34 夢のコントロールの探求(14)夢と自由

 優しい慰めの言葉、どうもありがとう。たしかにきみが言うように、物事が良い方向に向かうだろうという漠然とした予感をもつことは、精神的な健康を保つのに役立つのみならず、夢の世界での自分の運命を決する重要な態度でもあるのかもしれない。現実ではほとんど気休めにしかならないような励ましも、夢では世界の在り方そのものを根本的に変える力があるのかもしれない。自分が変わっても世界は変わらないのが世の実情だが、夢の世界では、自分が変わったら世界も変わってくれるのかもしれない。

 文句なしに素敵な考えである。望むらくは、ぼくもそれを本気で信じられたらよいのだけれど。ただしね。いかにそこが「夢の国」であるとはいえ、そこで抱く夢や目標までの距離があまりに遠すぎると、どうしてよいかわからず、途方に暮れてしまうものなのだ。いまのぼくの気持ちをきみに理解してもらうために、いまいちど「自由」というものについて深く考えをめぐらせてみようではないか。

 明晰夢の世界に初めて立つとき、人は現実とは根本的に異なる「自由」の感覚を味わうだろう。なによりそれは、明晰夢の世界が現実の世界とは異なるもうひとつの世界であるという事実に由来する。現実の世界は、本当に実在する世界であり、リセットのきかない唯一の世界である。現実の世界は、法に支配されおり、道徳や他人との約束事なども、ぼくたちの行動を実質的に規制している。現実の世界は、仕事や学業、あるいは家事などの、日々のわずらわしい責務で占められている。

 夢の世界では、めんどうな規律や責務などは一切なく、その意味では、人間は生まれて初めて「自由」の身となれる。そこでぼくがどんな行動をしようと、現実の世界の住人には無関係だし、彼らがそれについてとやかく苦情を述べ立てることもなかろう。少なくとも、ぼくが夢の中でどんなことをしようと、牢屋にぶちこまれることは絶対にない。ぼくは、やろうとおもえば、傍若無人にふるまうこともできる。殺人を犯すことすらできる。夢の世界は無法地帯である。ぼくはなにをしてもいい。何をしても許される。

 だが、それが果たして本当の自由を意味するのだろうか。疑問符がつくことに気づくまで、たいして時間はかかるまい。このように言うからといって、ぼくは何も、古い時代の哲学者のように、法や規範に従うことこそが、神の似姿たる人間にとって真の自由を意味するなどと主張したいのではない。ぼくたちの時代には、自由とはやはり、自分のしたいことを好きなだけするということだ。家でも学校でもそのように教えられてきた。「若いうちはなんでもやれ。失敗しても許されるのは、若いうちだけだ。」「子供には未知の可能性があります。人間は努力しだいで、なんにでもなれるのです!」

 だが、それはちがった。それは嘘だった。それは大人が子供に抱かせたいと考える、ただの夢にすぎなかった。大人たちは子供に、せめて子供のうちくらいは、夢を見続けていてほしいと考えるものだが、ある意味でそれは残酷なことである。何をしてもいいと言われても、実際には何もできなかった。ぼくの意のままになるものなど、世界のほんのごく一部でしかなかった。何をしても許されることは、失敗しても許されることにすぎなかった。それは空想の中での自由と実質的に何も違わなかった。

 自由とは、なんでも「していい」ことではない。それは自由の条件の一部であって、自由そのものではない。よく耳にする表現を用いて言えば、それは消極的な意味での自由にすぎない。もっとより進んだ意味での自由とは、自分のしたいことをなんでも「できる」ということだ。なんでも自分の思い通りに、自分の意のままに「なる」ということだ。現実の世界では、そのために金や権力が要る。すぐれた容姿、知性、その他ありとあらゆる能力が要る。そして、なにより重要なのは、心身ともに健康であること! 夢の世界でも、こうした自由の実質的条件を欠けば、本当の意味での自由は、そこにはない。それなくしては、ぼくは夢をコントロールしたことにはならないのだ。

 だが、現状は、まったくもって行き当たりばったりだ。ぼくはそのつど、自分が投げ入れられた世界の、特定の状況、特定の道具立てで、なにかおもしろいことができないかと、右往左往しているにすぎない。失敗は日常茶飯事で、目に見える景色は、暗く、憂鬱だ。正直なところ、ぼくは自分が何をしたいのかわからないよ。どうしてぼくは、夢の世界をコントロールしようと、ここまで躍起になっているんだろうか。

 ぼくは神のごとき力を手にしたいと願っているのかもしれない。しかし、何のために? それでぼくは何をしたいの? それでぼくは何をすべきなの? たった一人の世界で、すべきことなんてあるようには思えないんだけれどね。

もしかしたら、ぼくは愚かな独裁者たちと同じく、ただ征服的理念を抱いているだけなのかもしれん。もしこれが事実だとしたら、夢の世界の住人たちには、真に気の毒なことだよ。幸い、実現不可能な夢に終わりそうだがね。

 今日はこれで筆を置くことにする。きみもお体にお気をつけて。健康が一番大事なことだよ。それ以外のことは、二の次だ。

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