第三話 ネゴシエーション? リサベルさんと愉快なごろつき達(2)

「さっきさ、キミ達は『まだ返済の期日前』だって言ってただろ。そしてどうやら俺の存在が、その借金返済に関わってもいるらしいじゃないか。て事は無事に返せる可能性も有るって訳で、別に今そんな必死にならなくても良いんじゃないのかい?」


 俺は冷静に、そして意図して平然な表情を見せながらそう語っていった。


 そんな俺を、アクアレーナが真顔で口を開けた状態で見てる。


 まるで『どうしてそんなにも冷静に状況を見られるのですか?』とでも言いたげにね。


「アクアレーナ」


「はいっ!」


「キミ自身にも、その借金をちゃんと返せるは有るんだよね?」


「も、勿論ですっ! フレイラ家が抱える地方職人の利益収入を得られれば、決して返せないものでは無いのです!」


 彼女はその直後に「ただその為には――」と続けるけど、その先の言葉は俺が止めた。


「今はそれ以上はいい」


 わざわざリサベルさん達も居る所で、こっち側の弱みをさらす事は無いからだ。


 それにしても。


 地方職人、か。


 ふふっ、なんかマジに『仕事』って感じがしてくる単語ワードに、思わずサラリーマンとしての血が騒いでくるよ。


 ――なんかごろつきその一が、俺へと絡んできた。


「おいニホン人! さっきから何ニヤついてるんだ!」


「えっ、俺今笑ってたか?」


 自覚が無かったから素直に尋ねただけだったんだけど、どうやら俺は本当に知らない内に笑みを漏らしていたらしい。


 ごろつきその一はそれが気に入らなかったようだ。


「いや違うんだ。ちょっとニホンで勤めてた職業の事を思い出してただけでさ――」


「この状況でなんで別の事を思い出せるんだよっ! お前、俺達の事を馬鹿にしてるだろ!」


「――ッ! レン様に怒鳴り立てるのはおやめ下さいませ!」


 突然アクアレーナが俺とごろつきその一の間に入って、そう叫んだ。


 さっきまで萎縮してたっていうのに……。


 俺に危害が及びそうになった事に、奮起してくれてるのか……。


「そうだぞお前達、このリサベル様とアクアレーナの会話の邪魔はするな」


 リサベルさんの方も俺達のいさかいを制止する。


 まあこの子の場合は俺の身を案じてくれた訳しゃなく、純粋に自分の邪魔になられるのを嫌がったという所だろうけど。


「すいやせん、姉御」


 リサベルさんに怒られた途端、ごろつきその一がと謝っていた。


 ……ふぅん、これは彼女のな見た目に惑わされない方が良さそうだな。


 マジで彼女はこいつ等を引き連れるに値する、そんなカリスマ性を持ってるらしい。


 一方アクアレーナは、あくまで俺を気に掛けた様子で振り返ってきてくれる。


 けどさっきの毅然とした口調や雰囲気から一転して、その表情はまた沈んでいたんだ。


「レン様、突然こんな事に巻き込んでしまって申し訳有りません。本当なら、もっと落ち着いた状況の中で全ての事情をお話しするべきだというのに……」


 そう言葉を紡ぐ彼女は、とても不安げでさ。


 それは感情の振れ幅が激しいのとはまた違う、もっと根の深い所から滲み出ている不安さみたいに感じられて。


 ……なんなんだろう、彼女が時々見せるこの自信の無さは。


 最初に俺に飛び込んできた時や、さっきみたいな情熱的な振る舞いの方が、きっとキミらしいに違い無いのに……。


「……いや、良いよ」


 これは俺の本心だった。


「レン様……」


「もう既に異世界への転移なんていう、ハイレベルなトンデモ現象に巻き込まれてるからね。それに比べたらこんななんか軽いもんだって」


 そう言いながら、入れ替わるように俺が彼女の前に出る。


 寧ろこういう状況はさ、まだちょっと親近感があるなって位に感じるよ。


 こういう如何にもな展開、ニホンの漫画やドラマではよく有ったしね。


 そんな思いで連中の方を見ていたら、奴等の姉御ことリサベルさんがやはり一番に口を開いてきた。


「おいお前、ここまできてまだ引っ込んでようって気にならないのか?」


「正直キミ達の『期日前に取り立てる』という話には、スジが通ってないと思うんだ。そういう理不尽なのは俺は好きじゃあ無いから」


「『最初とは事情が異なる』って事も有るんだよ。私達にとっちゃあ、親方様からの命令を遂行するのが何よりも大事だからな」


 つまり『元々そういう仕事を任されてるから、自分達としては仕方が無い』って訳か。


「その事情っての、教えてくれたりはしないよね?」


「当たり前だろーが。『信用の無い相手に教えてやる事は無い』んだよ」


 それはまあもっともだとは思うよ。


 だからこそ、ここでなんて弱腰は見せられないね。


「じゃあこっちも『粘りを見せる』しか無いな」


「ちっ」


 俺とリサベルさんの間には張り詰めた空気が流れていたけれど。


「……ヘタな情で厄介事に首を突っ込む前に、大人しくニホンに帰った方が良いと思うぞ」


 彼女は俺に対して、そんな心配もしてみせてきた。


 その口調にはやや嫌味っぽさも有るけどさ。


 でも俺へのその言葉は彼女が根っからの悪人って訳では無いという、そんな人情味も感じさせる。


 ふっ、仕事上の敵さんであっても、こうして向き合ってる内に少しは気持ちを覗かせてくれる事も有るものさ。


 でも、その心配には生憎とさ……。


「いや、俺は別にニホンには未練を感じてなくてね。はっきり言ってもう、過去の世界だって位に思ってるんだ」


 ……あそこにはもう守るべきものなんて無いから。


 ――だったら別にさ。


「だからこのゼルトユニアで俺に確かに降りかかる出来事が有るのなら、それはきちんと経験した上で、俺自身が対処していきたい」


 この新しい世界で、それまでに培った自分の心と力で、何処までやれるか張り切ってみたって良いじゃないか。


 リサベルさん達の事とか、アクアレーナの事とかも、ただ巻き込まれてるってだけじゃあ無い。


 ゼルトユニアに転移して、その直後にあの『ウエディングベル』が鳴った時から、もうこの世界での事は、俺の事だ。


 俺は、そう思ってるよ。


 ――3へ続く―― 


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