第13話 変わってしまいました

 乾いた音が周囲に響いていく。


―カァーン―


―カァーン―


―キィーン―


 テンポ良く、刻まれていくように金属と金属が打ち合う音が時折聞こえる木々のざわめきと鳥の鳴き声に溶けていく。

 エルドが鍛冶場に入ってから、時間は昼を過ぎていた。一心不乱に槌を振り上げ、振り下ろして新しい自分の一部を作っていく。鉄の塊が延ばされていき、その形が少しずつ出来ていく。

 打ち方はエルドの我流ではなく、カーマから教わったものだ。カーマは自分の武器は自分で作る、職人の面も持ち合わせていた。職人というよりも、カーマが満足できる武器を作る鍛冶師にあったことがなかったため、自分で作り始めたら熱中してしまい、他人の武器をも造り上げられるほどの腕前となってしまった。

 そのカーマに手解きだけは教えてもらえたが、他のことについては全く教えてもらえなかった。作ってはへし折られ、作っては粉々にされ、作ってはねじ切られるという評価の仕方をされて、ようやく合格もらえたが、その武器でさえエルドが全力で振るえば罅割れたり、曲がってしまうほどの強度しか出せなかった。

 それでも打ち続けて、打ち続けた。エルドはカーマに教えてもらうときに最初に言われたことを刻み込んでいたから。


『自分の武器は自分で創ってこそ。なぜなら、武器は自分の一部だからだ。』


 今の自分の焦りや燻っている感情を流し落とすように“作る”ということ以外をそぎ落としたエルドは叩き続けた。

 その光景を見た者が怖がるほど不気味に口を釣り上げ、瞳を熱の塊に向け続けた。その眼を蒼色に染め、その眼が炎に変わらんばかりに。



―キィーン―


―キィーン―


―キィーン―


 乾いた音と甲高い音が混じっていたのが、甲高い音だけを響かせるようになった。エルドは益々、のめり込んでいった。


(もう少しだ、もう少しで出来上がる!)


 先程の笑顔よりも益々恐怖を覚えそうな微笑みでエルドは打ち続けた。




 その頃、昼食を終えて怠惰に過ごしていた2人はエルドが叩き続けた音の変化を感じ取っていた。


「もう少しで出来そうだなぁ、音が変わりやがった。晩飯は遅くなりそうだが、エルドが作った物を食べられそうだ。良かったな、サイファ。」


「その通りですよ、カーマ様!久しぶりに生肉食べましたけど、アレはあれで良いかもしれませんや。」


「そりゃ、お前は魔獣だからな。生もの食べても何ともないだろうが、俺ぁ、違うんだよ。お前とは身体の作りがな。さて、アイツが怒る前に片付けでも始めるか。お前は獲物でも狩ってこい。上手く出来上がったら、豪華な晩飯になるかもしれないぞ?興奮していたら、気分良くなったまま色々作りまくるからな。あのヤローは。」


(興奮したら色々作りまくるのは貴女も同じでしょうが、変なところばっかり似やがる師弟だ、本当に。)


 似た者師弟と思いながら口に出すことはせず、サイファは大人しく家から出て今日の夕飯が豪華になれば良いなぁと、想像しながら森の中へ駆け出していった。

 そして、カーマは嫌々ながらも片付けを始め、どんな武器を持ってくるのかを想像してクククと笑いながら、その目を輝かせていた。夕飯の内容よりも自信を持って断言したエルドが持ってくるのか待ち切れていなかった。


 それから数時間後、家の扉が勢いよく開けられた。

 汗だくになったエルドが両手に布で包まれた物を大事そうに抱えて帰ってきたのだ。その顔は鍛冶の熱で赤くなっているのか、出来上がったことに興奮しているのか判別は出来なかったが。


