誰もおまえをあてにはしておらん。だからな、メリッサよ。村全てのことを、おまえ一人で抱え込む必要などない」

「う・・・フィリップぅ・・・」


私の目にたまっていた涙が、堪え切れずにスーッと頬を流れ出る。


「すまぬ、メリッサ。おまえを守ることができなかった老いぼれを、どうか許してほしい」

「フィリップ・・・」


泣いている私を抱きしめてくれたフィリップは、私をあやしながら、「逃げろ」と、耳元で囁いた。


「え?」

「ロドムーンに着く前に、機会を見つけて逃げるんじゃ。わずかな隙も逃すでない・・・」

「いつまで別れを惜しむつもりだ?行くぞ」


馬車内に乗っているドレンテルト王の一声に反応した使者が、私のところへやって来て、腕を掴んだ。


「フィリップ・・手を離しなさい!私は自分で歩きます!」

「かしこまりました」

「メリッサ!ライオネル王を殺めるでないぞ!」

「フィリップ!」

「良いな?」


ただならぬ雰囲気を察したのか。

愛犬シーザーがキャンキャン吠えながら、私のところへ一直線に駆けてきた。


「こら犬っ!あっちへ行け・・・」

「シーザー!もう少しだけ待ってください」と私は言うと、小さな毛むくじゃらの体を抱きかかえた。


「シーザー。シーザー・・・」

「キュィン・・・」

「私は大丈夫。すぐ戻るから・・・それまでフィリップのこと、頼んだわよ」


シーザーに顔を埋めて少しだけ泣いた私は、最後にギュウッとシーザーを抱きしめると、そっと下へおろした。

でもシーザーは、いつまでもそこから動こうとしない。

私はシーザーの目線に合わせるように屈んで、シーザーの頭を優しく一撫ですると、シーザーはまた、キュインと切ない声で鳴いた。


「さあシーザー、フィリップのところへ行って。私は大丈夫だから」

「ウ~・・・・・キャンッ!」


やっとフィリップのところへ駆けて行ったシーザーを見届けた私は、馬車の方へと歩き始めた。











これは「ジョセフィーヌ姫の」御成婚なので、偽者の私は、人里離れたところへ行くまで、荷台の中に隠れていた。

最初の国境を越えたところで、本物のジョセフィーヌ姫は、髪飾りや宝石を外して、普段私が着ているようなコットンのワンピースに着替えて庶民と化し、ごく普通の馬車で、ドレンテルト王が用意をしている隠れ家へ、護衛のアキリスとともに向かった。

そしてジョセフィーヌ姫が座っていた王家専用の豪華な馬車には、ジョセフィーヌ姫に似せた格好をした私が座る。


今から私はジョセフィーヌ・・・姫だ。


こうして私たち一行は、出発して3日目の朝、東にあるロドムーン王国へ到着した。

フィリップは機会を見つけて逃げろと言ってくれたけれど・・・どうしてもできなかった。

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