第二話 ゼルトユニア! ニホン人とこの世界の関係(1)

 俺は今、アクアレーナと二人きりで馬車の中に居る。


 内部は結構色んな物が揃っていて、数日の間ならこのまま旅に出たって問題無さそうな位の充実っぷりだ。


「レン様」


 ……この時点で分かってたんだけど、どうやら彼女は結構良い所の家柄なようだね。


 この道具の揃った馬車は正に彼女の自家用の馬車であり、彼女の意志で何処へでも好きに走らせる事が出来るんだってさ。


「飴、お食べになられますか?」 


 花嫁衣装のまま優雅な物腰で座っているアクアレーナは、この馬車の中では全く浮いた感じがしていない。


 寧ろ良い所の家柄の風格が出てる。こういうのって小手先じゃ絶対に出せない空気だ。


 だけど――


「うん、いただきます」


 ――俺がそう答えた時にはそんな彼女が少しきょとんとした様子を見せて、なんか、でた。


「い、いえ……有り難うございます……」


 そんな顔で籠の中の包みを手渡してくれたもんだから、俺もちょっと恥ずかしい気持ちになってしまう。


 さ、先にありがとうとか言われたら、俺が言えなくなっちゃうじゃん……。


『いただきます』って、別にそんな大した言葉でもない筈なんだけどな……。


 この馬車は彼女の屋敷へと向かっている。


 前もってそう告げられていたから、まあ当たり前の事ではあるのだけれど。


 なんか急にそわそわしてきた、かな。


 そんな気持ちを紛らわせようと、包みを広げて出てきた黄色い飴を頬張る。


 甘さがやや強いけど、きっと旅路なんかではこの方が疲れに効くんだろう。


 実際今の俺にはめっちゃ美味しいし、落ち着けた。


 なんとなく、ポケットのスマートフォンを取り出してみる。


 充電は残り一%か。


 この状態になってからが意外と保つものなんだけど。


 それでも電波の方はこの世界に来てからずっと零だったから、別にこれで何が出来るって訳でも無い。


「スマホ、というものですね?」


「知ってるの?」


 アクアレーナがそう尋ねてきた事に俺は逆に驚いて、問いに問いで返してしまってた。


「以前に知り合ったニホンの方々も、皆持っていらしたので」


 彼女はそう答えた時には、なんか物憂げな表情でさ。


 うーん、そういう顔をしているって事は……。


 もしかしたら俺がこの世界に来る前に居たっていう、彼女から逃げた男達を思い出してるのかも?


 ……でもまあ、その辺を聞くにはまだまだ早いよね。


「この世界、ゼルトユニアだっけ? 結構、ニホン人来てるんだね?」


 やや間を置いた言い方になったのは、俺がわざとそうしたからだ。


 演出――って程でもないけどさ。


『俺はキミのその物憂げな気持ちを感じ取っているよ』という事を、彼女に暗に伝えたかったんだ。


 俺は今、彼女と初めて心の距離を近付けてみようとしてる。


 こういった事は、壊れ物に触る位の慎重な気持ちでやらなきゃいけない。


 ……お互いの住んでた世界が違うっていうなら、尚更ね。


「はい。……私の屋敷に仕えている料理長もニホン人なのですが、その者が転移したのは三十年も前であったと聞いていますわ」


 彼女は返事をした後、そんな話を俺に振ってくれた。


「そうなんだ!?」


 別の意味でまた衝撃的な話が出て、つい派手に驚きはしたけれど。


 でも同じニホン人の事でも過去の色恋とは全く関係無さそうで、そこには俺はほっとしてた。


 もしさっきの俺の言い方を彼女が察して、それで話の方向性を変えてきてくれたんだとしたら、嬉しいかな。


 どうあれここで変に重い話とかしてこられてたら、反応の仕方に困ってたのは間違い無いもん。


 それにしても異世界転移ってのは別に最近だけの事じゃ無く、そんなにも前から起きてたんだな……。


 その事実に俺が目を丸くしているのを見て、アクアレーナは今度はたのしげに笑いだした。


「ふふっ。今晩はその料理長の手による和食を、レン様に召し上がって貰おうと思っておりますのよ」


 なんか自慢げな感じでそんな事まで言ってきてる。


 さっきの表情は何処へやら。やっぱりキミって諸々もろもろの振れ幅が大きいぞ。


「そっか。期待させて貰うよ」


 まあ、それでも可愛げのある顔をしてくれてた方が、こっちも落ち着くってもんなんだけどね。


 ……ニホン人が多いだけでなく、その食文化までがこのゼルトユニアでは周知のものとされているらしい。


 それは俺にとっては大きな情報な気がしてる。


 その上で、俺は改めて微笑み顔のアクアレーナを見遣った。


 彼女はニホン人としての俺の事を思って、和食なんて用意してくれてたのかな。


 ……あー、やっぱり困ったかもしれない。


 だってそんな奥ゆかしさを見せてこられたらさ、そりゃあ彼女自身への興味も少しは出てきちゃうじゃんか。


 ――2へ続く――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る