「師匠、できましたよ!!まだ造りは甘いですけど、見て下さい!!」


「エルド、見てやるから・・・。早く飯をくれ・・・。」


「相棒・・・。俺にも・・・。」


 間もなくエルドが出てくると思っていた2人は何も作らず、待っていたのだが限界を迎えたように家の床にうつ伏せになっていた。

 それを見て、ため息をつきつつ、仕方ないなとエルドは台所に向かっていく。家の中は乱れてなく、台所もきれいなままだったのもあるのだろう。


「自分たちでどうにか出来るのに、面倒がるにも程があるでしょう。まぁ、今は気分が良いので作ってあげましょう。」


 カーマとサイファは顔を見合わせ、目論見通りだとニヤリと笑い合った。

 エルドはそんなこととは露知らず、夕飯が出来るまでの間に合わせも作りつつ、いつもより豪華な夕食を作ってしまうのだった。




「あぁ~、美味かった!いつもより手間がかかって豪華になってしな。」


「全くですよ、カーマ様!豪華な食事ってのは良いもんですね!!」


「貴方たちは本当に食いしん坊ですね。どれほど食べるんですか。狩ってきてた獣の肉がほとんど残ってないじゃないですか。」


「まぁ、いいじゃねぇか、エルド。さて、飯も食べたし、お待ちかねの品評会といこうじゃねぇか。」


エルドが片付け終わる頃合いを見計らってカーマはそう言った。この日ばかりは酒を飲まずに待っていたのだ。サイファは寝そべることを止め、テーブルの近くまでやって来た。

腕輪に仕舞っておいた包みを取り出して、エルドはテーブルの上に置いた。包みの長さは1mほど。それをカーマの目の前に置いた。


「それじゃ、先に説明するか?それとも実物を見せるか?」


「先に見て頂きます。それから説明を。」

「なら、見せてもらおうか。布を取りな。」


 カーマとエルドは先程の団欒とした雰囲気から一変した。カーマは下手な物だったらすぐさま叩き潰すと悪い顔をしており、エルドは自信満々という顔をしていた。


「どうぞ、お願いします。」


 エルドはそう言うなり、布を開いていった。

 それは三角形だった。ただ、鉄の板のようにも見えた。

 刃はついておらず、一番長い辺に取っ手があるのが分かった。

 厚さは3cmほど。重量は推して知るべしである。


「おいおい、中々面白い形状じゃねぇか。これは前のとは大分違うな・・・。

 確かに、俺の持っているお気に入りの中にこういうのはないな。」


 カーマは手に持たず、まじまじとエルドが打った武器を観察した。エルドはその様子を見守り、サイファはジーッとその塊を見ていた。


「これも今の武器と同じように使うんだな?刃はついていないってことは。これで完成ってことはないだろう。要改良だな。特に突くと思われるこの部分、突いた分だけ傷が拡がる。そこを考慮して全体の幅は狭いんだろうがな。」


「その通りです、師匠。まず、今の武器は言ってしまえば、只の棒です。見た目がすこぶる良くない。だからと言って剣にすると師匠と被る。主武器が被るなんて面白くない。なので打撃でも刺突でも出来るようにこの形にしてみました。重量は前より、格段に上がりましたが、その分、一撃の重さも増したと考えます。」


 カーマはエルドの説明を聞きながら手に持った。カーマにしてはこれぐらいの重さなど感じない。エルドにしてもそうだが、長さと重さが変わったことにより、取り回しや身体の使い方が変わってくるのだ。

 カーマとエルドのやり取りに我関せずのサイファは自身の爪でちょんちょんと触っていた。


「ふむ。良いだろう。これは合格だ!」


 エルドはほっとして椅子に座った。自信があっただけに認められず、叩き潰されたらどうしようかと不安がなかったわけではなかった。そして、要改良と言われた部分に関してはこれから考えればいいかと切り替えようとしたそのとき。


「武器もひとまず出来たし、そろそろ違うことをさせてみようかと思っている。」


「「はっ?」」


 不意に言われたカーマの言葉に悪い予感がするエルドとサイファはカーマの方に顔を向けて同時に返事をしてしまった。そして、当のカーマはニヤニヤといつもの悪巧みをしている顔をしていた。


「お前ら2人で旅をしてこい。ここから近い大きな街までな。街の名前はミースロース。港がある人口が2万人ぐらいの街だ。」


「師匠、なんでいきなり“旅”をしてこないといけないんですか?」


「ちょっとした気分転換でもしてこいってことだ。それにお前は自分の身分証というものを持っていないだろう。ついでに作ってこい。」


「まぁ、たしかに師匠にくっついていただけでしたし。では、その街に着いたとしてどこで作ればいいのでしょう?」


「冒険者組合か傭兵組合のどっちか好きな方で作ってこい。自分で決めな。準備をして、そうだな・・・。新しい武器も試して慣したいだろうから7日後ってところでどうだ?」


 カーマにしては優しい提案だった。有無を言わさず翌日からではなく、武器を使える期間まで設けたのだから。

 エルドは了解の返事をして、自身の新しい一部である武器を手に取ってどういう改良をするか思いを馳せるのだった。


 それから6日間、エルドは新しい武器を使いつつ訓練していた。サイファとも個人的な訓練をしていたが、新しい形状とその重さが上達を妨げていた。そして、例の訓練が上手くいかないことも更にエルドを苦しめた。

そして、旅に出る前の日、カーマが仕上げを受け持つと言ったことで、新しい武器は最初の形から改良をエルド自身で行っていたが、更に変わった。

元々、大剣並みの幅を削っていたが、それが片手剣並みの幅に、長さを更に少し縮め、厚さは5cm程に増し、断面は丸みを帯びたものへと変更された。

 これにより切っ先は鋭く尖り、断面が丸くなったことで受け流しやすくした。

 


「何か全体的な形状が違うんですけど、師匠・・・。」


 如何にも不満という顔をしてカーマをジロっと見たエルドは、己が構想したものとは違う武器を持ってカーマの目の前に押し出した。


「悪かったって、エルド。そんな顔するなって。」


 カーマはカーマで可愛い弟子が目をキラキラさせて作った武器を使えるようにしてやりたい気持ちもあり、改良を口にしただけじゃなく手まで出した結果がエルドの不満となってしまったようだ。


「どうして、こうなったか教えて頂きましょうか、師匠?確かに師匠が言った通りに幅も狭くしましたし、長さも変えましたよ?それが明日から旅に出るから最終仕上げをしていたら、代わりにやるから昼食を、と頼まれて渋々交代して。その後、確認したらこういうことになってるのはなぜですか?

