第2話

小屋と呼べるほどの小さな家の前に、ドレンテルト王家の紋章がついた馬車が止まっている。

馬も白いせいか、私の目にはやけに眩しく見えてしまう。


・・・大丈夫。私は何も悪いことはしていない。

ビビる必要なんてないんだから!

と自分に言いきかせながら、私は我が小屋の中へ入っていった。



外からすでに響いていたシーザーのキャンキャン吠える声が、中に入った途端、もっと私の耳に響き渡ってきた。

それだけで私はホッとする。

加えてフィリップも無事のようだ。

少なくとも、ここで待ち構えている王家の使者たちに、乱暴な扱いを受けてはいない。


「貴女様がミス・メリッサ・ランバートでございますか?」

「そうですが。私に何の御用でしょうか」

「今すぐ貴女様を王宮へ連れて来るようにと、フローリアン・ドレンテルト王から命を受けて、こちらに参った次第でございます」

「・・・はい?やっぱり私、ですか?」

「ドゥクラ隊長も御同行いただくように、とのことでございます」

「え?“隊長”って・・・」

「ワシはもう隊長ではない」とフィリップは言うと、スクッと立ち上がった。


「だが、フローリアン王直々のお呼びとあれば、断るわけにもいかんのう。メリッサや」

「は、い?」

「王宮へ行くぞ」

「で、でも、わたし・・・」

「古巣にちょこっと顔を出すだけじゃ」とフィリップは言うと、ため息を一つついた。


「ワシも王には一言物を申しておきたいからな」

「フィリップ・・」

「案ずるな。おまえには何人たりとも手出しをさせん」と私の近くで囁いたフィリップからは、なぜか病の気を微塵も感じることができなかった。












「ねえ、フィリップ」

「なんじゃ」

「あなたは王宮で働いていたの?」

「・・・昔な。近衛兵にいた」

「そう」

「あの頃のワシは、あまり誇れるものではないからのう。話したくないんじゃ。すまんのう」と言ったフィリップは、ずっと馬車の窓から外を見ている。


年老いた灰色の瞳は、景色ではなく、昔の自分フィリップを顧みているのかもしれない。

私の育て親として、フィリップとは15年一緒に暮らしてきたけど、今までフィリップは、一度も過去のことを話してくれたことがなかったから・・・。


私の膝に座っていたシーザーが、フィリップの膝に移動した。

フィリップは、外を見ながら、節くれだった大きな手でシーザーの黒い巻き毛を撫でると、キュイーンと鳴くシーザーの声が、狭い馬車内にこだました。


その鳴き声は嬉しそうで、悲しそうに響いていた。











馬車に揺られること2時間強で王宮に着くと、私たちはすぐ、王が待っているという広間へ通された。


玉座に座っているドレンテルト王と、娘のジョセフィーヌ姫には、初めてお会いしたけれど、二人からは尊大な雰囲気が漂っていて、なんというか・・・笑っていても目が笑ってないような、そんな感じだ。


「久しぶりだな、フィリップ」

「ドレンテルト王」

「その娘が例のアレか」

ではなく、メリッサという名前があります」

「そうだったな」とドレンテルト王は言うと、ハッハッハッと笑った。


なんか・・・この場がだんだん白けていっているような気が・・・。


「娘よ、頭を上げよ」

「はいっ」

「・・・あまり私に似てないな」

「・・・え?」

「ジョセフィーヌにもあまり似ておらん」

「つまり私の方がより美人ってことね?お父様」


え?ちょっと待って。

これ・・・は・・・。


「何だフィリップ。まだ娘に話してはおらんのか?」

「王御本人が直接お話をするために、我々をここに呼んだのではないのですか?」

「・・・ま、それもいいだろう。おまえは・・・確かメリッサと言ったな」

「あ・・・はい」

「メリッサよ。おまえは私の子だ」


初めて会って、いきなり、しかも、このラワーレ王国を統治しているドレンテルト王から「私の子だ」と言われた私は、思いきり眉間にしわを寄せたまま、ドレンテルト王をまじまじと見ることしかできなかった。


「つまりおまえは、ラワーレ王国のプリンセスだ」

「あ・・・・のぅ。いきなりそのようなことを言われても・・・私にどうしろと」

「一つ困った事が起こってな。姫であるおまえの力が必要だ」

「はぁ・・・」


今まで庶民の娘として、平凡に暮らしてきたこの私が、プリンセス?!

