四章 - 最後にはあるべきところに収まる5

 遺作のヒントとなりそうなものが写真に映り込んでいるかと思ったが、志穂には分からない。画像を転送してもらうように話し、何か気づいたことがあったら連絡すると伝えて、志穂は病室を出た。


 電車でレジデンスに帰る途中に、志穂は真山に連絡を入れる。「手と骨」を見たということ。本当に素晴らしいと感じたこと。

「今ってほとんどこういう作品つくってなくない? もうつくらないの?」

 しばらくして、返事がきた。それは志穂が予想したより、とても長い返信だった。


「あの作品以上のものが、自分には創れないって思ったのもあるんだけど。自分はアーティストに向いてないって分かったからっていうのが、一番大きいかもしれない。

 ソヨンと長く一緒に住んでたんだよね。正直なところを言うと、学校での評価も俺のほうが彼女よりよかったと思うんだ。作品の理論を組み立てるのが好きだったし、他の人の作品の批評するのも好きだった。

 批評っていうよりはあら探しか、自分のほうが相手より考えてるってことを見せつけたかっただけかもしれないけど。

 でも考えるのが好きだった。考えて写真を撮りに行って、また考えて。そういうサイクルが好きで。ソヨンはもともと考えるのはとても苦手な子だった。彼女に頼られるのは好きだったし、アドバイスすることで彼女の作品が良くなるのを見てるのも好きだった。

 でもそのうち、彼女はもしかしたら俺よりいい作品を創っちゃうんじゃないかって思い始めた。嫉妬っていうよりは恐怖だった。彼女の作品の弱さを指摘すればするほど、彼女は必ずそれを克服し、強度のある作品を創って返してきた。

 俺が言うことをなんでも受け入れるソヨンに言ったことがある。


 なんでも受け入れるとか、全然アーティストの生き方じゃなくない? ソヨンは自分がなさすぎるし、アーティストとしてのプライドがなさすぎるよ、って。


 その年に学内で開かれた小さなコンペでソヨンが賞を獲って、その後に創る作品について話し合ってた時に考えたアイデアが『手と骨』なんだよ。あれは俺の作品だと自分では思ってたけど、ソヨンと話したことがアイデアのきっかけになってる。いや、ソヨンが言ったことがほとんど作品の核になってるって言っていいと思う。

 『手と骨』を見てると、自分の中でこれは本当にお前の作品なのかって問いかける声が聞こえるんだ。お前は盗作したんだって。人のアイデアを盗んで、自分のものみたいに言おうとしてるんだろって。

 俺が教えてやってたはずなのに、超えられて追いつけない。追いつけないって分かってしまった。だから、アートなんてもう興味がないって言ってやめることにした。逃げておけば負けなくて済むだろう?

 彼女が同じタイトルの作品を遺して死んだのを聞いて、ずっと責められているような気がしたよ。本当はもっと早くデビューできたはずなのに、俺が彼女の才能を閉じ込めてたんじゃないかって。

 アーティストは、そういう生き方しかできない人たちのことなんじゃないかと思ってる。で、俺はアーティストじゃなかった。今の仕事は好きだし、充実もしてる」


 志穂が返信できずにいると、しばらくして真山から短いメッセージがきた。


「手と骨は、俺の作品じゃない」

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