 そもそも武器は自分の一部だから自分で作って当然と言ってた師匠が代わりに仕上げると言ったときに代わってしまった私も悪いですよ?でも、自分の師匠が代わるって言われて代わらない弟子がいますか?自分より上手く作り上げる師匠に代わらない弟子がいますか!!」


 エルドの不満が大爆発である。

 焦るカーマはエルドに落ち着くように言うが、言葉が3倍になって返ってくる。仕方がないと肚を決めたカーマがもう1度話を聞けと落ち着かせる。


「理由を言う前に約束して欲しい。禁酒にしないと。」


 あまりにも真剣に言うカーマに呆気に取られたエルドは了解の返事をしてしまった。


「理由はな、エルド。お前の体格だ。最初の試作品で訓練していた時を思い返せ。確かに振れてはいたがそれだけだったろう?振れているだけで、望むような結果が出せると思うか?敵は待っちゃくれねえぞ?」


 カーマに告げれた事実と理由にエルドは苦渋に満ちて顔を下に向けてしまう。この7日間で何度も感じたことだっただけに指摘され、素直になれなかった。


「その通りです、師匠。慣れない形状と重さ、それの習熟度。どれも正しいです。ですが・・・。」


「地力が足りてないとは思ってねぇ。そんなヤワな鍛え方は1度たりともしてないしな。だが、現状。体格だけはどうしようもねえ。こればっかりは。」


(まぁ、もしコイツがあの場所へ到達できる資質があれば話は違うがな。それに俺はコイツにその資質があることを疑ってないしな。)


「要するにだ!自分で作っておいて慣れない理由が体格なら使えるように素直に武器を自分に合わせろってことだ。それに小さい方で使い熟せたら、後はサイズが変わろうがどうとでも出来るさ。エルド、お前なら。」


 下に向いたままのエルドの頭をくしゃくしゃとカーマが撫でてた。それから、エルドはゆっくりと頭をカーマに向けて話し始めた。


(このまま落ち込んでいても仕方がないよな・・・。普段、手を出さない師匠が仕上げてくれた。それだけ自分の不甲斐なさが際立っていたって事か・・・。)


 本当はそれだけでカーマが手を出したわけではないのだが、普段の行いが行いだけにエルドは気づけず、エルドの視野が苦しみで狭くなっていた。


「師匠の言いたい事は分かりました。元々、器用な方ではないですし、師匠が折角仕上げてくれたこいつを使って、練度を上げます。」


 エルドはぎこちない笑顔をカーマに向けた。その笑顔を受けたカーマが更に口を開く。


「本来なら俺の狙いを言わないが今回は伝えておく。お前の視野を広げようと思ってな。色々な物や考えや出来事に触れてこい。嫌な事も憎らしい事も楽しい事も嬉しい事も沢山味わってこい。予期しない出会いもあるだろう。それも大切なことだ。

 それから発想と思考を柔軟にな。ヒトがデタラメだと言っても関係ない。俺がお前を認めている。それを忘れんなよ。」


「勿論ですよ、師匠!!」


 思い掛けないカーマの狙いを聞いて、エルドは驚きを隠せないでいた。自分がどれほど視野が狭くなっていたのかを痛感し、肩を震わせた。そんなエルドの肩を叩き、カーマは武器の事について話し合った。

そして、2人は新しい武器をどの様に携帯するかを最終の仕上げとした。収める場所は持ち手の近くに穴を開けて、腰に専用のベルトを巻いてその穴へ差し込める金属の棒を付けることで留め金とし鞘を作らなかった。


 翌日、準備を終えたエルドとサイファは玄関にて最終確認をしていた。天候は晴れており、上々の出発日と言えよう。

 エルドはカーマに振り返って挨拶をした。


「師匠、では、いってきますね。色々、見てきます。見られる余裕があればですけど。武器は装備して行きます。使い熟さないとダメですからね。」


「お前がそう言うなら構わないけどよ、相手は待っちゃくれねえぞ?」


「分かっています、それでも今回の旅はコイツで行きます。前のは予備として持って行こうと思います。街で面白いのがあるかもしれないですけど。」


「そうか、なら、これ以上は言わねえよ。んで、そいつの名前は決まったのか?」


「コイツの名前は【スティングレイ】。どんな意味があるかは分からないですけど、響きで決めました。前のは愛着がありますが、名前をつけるほど凝ったものでもないですし。」


「まぁ、そっちも大事にしてやんな。じゃあ、無事に帰ってこい。期間を言ってなかったな、そうさな・・・。1ヶ月ぐらいでいいか。それぐらいで帰ってこい。」


「分かりました。じゃあ、行こうか。サイファ。」


「あいよ、相棒。それではカーマ様。」


 扉を開けた2人が歩き始めた。1人は期待を胸に。1人は相棒と供にあるために。

 陽の光がその先を照らし、2人は見えない道を進んでいった。


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