第40話:ドイツのアートセラピーの話

病院生活を長く過ごしていて、記憶に残るセラピー体験が幾つかある。

一つは、アートセラピー、セラピーの先生は普通のおじさんなんだが、

会話していると出てくる、頭の良さや聡明さと言った知性を感じる男の人だった。

彼にとって、多分僕は非常にやりづらい相手だったと思う。

このセラピーは、絵を描く事を行う、自分で選んで、描きたい物を描く。

つまり、自主性と感性を刺激する事が目的なのだろう。

だが、僕は元々美術が苦手だ、と言うより、授業として受けた事が殆どない。

そして、別に描きたい物が無かった。

絵は見る物、そんな認識だった。


初めてセラピーを受けた時、先生は頭を抱えながら言った。

「ん~君はアートが嫌いなのかい?」


僕は首を振りつつも考えながら答えた。

「見るのは好きですが、何を描けば良いか分からない」


先生はニコニコしながら言う、

「君が描きたい物を描くんだよ~自分の心に従うんだ」


「何かカッコいいですね、自分の心に従うって、

 でもすみません、特に無いです」

僕には特に無い、描きたい物?描いて何になるの? 

これが率直な気持ちだったと思う。


先生は顔を少し上げ、考えながらファイルを手にし、ファイルに有る絵をみている。

数秒後、絵を取り出し、僕に渡す。

「これを描いてみて~君なら描けるはずだよ~」


渡された絵は、ヨーロッパの街並みを上から見た絵だ

難易度が高いな…と


先生はニコニコしながら

「大丈夫だよ、これはあくまでトライするのが目的だから~」

「描いて、描いて、何か感じる事があるかも知れないよ~」


何か掴み所の無い人だな、なんて思いつつ

「分かりました、やってみます」

とか言って描き始めた。


絵やアートに対して思い入れのある人が聞くと怒られるかも知れないが、

僕は絵とかを見ても、線の集合体としか思えなかった。

色とかも枠の中にどれだけ入って、どんな形をしているのかとか

そんな認識しか持っていなかった。

勿論、描く技術があるのは知っているが、僕には無い。

これだけ聞くとお分かりになるが、凄くテンションは低い、冷めてる人だ。

やらないと…と思い

僕は音楽を聴きながら描く事にした、あの時は確か…


SabatonのDevil Dog


関係は無いが、Sabaton はスウェーデンのバンドで、戦争を題材にした曲を歌うメタルバンドだ。

一部の曲は、鼓舞する、テンションを上がるので、何かを成し遂げたい時に聞く。


聞きながら描いていると、先生から質問を受ける

「おお、何を聞いてるんだい~?」


イヤフォンを外し、答える

「今はヘビーメタルですよ」


先生はニコニコしながら、

「君は音楽をよく聞くって聞いていてね、どんな曲を聞いてるか気になったんだ~」


そんな情報も行くんだな…と思いながらも、答える

「そうなんですねー…?」


先生は描いている絵を見て答えた

「線にメリハリがあって、見た物を描いているね、でも、この絵は君の絵じゃない」


「ん?自分の絵?」


「うん、君自身の絵じゃないんだよ、絵には君が現れるからね~」

「次は、自分で選んでみてよ、きっとそっちの方が楽しいよ~」

この日は時間が来て、これで終わった。


自分の絵ねぇ…

未だに分からないが、癖とか特徴なんだろう。

そんな事を考えながらセラピールームを後にする。

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