〈5〉決戦――ジークンドー

 面をつけた後で、李桃は咲、翡翠、姫芽香と順に抱擁を交わした。途中誰も、一言も話すことはない。みんな、心の中で理解していたから。


 むしろ、ここまでは前座。これからが、これこそが、本当の勝負だった。


 コートの反対側にスタンバイしている千葉の背後には、やはり大蛇が座している。彼女はひたむきに剣と向き合ってきたのだろう、混じりけのない真っ白な鱗は美しくさえある。切れ長の朱い瞳は、やはり、ただ李桃の姿だけを映して、喰らうその時を待っていた。


 それを前に、瞼を閉じる。逃げではない。

 深呼吸一つして顔を上げると、大蛇の姿は消えていた。


 やはり、か。ずっと、どうして他のみんなにはアレが視えていないのか気にはなっていたのだが、きっとアレは、三年前の千葉との戦いから、自分が創り上げてきた幻影なのだ。


 試合を終えて戻ってきた瑠璃とすれ違いざまに頷き合う。本当ならば彼女も抱き締めたかったが、選手の入れ替わりを阻害する行為は、原則禁じられているのだ。仕方ない。

 この一ヶ月で随分と踏み慣れた道場の床を、一歩一歩、改めて踏みしめる。足の指先から、ここまで戦ってきた八名の剣士の、想いの残滓が熱となって伝わってくる気がした。



「(やっぱり、凄いなぁ……)」



 李桃は内心で一人ごちた。せっかく大蛇を振り払ったというのに、千葉から感じる威圧感は減少するどころか、二週間前の一本勝負から、さらに増している。彼女たちは、ゴールデンウィーク中にどんな稽古を積んできたのだろうか。


 互いに礼をして、一歩、二歩、三歩――もうじりじりと、痛いほどの気が刺さってくる。



「部の存続をかけた勝負は、終わってしまいましたわね」


「はい」


「ですからこれは、わたくしと貴女、一人の剣士としての延長戦。よろしいかしら?」


「はい。よろしくお願いします」



 帯刀から大きく竹刀を抜き、力士が立ち合い前に見合うように、ゆっくり腰を下げる。



「始めっ!」


「やああああああっ!」


「きええええええっ!」



 飛び込んだのは、同時だった。赤――千葉の方へ、一本の旗が揚がる。残りは無効。

 千葉はまさかの相打ちに不服そうな顔をしながらも、すぐに次の太刀を放っていた。李桃は即座に左足を蹴り、サイドステップでやり過ごしながら横面を返す。今度は李桃に一本だけ旗が揚げられる。


 千葉の目の色が変わった。目算通り、今の二合で実力は伝えられたようだ。


 当然、ほくそ笑んでいる暇はない。すぐに間合いを切り、千葉から火の粉のように飛来してくる気の圧力の範囲外へと退避する。

 縁を切った所で、李桃は構えに込めた力を抜いた。


 足の幅はそのままに、気持ち右足を踏み出すつもりで指先を斜め前へと向ける。肩は十分にリラックス。自然に落ちた腕を直角に曲げ、右拳は、小手を外して人差し指を立てた時に千葉の左目を捉える位置に据える。



「何ですの……それは……」



 異様な構えに、千葉が唖然とした。それもそのはずである。剣道のそれよりも大きく半身になり、剣先が完全に天井を向いている。剣道の基本からはまったく外れたシロモノなのだから。



「これは、截剣道です」



 さあ、第二ステップだ。






 きっかけは、本当に偶然だった。

 合宿の六日目も、面を着けた稽古の時には、紅葉は完膚なきまで李桃を打ち据えてきた。こちらから打っては引き倒され、立ち上がればその場で突き倒される。


 そんな一方的な暴虐の構図が、夕方に差しかかった頃に、変化を迎えた。



「お前。今、何をした……?」



 わずかに上へとずれた面の位置を直しながら、紅葉が不思議そうな顔をしている。



「ふぇっ? えっ……と……まず、突きが怖かったので――」



 李桃はつい数秒前の感覚を、零さないように繋ぎとめた。

 散々突き倒されていれば、嫌でも警戒するもの。体を起こした時に案の定伸びてきた竹刀に、身体を半身にして――いや、違う。完全に腰が引けていた結果の、半身だった。

 そこから、無我夢中で手を伸ばした。もう打ち込むという意識すら持っておらず、加えて腰が引けているのだから、本当に文字通り『手だけが伸びた』状態だった。


 それが、運よく紅葉の面に当たったということ。



「おいおい……マジかよ」



 正直に打ち明けると、紅葉の目が見開かれた。



「腰が引けて『ヒップ・ファースト』、手だけが出て『パンチ・ファースト』……確かに、威力も乗らない鬱陶しいだけのモンだったが、お前はこれを無意識にやったっていうのか?」


