第29話 神楽祭3


 「なあ、あの踊り手、誰だ?」


 「さあ、見たことないけど、どこの当主だ?」


 周りからひそひそと話す声が聞こえてくる。少しばかり得意に思っていると、神楽を終えた美咲が乙葉のもとに戻ってきた。


 「ねね、ちゃんとできたかな?」


 「ああ。正直、見惚れたよ」


 「ふふ、ありがと」


 そう言って、笑った彼女の顔は、満足と安堵に満ち溢れていた。


 「体、大丈夫か?」


 「うん。最初は霊気の濃密さに驚いたけど、私のとは相性が良かったみたい」


 「そっか。それなら、よかった」


 神楽を終えた美咲と、まだまだ続く神楽を眺める。似たような型が連続すると、さすがに眠気が襲ってきた。


 (いかん、いかん。起きてなきゃ)


 こめかみを押さえて、ふと横を見ると、美咲が盛大に船をこいでいた。


 「おい、大丈夫か?」


 「・・・ふえ?、ね、寝てらいよ?」


 「・・・・帰るか? 公開討伐は神楽が終わってから、丑三つ時まである。その後に懇親会だから、今のうちに休んだほうがいい」


 「ん、うん? じゃあ、そうしようかな・・・」


 「ああ。そうしよう。ほら、肩貸すから」


 「うん・・・・・」


 乙葉は今にもへたり込みそうな美咲に肩を貸し、神社の人込みから抜けた。すると、目の前にあの男が立ちふさがった。


 「ちょい、待ちぃ。約束はどうなんねん」


 「・・・・俺が出る」


 「ほうほう。それならええんや。じゃあ、夜を楽しm」


 「どけ」


 乙葉は男の霊力の波長を覗き込むように、にらみつけた。当主レベルで霊力が扱えれば、自分を覗かれていることくらいは本能的にわかるはずだ。


 「・・・・・あ、ああ。すまんかったな」


 「・・・・・」


 乙葉は、無言で男の脇を通り過ぎた。男は体を震わせながら、立ち尽くしている。


 「・・・・・はああ、」


 乙葉の姿が見えなくなってから、男は長い溜息を吐いた。脇にはじっとりと汗がにじんでいる。


 「・・・ゾクゾクするで」


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 宿に戻った乙葉は、布団を敷き、美咲を寝かせた。


 「あ、りがとうね・・・・」


 「気にせずに眠りな。懇親会までには起こすから」


 「うん・・・・・・・」


 小さな声で返事をした美咲はすぐに眠ってしまった。


 「さて、と」

 

 乙葉は懐中時計を取り出して、鴉に話しかけた。


 「彼女を護衛できるか?」


 «公開討伐中もだろう? そうなると、お前は霊体維持に意識を回さなきゃならんぞ»


 半分が霊体の乙葉が霊装を展開すると、霊体と霊装、両方の維持に意識を割かざるをえなくなる。それは人間の能力的に無理なことだった。


 「わかってる。けど、今夜一晩くらいならで保つと思う」


 ※次回更新 5月16日 土曜日 0:00

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