第五話 もっと出世しよう前編

 ――――とうさん、おれはおうさまになりたいです。


 ――――デルニシテ。俺の息子。お前はお前の望むままの王になれるだろう。だが…



 ――――その道は、お前に孤独を強いるよ。デルニシテ。





 前回までのあらすじ。


「転生かどうかは知らないけど生まれた時からチートだったのでこの度無双してめでたく英雄になった」


 デカい戦争で活躍しめっちゃ出世してめっちゃ褒められた主人公デルニシテ。調子に乗って勤務時間中にお昼寝でもするかぁ!なーんて世の中上手くはいきません。軍人ド素人のデルニシテはガナルとブレナン、二人のおっさんによる隊長育成教育を受けるハメになりさらにそこへ現れたサヴィラの騎兵ドゥリアスが乗馬教育係兼お目付け役に就任、おまけに講和で戦争が終わって次の手柄も立てられない!


 なので。


 デルニシテの伝説に特筆される出来事のある数年後まで話は飛びます。






 デルニシテはめちゃ有力な上官アルハレンナの推薦もあり一躍小隊長に、地位も一気に一位尉官に異例の大抜擢を受けたわけですが、躍進には当然嫉妬とかしがらみが付き物ですよね。今回はそんな嫉妬やしがらみでデルニシテにコナかけた命知らずが酷い目に遭うお話。先に言っておくとシメのセリフは「とほほ~もう権力闘争はこりごりでごわす~」です。


 その始まりは、なんでもないある日のこと。


「伝令!敵本隊はもうすぐこの砦に到達します…!」


「ぐぅ…もはやこれまでか!せめて、せめて援軍が来れば…!」


 砦の指揮官は臍を噛む思いで未だ姿の見えない増援に歯噛みしていました。


 ミザ王国、王都南方に広がる山麓には国境を守る砦がいくつか建設されており、その中の一つが今、陥落の危機に陥っているのです。


 ええ、戦争です。北のサヴィラと講和してたった数年で今度は南にある国が調子に乗ってカチコミかけてきたわけです。


 しかし今や大国であるミザに喧嘩売ってくるだけあってなかなか気合の入った連中でした。堅牢堅固の国境砦を幾度かの突撃で突破しようとしているのですから寄せ手も名将と言って差し支えない人物でしょう。


「…もう我慢ならん!援軍とは嘘だったのか!おのれ本国め、かくなる上は敵国の尖兵として…」


 これ以上部下に苦労を強いるよりは、と。指揮官が国の歴史に関わる重大な決断をしかけた時です。


 傍らで副官が所在なさげに指揮官の肩を小突きました。


「…あ、あの」


「なんだ!私は、私は今仰ぐものを間違えた己への自己嫌悪で」


「援軍、来てます」


「…え?」


「昨日、一人の若い兵士を倉庫整理へ回しませんでした?」


「ん?…ああ、そんな覚えがある。あんまりにも腑抜けた顔をしていたものだから叱りつけた覚えがある」


「彼です」


「は?」


「伝令!…いや伝令かどうかは微妙なのですが、昨日から倉庫にこもっていた若い兵士が突然剣だけ握って脱走しました!」


「え?」


「で、伝令!最終防衛線が突破され…たのですが!突如現れた剣士と我が方の兵が敵本隊を押し留めています!」


「え?」


「彼です…かの戦で、あのアルハレンナ殿に見出された天性の剣士」


「彼だというのか…騎兵狩りの異名を取る、あの!」


 先程まで憤怒と絶望に震えていた男が、今はわなわなと涙に打ち震えながら、その名を口にしました。


「あの、百人斬りのデルニシテ・イーデガルドが、来てくれたというのか!」


「あのもう来てます…」


「こうしてはいられん、我々も打って出るぞ!かの騎兵狩り、百人斬りのデルニシテ・イーデガルドが来ているのであれば万に一つの敗北もありえん!今こそミザ王国軍国境警備隊の力を披露せん!」


「伝令です!増援デルニシテ小隊、敵本隊を撃滅し敵将を捕縛したとのこと!我々の勝利です!」


「な、なんと!?で、では出迎えの用意を!英雄を迎えるにふさわしく胸を張り整列だ!」


「伝令!デルニシテ小隊はそのまま帰途につきました!」


「一挙手一投足が早すぎない!!?」




 そんなこんなでデルニシテも再び戦場でイキイキと活躍していました。


 そりゃ帰れば書類やらなんやら面倒な仕事はありますが、それ以外の楽しみも待っているのが我が家というもの。剣磨きオタクのクソ陰キャのデルニシテもアクティブになるのです。


「お前はどうしてこう!!!人の言うことを聞かねぇンだ!!!」


 具体的に言えば帰り道の山道を進みながら山中全部に響き渡らんばかりのガナルの叱責を無視するくらいアクティブな気分でした。


「お前のせいで山ン中彷徨って余計な被害出しちまったンだぞ!?アルハレンナ殿に怒られンの誰だと思って…!」


「僕が間に合ったので大丈夫です」


「大丈夫じゃなかったわ!!!」


 まあ、割と限界ギリギリではありましたが間に合ったことには違いありません。デルニシテにしても、普通の道では間に合わないなと思ったからこその大胆な山中行軍に打って出たのですがガナルとしてはやはり複雑。