「えぇ……っと、多分。そうなります」


「そうなります、じゃねぇよ、ちょっともう一度構えてみろ!」



 ひょんなことがきっかけで、截拳道の構えを取り入れた変形型の研究が始まった。

 合宿中で唯一、旅館に戻ってからも続けられた稽古。あまりに熱中しすぎたせいで、近所の人たちからのクレームを恐れた美由紀や真澄からお縄につかせられたくらいだ。






「ふわうぉぉぉおおぉぉぉ――」



 怪鳥音は気分ノリである。だが、千葉に打ち克とうとする気持ちは気まぐれでもなんでもない。



「舐めないでくださいまし!」



 面に斬り込んできた千葉の竹刀を、打突ではなく、拳で打ち返すように弾く。連続技を全てバックステップとともに受け流し、コートの端が近づけば、一瞬の隙を突いて、相手の懐へとローリングステップで潜り込み、打突をしながら間合いを切る。


 二度ほどのバウンスステップでリズムを整え、追ってくる斬撃を迎え撃つ。



「ほわぁちゃーぁぁぁ! !」



 ストレート・リードが、炸裂した。

 千葉の剣は、こちらを切断するべく振り下ろされたものである。これは一般的にも『剣道の打突』と言われるモーションだろう。


 しかし、李桃の一撃は、単純な『打突』だった。すでに竹刀を立てているため、右拳を突き出すだけでいい。しかしそれだけでは、せいぜい面金に猫騙しをする程度で終わってしまう。


 そこで活用するのが、フォーリング・ステップである。截拳道のストレート・リードをそのまま採用する形ではなく、剣道の打突同様手首の返しを行うだけでも、立てていた竹刀という力のベクトルは下に向かう。しかし、まだだ。これだけではまだ足りない。


 竹刀を両手で構えるという性質上、これまで敢えて無視していた概念『オンガード・ポジション』が決め手となった。ボクサーなどが、利き手ではない方の手で常に顔を守っている、あの姿勢のことである。彼らがパンチの瞬間、オンガード・ポジションに置いた手を、若干後方へ引き絞る感覚。それを利用して、竹刀を握る左手を、一気に持ち上げるのだ。


 どれだけ小さく振りかぶっても、どうしても構え・折り返し地点・打突の姿勢という三点を通過しなくてはならないのが、これまでの剣道の打突。

 それをたった二点間の移動だけでやってのけるのが、截剣道のストレート・リードである。


 千葉直刃の剣がどれほど強く速いものでも、根幹からひっくり返せば可能性が生まれる!



「これが……貴女の剣、ですの?」


「いいえ。あたし『たち』の剣です!」



 胸を張る李桃に、千葉は面食らったように硬直してから、一笑に付した。



「ふふ、ふふふふふふ……ちゃんちゃらおかしいですわね」


「えっ――?」



 二本目開始の号令がかかった、刹那。目の前にいたはずの千葉が、消失した。

 彼女が自分の半身に対して垂直――喉元を狙える位置に移動していたと気づいた時には、



「結局は、スポーツ剣道の延長……剣とは、どういうものか。教えて差し上げますわ!」



 咄嗟に首を捻って躱すと、突き垂れと面垂れの隙間に竹刀が突き抜けた。



「あっ、ぐっ…………かはっ!?」



 鋸を引くように、瞬間的に引き抜かれる。摩擦の熱で、首筋が焼けるようだった。

 呼吸が止まる。目が焦点を失う。走馬灯のように、祖母の首の傷が瞼の裏に浮かぶ。

 耐えろ、まだ一本は取られていない。足を動かして追撃を躱さなければ。

 しかし、頼みの綱である両脚は、いつの間にか膝から崩れ落ちていた。



「終わり、ですわね」



 無防備に晒してしまった面に、真正面から、兜割のような斬撃が叩きつけられた。

 視界が一回転する。気を失っていたのは幸いにも数秒くらいだったらしい。こひゅう、と喉が鳴る音で我に返った李桃は、残心を取る千葉と、有効打突を告げる三本の赤旗を目にした。

