44 エピローグ(1)

 返事が滞って、重ね重ね申し訳ない。あのあとしばらくしてから医者のところに行ったのだが、案の定、たいしたことないと言われた。慣れない肉体労働のせいで疲れがたまってきているから、ストレスの少ない作業場に配置転換するよう、上に掛け合ってみてくれるそうである。なので、結果的には、医者に行ってすごくよかったと思っている。別に薬を処方されたわけではないんだけど、なんだかすこぶる体調も良く、思考力のほうも次第に回復しつつあるようである。じきにぼくはまた明晰夢を見始めるだろう。あれがないと退屈だ。あれがあれば、ぼくはどこにでも好きなところに行けるんだからね。

 ところで、ぼくはこのところ奇妙な夢をいくつか立て続けに見たんだが、全部は書ききれないので、そのうちのひとつの場面だけ、きみにも報告しておきたい。現実でのぼくの回復につれ、夢の世界でのぼくも思考力を取り戻しつつあるが、それがまた、なんとも奇妙な夢なのである。夢の中でぼくは、ゾンビたちを集めて、丘の上から説教しているのだ。

「わたしの声が聞こえない者は、立ち去るがよい。わたしの声が聞こえる者は、ここに残れ。わたしはいまあなたたちの心に直接語りかけている。あなたたちは耳で聞くように、わたしの言葉を心で聞くだろう。あなたたちには心がない。それでは、あなたたちはどうして互いに意思を通じ合えるのか。自分の外部にいる他者と意思を通じ合えるのか。あなたたちが互いに意思疎通できるのは、あなたたち各々がそれぞれ独立に、わたしの精神へと接続していることによって、つまりわたしの精神を介してのみ、他者と意思疎通できているのである。あなたたちに精神や心なんてものは存在せず、世界にはただひとつの大きな精神が存在するばかりであり、あらゆる精神活動はその中で起こっており、あなたたち各々もその中におり、またその中でのみ、相互に意思を連絡し合っているのに他ならない。先ほどわたしは、わたしから遠く離れて立つもの、わたしの声が聞こえぬ者は、立ち去るように命じた。わたしの命令に従う者たちは、立ち去った。だが、考えてもみよ。声が聞こえぬ者が、どうしてわたしの命令を理解できたのか。それはひとえに、この世界に属するあなたたち各々が、このわたしの精神に接続しており、心の声という仕方で、わたしの意志を理解するからに他ならない。あなたたちは幸いだ。わたしの声を心に聞くことができる。あなたたちの心はわたしであり、わたしの心はあなたたちである。おお、汝ら、心なき者たちよ、…」

 このような調子で、ぼくは毎晩、夢の中でゾンビたちを集めて、丘の上から延々と説教しているのである。内容は多岐にわたっていて、わけのわからないことを言っているときもあるが、いま引用したような、比較的まともな(?)内容をしゃべることもある。ぼくはいったいなにがしたいのだろう。ゾンビに人の道を説いても、得るところなど何もなさそうだけれども。言い忘れたが、ゾンビというのは、例の、放っておいてもぼくのそばによってきて、ぼくの身体をべたべた触ってくる人たちのことであり、ホラー映画に出てくるような本物のゾンビのことを言っているのではない。まあ、体がちゃんとしている以外には、ぼくにはあまり見分けがつかないんだがね。

 彼ら以外の人々の視線は、とても冷ややかで、なんだか刺すように痛い。ぼくのほうを奇妙な目つきでじろじろ見てくるような者もある。街にいるとそのような人たちばかりだから、悪夢以外の何物でもないよ。だからぼくは、郊外にある丘のふもとにゾンビたちを集めて、退屈な説教を延々とすることで、憂さ晴らしをしているのかもしれない。ゾンビたちにはまことに可哀そうな話ではあるがね。

 それでは、今日はこれで。お体にお気をつけて。

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