第7話 訪問


 「そ、そうよね・・・」

 

 「すみません」


 「いいえ。あなたの好意に甘えていたわ。でも、もう少しだけ待ってちょうだい」


 「はい」


 結局その後、美咲が現れることはなく、乙葉は篠宮家を後にした。


 «めんどうなことになったな»


 「まあ、釘は指しておいたし、これ以上こじれることはないだろうけど」


 «だが、仕事が増えることに変わりはあるまい?»


 「それに関しては今でさえやる気が出てこない」


 この主従はどこまでもものぐさであった。そのくせ自分を鍛え、高めることにはストイックというちぐはぐな性格をしていた。


 --------------------------次の日


 乙葉はいつも通り早朝から起き出していた。広い庭でランニングからシャドウボクシング、はてには木刀も振り回す多種多様なトレーニングを終え、乙葉は朝食を作り始める。


 食パンをトースターに放り込み、昨晩の残りを温めながらトマトを丸かじりする。トマトのヘタをゴミ箱に投げ、トーストにピーナッツバターを塗り、食べる。口にくわえながら、今度は卵をゆで始める。温めたおかずを腹に流し込み、ゆで卵にかぶりつく。


 乙葉の朝食において着席という言葉は存在しない。すべて作りながら食べる。


 (学校でお嬢さんと会わないといいなあ)


 乙葉は身支度を整え、家を出る。もちろんメガネもしている。


 「おはよう」

 

 家の林を抜け、公道に出ると、声をかけられた。


 「・・・・へ?」


 (なんでここにお嬢さんが?)


 そこには制服をきっちりと着こなした篠宮美咲がいた。今までの怒ったような様子はなく、どこか居心地悪げにたたずんでいる。


 「あ、ああ、おはようございます」


 「う、うん・・・・・」


 「・・・・・・・」


 (き、気まずい・・・)


 お互いに黙って立ち尽くしていると、いきなり美咲が頭を下げた。


 「・・・昨日はごめんなさい」


 「その、失礼な態度をとってしまって、ごめんなさい」


 「い、いえ、気にしてませんから。お嬢さんもお気になさらないでください」


 「ありがとう。でも敬語はなしにして? あとお嬢さん呼びも」


 美咲は表情を明るくして、そんな風に言ってきた。だが、不思議と不快感はない。


 「わかった。どう呼べばいいのかな?」


 「普通に美咲でいいわ」


 「ん、俺も乙葉でいいよ」


 二人は肩を並べて、ゆっくりと歩き出した。


 「昨日信三おじさんに何言われたの?」


 「あなたがとても強いことと、私が井戸の中の蛙だったてこと」


 「そ、そっか」


 (強いとか言われると、気恥ずかしいな)


 «何言ってる。お前がそういったんだろうが»


 (そういえば、そうだったな)


 ※次回更新 2月29日 土曜日 0:00

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