四章 - 最後にはあるべきところに収まる7

 志穂は配信を見ながら、無言でビデオの電源を切る。動画の通報をしてからサイトを閉じた。それから部屋を見渡す。赤い文字が書き殴られた部屋。アルコは何を思ってこれを書いたのだろう。

 志穂は室内に悲しみが充満しているように感じていた。悪意や憎しみのような生命力のあるエネルギーではなく、必死に抵抗しなければ沈んでしまうような悲痛さだ。それは、アルコの芸術に対する愛のように思えた。


「場所はこのままで、あまり触らないでください。部屋を撮影して修復にかかる費用のすべてをアルコさんに請求しますので」

「はい」


 スタッフがレジデンスを管理する団体の施設長に電話をしている間、志穂は部屋にアルコの痕跡がないか手を触れずに見回っていた。部屋のすみずみまで掃除したようで、髪の毛すら残っていない。閉められたカーテンにすら隙がないほど整えられた部屋。描かれた文字のいびつさが整った空間とのギャップを鮮明にしている。


 整えられた部屋と赤い文字。


 あれ。


 何かが気になる。心の上を筆で触られているようなざわついた感じがする。志穂はいくつかの場面を思い浮かべる。ソヨンの作品が飾られたカフェギャラリー、閉鎖したアパート、自分のアトリエと制作途中の作品、ヨンジャの自宅の菓子の山、アルコの個展オープニング、真山の「手と骨」、そしてアルコの赤い文字の部屋。


 ほとんど形が組み上がっているのに、決定的な何かが足りないことが分かっているような。昔、これと似たような感覚になったことがあったような気がする。志穂は心の中を探るように集中する。言葉を減らし、探索するように心の中にサーチライトを照らしていく。深海に下りていくように静かに。

 見つからない、それでも答えがそこにあるのは確かに分かる感じ。それは新作のアートをつくる時の感覚に似ていた。


「いったん、ここを出ましょう。それと、個展のオープニングを伸ばすかどうかを相談したいのですが、ちょっと先に事務局と相談しないといけないです」

「はい」


 スタッフと一緒に部屋を出ると、近づきかけた答えが遠ざかったのを感じる。スタッフと別れて志穂は一人、個展会場に入った。

 赤く文字を塗られた作品の写真を撮って、真山に送る。


「こんなにされちゃった。最後のつもりだったのに。もうやめろってことだよね笑」


 陽気なスタンプと合わせて送ったメッセージ。真山からすぐに返信がきた。

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