エレキテル仕掛けの黒入道

 空の向こう、宇宙より来たりし天の民。

 初めて来航した際、彼等は異様な風体で大江戸を騒がせた。

 人々は恐慌をきたし、石を持ち、銃を構えた。

 しかし。


「ほうほう。天人さんとは、こんなだったか」


 一人の男が、天の民の前に進み出た。

 彼は天の民が動揺する間もなく、観察し、帳面に書き連ねていく。

 人々も最初は驚いたが、天の民が大人しくしているのを見て毒気を抜かれた。


「ふむふむ。で、天人さんはお船が壊れて一旦着陸した、と。一度、お城に連れて行きましょうかね」

「カンシャスル」


 男の名は平賀源内。類稀な好奇心で異才と名高い人物であった。

 幕閣とのコネもあり、『えれきてる』の復元で評判となった経歴もある。

 彼は天の民と幕府を上手いこと繋ぐと、そのまま打ち解けてしまい。


「まあ身なりはちぃと異様だが、ほとんどオイラ達と変わんねえよ」


 人々にも分かりやすく、面白く。天の民のことを伝聞し。


「へえ。噂にゃ聞いたが、ほんとにこの世ってのは丸くて青いんだなあ」


 遂には天の民に認められてその船に乗り、空の向こうへと旅立ってしまった。

 彼が再び大江戸に立ったのは、なんと十数年後のことになる。


 ***


 さて話は十九世紀、現在へと舞い戻る。

 