 頭への衝撃と、首筋の痛みで意識が朦朧としている。



「へぇ、これでも立っていられるくらいになられましたのね」



 ふら付きながら立ち上がった李桃に、千葉は感心したような、侮蔑するような笑みを向けた。



「あたしはもう……負け、ません……っ!」



 自分を鼓舞するように、睨み返す。しかし、面の隙間から入り込んでくる生臭い鉄分の臭いが鼻につく。突き垂れに隠れてはいるが、鎖骨の間を滑る、明らかに汗ではないべたつきも気持ち悪い。その原因は、分かりきっているゆえに考えたくもなかった。


 しかし、千葉には看破されているのだろう。

 両者が一本を取り、最後の一本を争う「勝負!」の号令がかかった瞬間から、執拗に突きを狙ってきていた。


 避けようにも、膝が震えて上手く動けない。さっきと同じ、首の左側で突きを受けることなど無理。どんな痛みが待っているか、想像もしたくない。

 足は竦むままに任せ、上体を逸らすスナップバックでの回避を試みるが、やはり足も使わなければ完全に躱しきることはできず――今度は突き垂れの右側へと竹刀が突き刺さった。


 しかも前回より質が悪い。首に接しているのが、弦の張られた側だなんて。



「ひぐぅっ!?」



 引き抜かれた時の痛みは、想像を絶するものだった。こうなると分かっていれば、首筋の嫌悪感の原因だろうが、再び左首で受けた痛みだろうが考えてやったのにと、後悔するほどだ。


 振り被られた竹刀が視界の端でぎらつく。


 李桃は上体を投げ出すように思いきり倒した。これで少なくとも、有効打突にはならないだろう。しかし、安堵したのも束の間。千葉の斬り落としは、面垂れへと牙を突き刺してきた。

 もう、苦悶の声すら上げられなかった。防具の内側で血が噴出するのがわかる。



「止めっ!」



 審判がかけた号令に、引き攣れた首を傾げる。あたしは、倒れてしまったのだろうか。



「君、大丈夫か?」


「……は……い……この、通り……です……」



 大丈夫だと訴えるために、必死で床に拳を突き、腕を立てる。

 ああ、もう少し真面目に筋トレをやっておけばよかったかなあ。



「――李桃っ!」



 紅葉の声が聞こえた気がして、触れられた感触に驚く。もうこんなに近くにいたのか。



「お前、馬鹿野郎! もういい、もうやめろ!」


「……嫌です」



 顔を伏せたままで、首を振る。どうせバレているのだろうが、今、床に滴っている血は見られたくなかった。まだ体の下にいる左の小手で、そっと拭き取る。



「嫌ですって、お前な。ナツ先生と同じように、剣士生命が終わっても――」


「それでもやめません! あたし、千葉さんに何も示せてない。剣道の可能性を、剣道の面白さを、まだ、何にも!」



 どれほど危険があろうと、引き下がるわけにはいかなかった。



「ここまで全員、あの大江実業に勝ってきたんだ。もう十分――」


「伝わってません!」



 引きさがりたくなかった。

 このまま棄権という形でも、伊氏波高校剣道部は存続するだろう。ここで千葉直刃という個人に勝てないまま終わっても、彼女は三年生、今後大会で会うこともないだろう。仮に千葉が社会人になってからも剣道を続けていたとしても、自分が高校卒業を境に剣を置けば、二度と関わらずに済むかもしれない。



「伝わって……ないもん……」



 血に混じって、透明の液体が零れ落ちる。

 ここでおめおめと逃げ帰れば、この先ずっと『殺人剣』というものに怯えながら剣を振ることになる。截剣道を以てしても勝てなかったと、永遠に恐怖を抱えて暮らす羽目になる。