これはきっと、王家の方々を交えた、大がかりな冗談・・・・・・。

と思いながら、隣にいるフィリップをチラッと見たけれど・・・どうやら本当の話のようだ。


私の困惑にはお構いなく、ドレンテルト王が話を続ける。


「わが娘のジョセフィーヌが近々成婚することは、おまえも知っておるな?」

「え?あぁはい」


3週間程前だったか、ジョセフィーヌ姫が御婚約をしたという知らせが、国中に伝えられたのは。

ラワーレ王国の民なら皆知っていることで、おめでたいニュースに皆喜んでいる。


「すみません。何も言っていなくて。おめでとうご・・・」

「実はな、ジョセフィーヌは結婚することを嫌がっておるのだ」

「・・・え?」

「だって相手はあの魔王なのよ!我が身を生贄に捧げるなんて、そんなこと絶対したくないっ!」

「はい?魔王?って・・・お相手は人間ではないのですか!?」

「人間に決まっておるだろうっ!」とドレンテルト王がツッコむ声と、フィリップがクスクス笑う声が、同時に聞こえてきた。


「全く・・・。ジョセフィーヌに求婚を申し出たのは、ロドムーン王国の若き王・ライオネルだ」

「あぁ。今東で一番勢力を持つ大国ですね」

「ほぅ。おまえは世界情勢について、全くの無知ではないようだな」

「いえっ。私が知っているのはこの程度で・・・」

「残念ながら我がラワーレ王国は、ロドムーン程の勢力を持ってはおらん。今のところはな。故にロドムーンからの申し出を、無下に断ることはできぬ。求婚を受け入れ、婚姻関係を結ぶしか道はない。だが先も申したように、ジョセフィーヌはこの婚姻を嫌がっておる。ま、相手はあの”魔王”だからな。我が娘の気持ちは痛い程よく分かる」とドレンテルト王は言うと、フゥとため息をついた。


「ライオネルは醜い外見をしており、凶暴な性格、そして計り知れない怪力の持ち主故、陰では“魔王”と呼ばれておる。先代の王・レオナルドが病死してたったの3年で、あそこまで国土を広げ、勢力を伸ばし続けているのも、魔王が恐怖で人々を支配下に治めているからだというのが専らの噂。そのようなところにわが娘をおいそれと嫁がせることは、私もしたくない。そこでおまえの出番だ」

「えっ?私、ですか?」

「メリッサ・ランバートよ。おまえがジョセフィーヌとなり、ライオネル王の元へ嫁ぐのだ」


私は、目をパチパチさせながら、たっぷり5秒程、玉座にいるドレンテルト王を見ると、ハハッと笑ってしまった。


「ご、ご冗談、でしょ・・・」

「このような冗談を言うために、私がわざわざおまえを王宮へ呼び寄せたとでも思うか」

「あ・・・いやでもっ!えーっと、そう!私と姫の外見は、あまり似ていないですし!私がジョセフィーヌ姫ではないと、すぐ分かってしまうのではないかと・・・」

「幸いにも、ライオネルはジョセフィーヌの外見を知らん。加えて、あちらが申し出てきたのは、ラワーレのプリンセスを娶りたいとのこと。だからおまえも一応該当者に値する。しかし、だ。私の隠し子であるおまえの存在を公にすることはできぬ。故に、おまえはジョセフィーヌ・ドレンテルト姫として、ライオネル王のところへ嫁ぐのだ」

「そ、そんな・・・私・・・私は・・」

「だからと言って、そのままの姿でおまえを送り込めば、疑いを持つ者もいるやもしれぬ。おまえには、姫としての教養が、ちと足りんようだからな」

「う・・・」

「いずれにせよ、おまえがジョセフィーヌに成りすましてライオネルの元へ嫁いだと、いつかはバレるだろう」

「だったら・・・」


婚姻の申し出を断る・・・ことはできないと、さっき王が言ったばかりだった・・・。


「だからメリッサよ。ライオネルにバレる前に、あ奴を殺せ」

「な・・・・・・っ!」

「フローリアン王!メリッサも貴方の血を引くプリンセスでありますぞ!」

「知っておる。フィリップよ。王宮からどれ程遠く離れた山奥で隠遁生活を送っていようとも、おまえたちのことはいつでも亡き者にできたのに、今までこうして生かしておいてやったのは、こういう時に役立ってもらうためだということが、おまえほどの賢い老いぼれでもまだ分からんのか」

「王・・・貴方は、年を取っても全然変わっていない・・・」

「それはおまえなりの褒め言葉だと、今回は受け取っておこう」とドレンテルト王は言うと、ニヤッと笑った。


この人・・・本当に、私の・・・父様なの・・・?

いくら一国を統治する王とはいえ、(初対面だけど)実の娘に人を殺せと命じるなんて・・・。


信じられない、いえ、信じたくない!


「娘よ。おまえは今日から3日間王宮に籠り、姫としての基礎教養を身につけてもらう。あまり時間はないが、ロドムーン王国へ赴いても、不審には思われない程度の立ち居振る舞いができれば良い」

「あのっ!私、人を殺すなんて・・・そんなことできません!」

「ならばフィリップを殺す」

「・・・え」

「フィリップだけではない。おまえたちが住んでいる村の民の身の安全、そしておまえたちがしているビジネスの保障、ついでに言えば、そこにいる黒いチンクシャな子犬の命も全て、おまえが我が命令に従うか否かにかかっている」

「そんな・・・!」

「フローリアン王っ!」

「私とて、おまえがすんなりと引き受けるとは思っていないからな。であれば、おまえに拒否権を与えず、やると言うしかない方向へ持って行くしかないだろう?」


今、この身に起こっている現実を信じたくない。

そんな気持ちをモロに顔に出しながら、私は玉座にいる王を見ることしかできなかった。

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