 大江戸橋本町に、諸物請負を謳った『平賀堂』という店がある。

 この店、源内が大江戸に帰ってから始めた店であり、今では三代目となっている。

 ある屋敷の戸口周りを商店の部分とし、奥座敷の一部が工房となっていた。


 その工房前で青年が二人、言葉を交わしている。

 肉付きの差異などを除けば、二人は非常にそっくりだった。


ない、調子はどうだい?」

「後ぉ、もうちょっとだねぇ。げん兄」


 それもそのはず、三代目店主は、双子である。

 かたや明るい雰囲気の快活な男子。

 かたや絡繰だらけの工房に籠もる、若干のんびりとした感じの男。


「合点。お客さんには話しとくから」

「悪いねぇ」


 平賀元と平賀内。二人は血こそは繋がっていないが、源内の孫である。

 源内が帰国後に養子を取り、その息子が双子となった。


 二人は祖父の寵愛を受け、絡繰の手解きを受けた。

 兄は絡繰よりも人付き合いの機微に長け、弟は絡繰に天性の才能を発揮した。

 一人一人では難しくとも、合力すれば平賀堂を継ぐには十分な能力だった。


「ところで元兄ぃ」

「どうした?」

「ここんとこさぁ。絡繰達から、ちょぉっと妙な『声』が聞こえるんだぁ」

「ほう?」


 元は弟の言葉に顔を巡らせた。仕事が遅れている理由としては確かに弱い。

 だが弟が『声』について発言する時は、大抵なにかが起きている時である。

 そういう経験則を、兄は得ていた。


「うん。絡繰達が見てるんだぁ。この辺りにぃ、人斬りが出てるってさぁ」


 内の間延びした言葉に、兄の顔が曇った。

 やるべきことが、できてしまった。


「元兄ぃ?」

「内。アレの整備は整ってるか?」

「うーん。エレキテル周りがぁ、少し、かなぁ」


 兄は少し考えた後、弟に向けて言った。


「内。悪いけど仕事が終わったらアレの整備もしておいて欲しい」

「……分かったぁ」


 それきり兄弟は私語を交わさなかった。

 平賀堂にはちょこちょこと客が訪れ、やがて日が暮れていった。


 ***


 その夜。

 暗い大江戸の夜を、一人の旅人が早足で駆けていた。


「畜生、寄り道なんざしなけりゃよかった」


 提灯も持たず、家灯りを頼りに旅人は歩く。

 本日の宿が決まっておらず、必死に探していたのだ。

 しかし。


「今日の贄は、あの旅人だな……」


 焦る旅人は、後ろの警戒を怠っていた。

 黒の目出し頭巾に黒の服、黒の袴。

 あからさまに怪しい男が、旅人の背中を追っていた。


「くくく……。これで千人斬りまでまた一つ」


 辻斬りである。

 彼はこの辺りで用心深く人斬りを重ね、奉行所の追及をもかわしていた。

 辻斬りは慎重に背を追いかけ、時を待った。そして。


「うう、また原っぱか……」


 やがて家々は途切れ、旅人は天を仰いだ。

 見通しの広い草原は、辻斬りの多い場所として知られている。

 旅人の場合も、例外ではなかった。


「もし」


 黒ずくめの男が、旅人の前に躍り出た。

 居合一つで斬れる間合いで、いかにも話しかけるような体を装う。


「な、なん……」


 一瞬受け答えに迷う旅人。辻斬りは居合を抜き、仕留めようとする。

 刹那。二人の真ん中めがけて、太い棒が飛んできた。

 棒は大地に倒れ込み、辻斬りと旅人の間合いが開く。


「何奴!」


 殺戮を妨害された辻斬りが叫ぶ。

 旅人が泡を食って逃げ出そうとする。

 そして二人は目撃した。


 無言のままに迫りくる、人の形をとった黒一色。

 顔にあたる部分すら黒。闇の中でも映える黒。

 旅人の思考を吹っ飛ばすには、十分だった。


「出たあああああああああああああああ!!!!!」

「ああああああ!!!!!」


 旅人が荷物を放って逃げ出していく。

 辻斬りが黒へと駆ける。距離が詰まる。抜いていた刀を振り下ろす。

 しかし次の瞬間。刀身は半分となっていた。


「なっ!?」


 辻斬りが声を発した時には、既に太刀では長すぎる間合いに黒がいた。

 右の腕で刀を弾き返し、次の瞬間には懐へと侵入したのだ。

 黒の左腕が動き、辻斬りの腹に拳が刺さる。


「ごぉっ……!」


 身体がくの字に折れる辻斬りの頭へ、黒の右手が伸びる。

 頭を押さえ、腹から持ち上げ、辻斬りを担ぎ上げてしまった。


「や、やめろ……、うわーっ!?」


 辻斬りは手足をバタつかせて抵抗するが、黒は無造作に男を投げ捨てた。

 辻斬りは無様に草むらへと落ち、そのまま動かなくなった。

 黒はしばらく辻斬りの方向を見つめた後、大きく息を吐いた。


「ふう……」


 頭を覆う装甲を外す。黒が取れ、精悍な青年が現れた。

 平賀堂の店主兄弟の兄、元だった。


「あやかしの類と思ってくれれば損はないが……」


 言い聞かせるように言葉を吐き出す。

 かつて祖父が復元したエレキテルと、天の民が使う妖術。

 二つを融合させたのが、元の着用している『黒』。


 エレキテル・パァクエレクトリカル・スーツだ。


 細かい話は内の方が詳しいが、簡単な原理だけは聞いていた。

 電気の刺激によって身体の動きを良くし、能力を引き上げるという。

 素材は天の民由来であり、簡単に破れることはない。


「じいちゃんが作った時は重かったけどぉ、改良したからだいぶ楽だと思うよぉ?」


 祖父からの知恵を吸収した内が、自慢気に語っていたことを覚えている。

 確かに祖父の蔵から出した当時はもっと硬いものだったと記憶している。

 ガチャガチャと鳴り響いていた覚えもあった。


 帰還した後の祖父は、決して順風満帆ではなかった。

 政治体制の変遷により、空向こうの経験談は戯作に変えざるを得なかった。

 学んだ技術も、無闇には使えなかった。


 源内が手を天に向けたまま世を去った、その日のことも覚えている。

 最期まで、祖父は空の彼方を諦めていなかった。



 そんな源内が作った唯一の作品は、元が纏うスーツの元となったもの。

 元は悩み、弟と語らい。結果として密かな自警活動を開始した。


 絡繰の『声』を聞ける弟の力と、自分の聞きつけた市井の噂。

 二つを合わせて悪党を察知し、打ち倒す。祖父の作ったものを、有益に使う。

 祖父の無念を晴らす、自分達なりの決意だった。


「よし、帰ろう」


 辻斬りが本当に動かないことを確認して、元は野原を去っていった。


 ***


「さあ大変だ! またしても『妖怪黒入道』が出たってさあ! 中身が読みたきゃ買った買ったぁ!」

「買った!」

「私が先よ!」


 瓦版屋が見出しを大仰に作り、人々を煽って記事を買わせる。

 そんな街の日常を、韋駄天の辰は路地裏からそっと見ていた。


「妖怪ってのは少々眉唾だが……。火盗には関係ないかねえ。くわばらくわばら」


 大げさに震えるような真似をしながら、彼は次の仕事へとかっ飛んでいく。

 黒入道と韋駄天、そして鬼。三者の縁は、後に奇妙な重なりを描くことになる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る