 あたしは、それが嫌だ。



「李桃。二つ約束しろ」


「ふぇ……ふたつ?」



 不意に耳元で、面越しに囁かれた言葉に、素っ頓狂な声を上げる。



「そうだ。一つは、この試合が終わるまでくたばらないこと。あとで医者にでもなんでも連れてってやるから。ぜったいに死ぬな」


「お、大袈裟ですよぅ……」



 確かに痛いが、動脈までイカれていれば、とうの昔に意識を失っているはずだ。

 しかし、李桃の照れ笑いには答えず、紅葉は「二つ目」と続ける。



「そこから、自力で起き上がれ」



 嗚咽が溢れた。勝てと言われなかったことが嬉しかった。わざわざそんなこと言わなくてもいいだろうという、紅葉の気持ちは痛いほどに胸に染みていた。



「――はい!」



 涙が拭けないことがもどかしい。こんなぐしゃぐしゃな顔のまま、千葉の前に戻ることが恥ずかしい。でも、それでよかった。それが、自分と、紅葉と、みんなで歩んでいきたい、等身大の剣道の未来だったから。


 一旦竹刀を手放し、だん、と両の拳を叩きつけるように起き上がる。膝を立て、上体を起こし、改めて竹刀を取り、誓う。



「勝つよ。あたしたちは」



 開始線に戻ると、千葉は形容しがたいような、困惑の表情を浮かべていた。


 李桃には判った。彼女が露わにしている感情は、恐怖だ。


 ……ごめんね、こんな気持ち悪い顔で戻ってきちゃって。


 構える。背後の自軍陣地から送られてくる、仲間たちの、師たちの想いを、剣に込める。



「気勢を充実させて、しかし逸らぬ『不動』の心を持ち。敵のいかなる動きも『慧眼』でつぶさに観破り。修錬してきた『妙音』の技で打ち破る。己が内の『悪鬼』を昇華させ、『羅刹』の剣を、剣を以て截ち切る――『無我無形無法無限之極ドントシンク・フィール』」


「そんなっ、妄言っ! 二度と吐けないようにして差し上げますわ!」



 視線が交錯した瞬間、千葉の閃断が放たれた。

 まだ、振らない。まだ動かない。頭の中に描くのは、千葉の太刀を掻い潜ってこちらの太刀を当てる軌跡ではない。それでは遅すぎる。

 描くべきは、ただ、打ち込んだ後のビジョンのみ――






 面を外した後も、暫く千葉は放心していた。



「そんな……わたくしの剣が、負けるはず……」



 この機を逃すわけには行かないと、こちらも何とか面を外すことができたばかりの李桃が目を光らせる。



「千っ、葉っ、さぁーんっ!」



 ぼうっとしている彼女にも聞こえる程に声を張り上げながら、目の前に滑り込む。



「ひっ!?」



 悲鳴を上げるのも無理はないだろう。自分がつけた傷とはいえ、生首のように血塗れ。さらに涙やら鼻水やら汗やらでぐしゃぐしゃになった、乙女にあるまじき落ち武者のような風貌。

 そんな輩が満面の笑顔で迫ってきたのだ。しかも、ずい、と顔を寄せてくる始末である。



「ありがとうございましたっ!」


「あ、ありが……えっ、なんですの!?」



 不意にぎゅっと手を取られて、千葉はプチパニックに陥りながら、李桃の顔と握られた手とを忙しなく見比べている。



「本当にいい試合だと思いました。私が取り返して、千葉さんがもっと本気を出して、私も全力で……楽しかったですね!」


「は、はぁ? わたくし、貴女の首をこんなにしたんですわよ? それのどこが楽し――」


「楽しかったわ。今度、人体の構造について教えてくれないかしら」



 千葉の言葉を遮るように、姫芽香が榊原の前に手を差し出した。榊原も千葉と同様、彼女たちがどういう神経なのか理解できないようで、目を瞬かせている。



「情報収集、甘すぎ。でも、楽しかった」


「ウチも楽しかったー! ってか、可愛くて強いとか、反則だよね」


「あたしも、楽しかったです。まだまだ未熟ですが、また戦ってくださいませんか?」



 咲たちも、それぞれ好敵手たちへ手を差し出し始めた。

 それに対し、最初は呆気にとられていた大江実業の面々も、



「喜んで教えるわ。虚仮にして悪かったね。真の居合ってやつ、あたいにも教えとくれよ」


「ちんまいくせに態度はデカいのう。まぁ、次は負けん」


「麗緒奈が可愛くて強いのは当然だし☆ ……ま、まぁ。あんたも、ちょっとは、ね」


「私でよければ、喜んで相手になろう。君のサブライダーとして、力になるよ」



 しっかりと、手を握り返してくれた。

 千葉も、李桃の手をおそるおそると握り返そうとしていたが、一度離した手をちょっと触れ直しただけで、すぐに引っ込めてしまった。

 それを李桃はすかさず追いかけて、捕まえる。



「高校総体の県予選で、また戦いましょうねっ!」


「そっ……その前に。首の怪我を直してくださいまし!」


「はいっ! えへへぇ、千葉さんのこと、直刃さんって呼んでもいいですか?」


「はへっ!? ほ、本当に変な――ちょっと、血が付きますわ。近づけないでいただけます!?」






 * * * * * *






 紅葉は得意顔で、目の前の光景が信じられずに頬を引きつらせている内村の隣へ並んだ。



「オレたちの、勝ちだな」



 こんな距離に立つのは、何年ぶりだろうか。



「ふん、いい気になるなよ。初戦は子供の試合――」


「アホ。それ以上言ってやるな」



 こめかみの辺りを鷲掴みにして、明後日を向いている頭を向き直させる。



「見てみろよ、こいつらの顔。めちゃくちゃ楽しそうじゃないか。廃部を賭けてたくせに、再戦の約束までしてんだぞ? うちのバカどものことだから、そもそも廃部の話自体忘れてんだろ、これ」



 呆れたように眺めながら、ふと、内村の方へ視線を向ける。



「なぁ桜花、お前さ。本当は部員たちが大好きだろ」


「……はぁ?」


「だってよ、わざわざ全員の学科やら趣味の特徴かき集めて貶しやがって。よく調べたよな」



 腹を抱えて笑われると、さすがに旧友とはいえ頭に来るのだろう。内村は今にも殴りかかってやろうかという魂胆を、拳に込めて震わせていた。


 紅葉はそれを一瞥して、鼻で笑い飛ばす。



「もういいんだよ、桜花。オレたちはあの日の名前に縛られ過ぎた。もう『羅刹』で在ろうとしなくていいんだ。あいつらを本当にぶっ壊しちまう前に、そんな名前、棄てちまえ」


「貴様……よく喋るようになったな」


「十年も経てば、変わりもするさ」



 肩を竦めてみせる。しかし、そんなに自分は口数の少ない方だっただろうか。

 どうにも、真澄のような奴が近くにいたせいで感覚が麻痺しているのか……。



「(いや、きっと彩羅のせいだな。うん)」



 そんなことを考えていると、千葉たち大江実業レギュラーがやってきて、礼をした。

 ほら、こいつらはこういうところをちゃんとできているんだ。どっかのバカたちにも見習わせたいものである。……これは自分のせいであるような気がしなくもないが。



「あー。必死に戦ってくれたところ悪いんだが。廃部の件はナシだナシ――いいよな、お前ら?」



 肩越しにうちの部員たちへと声をかけると、



「「「「「あっ……」」」」」



 見事に予想通りの声が返ってきた。こいつら、本当に忘れていやがったか。



「と、いうわけだ。いつでも来い。いや、来てほしい。うちのひよっこ剣士たちが強くなるためには、お前たちの力が必要だ。歓迎するよ」



 一人一人に目を合わせながら、語りかける。千葉たちは全員、視線で頷いてくれた。


 ふと、内村が踵を返した。そこで一度立ち止まった彼女と、紅葉は視線を合わせることなく。



「……次は負けん」


「次も負けねぇよ」



 間髪入れずにほくそ笑んでやると、背中を小突かれた。






 大江実業の面々が去った後の武道場内では。



「ふぇぇ、疲れたぁ――――れっ?」


 気と血が両方抜けた李桃が、真後ろに倒れ込んでいた。



「きゃあああっ!? ちょっと、モモちゃんっ!?」


「やっべ、忘れてた。救急車ぁっ! !」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る