 とりあえず、いくら打っても響かない天然にキレる無駄をガナルは知っているのでため息一つ吐いてこの場はおしまいです。


 手綱を取るドゥリアスに背中を預け、彼の愛馬たるアルティの背でデルニシテは使ったばかりの愛剣を上機嫌で磨く。


 元より異常なまでに血脂の汚れをつけない風変わりな殺人剣術ですが、デルニシテはさらに綺麗好きです。いい加減剣の方が磨かれ過ぎで鈍っているような気がしなくもないですが愛剣なので手放すつもりは今のところなさそうで。


 戦争中ではありますが、そんないつも通りの日常を噛み締める猶予のある、その日はいい日だったと言えましょう。


 ただ、その日は。


「…ん」


 少しだけ、運命の食い違う日だったようです。


「ガナルさん」


「あン?」


「仕上げに使う綿毛を知りませんか」


「知らねぇよンなもン。いつもの道具袋にねぇのか。…つーか何に使うンだよあれ。ポンポンして後を紙で拭ってるけどただの綿毛じゃねぇかあれ」


「ないです。…ガナルさん」


「ダメだ。お前わかってねぇな。今回はマジでダメだからな」


「さっきの砦へ探しに行きます」


「ダメだっつってンのにお前はもう!!!!!」


 クソガキの魂百まで。最近腰痛がごまかせなくなってきたガナルとは違い、デルニシテはまだまだ現役。どころかちょっと背は伸びたし力はさらに強まった。厄介極まりない。


「あのな、他ならぬアルハレンナ殿の呼び出しだぞ?お前それを無視すりゃどうなるか、わかってンのか」


 世の理不尽を感じながらガナルはこんこんと隊長に道理を説いて聞かせました。


 しかし当の本人と言えば「すぐ追いつきます」の一点張り。


「そもそも、呼び出しって何の用事があるんですか」


 などと小癪な反駁まで始めました。


「そりゃ…アレだろ。お前の功績を評価したりすンだろ」


「国境へ派遣したのはアルハレンナさんなのに、まだ戦争が終わってないのに呼び戻すのもおかしい話じゃないですか?…まさか」


「…まさか?」


 ガナルは咄嗟に身構えます。デルニシテの動物的な勘は嫌なくらいに当たるもの。この数年それで救われたこともあれば危険に首を突っ込まされたこともありました。割合としては主に危険でした。


 急に表情を引き締めたデルニシテを見て、思わずガナルも息を飲む。


 果たして、語られた言葉とは。


「僕に、会いたいんでしょうか」


「この場で殺すぞ」


「フフ。ガナル殿、ここは俺に任せられよ。デルニシテの目付けとして必ず追いつくことを約束する」


 今にも剣を抜きそうな先輩兵士を朗らかに諫めるのは元サヴィラ連合の騎兵ドゥリアス。


 すっかりデルニシテを甘やかすのにも慣れて今では長距離移動のアシ代わり。逆に言えば隊に来た当初に掲げた乗馬の教師は諦めたということです。


 それについては、まあ仕方ない事情があるのです。


 そもそも、サヴィラの馬は生まれた時から馬と同じくらい人間と共に過ごしているので人を怖がりません。そういう風に調教してあるのです。それが人馬一体と称えられるサヴィラ騎兵の強み。


 ですが、どうしても例外というやつはいるもので。


 ドゥリアスが来てすぐの頃、自らの愛馬アルティとデルニシテを引き合わせた時のこと。


 アルティはデルニシテと常に一定の距離を保ち続け、のろのろと延々追いかけてくる男についには後ろ蹴りを見舞ったのです。


 躱したので無傷でしたが。ガナルはそっと舌打ちしてブレナンに怒られました。


 後ろ蹴り。言わずと知れた大型四足哺乳類の最強必殺技。相手は死ぬ。


 仮にも精鋭部隊の先頭を疾駆する若き名馬たる自分の相棒がまさか、人間相手にそんなことをするのはドゥリアスにとっても完全に予想外でした。


 サヴィラにとって馬とは誇り。己の命。すぐさま諫めに行った彼が、その異変に気付いたのは、まさにその馬体に触れた時でした。


「デルニシテ」


「なんですか?」


「お前に乗馬は無理だ。諦めよう」


「えっ」


「あン?おいおい、話が違うぜドゥリアスよ」


「ああ、それについては謝る。俺はまだまだ…未熟だった」


 曰く。


 申し訳なさそうに、あるいは悔しそうに述べるところによると、アルティが怯えていた、と。


 つまるところ、デルニシテは人間として認識されていなかったのです。


 強すぎて。


 草食獣的に肉食獣がフレンドリーに近付いてくるのはノーサンキューであると。


 デルニシテは真面目にショックを受けました。具体的に言えば、呼吸か何かと勘違いしているのではないかと噂されていた趣味の剣磨きさえ手に付かないほど。


 彼は自分が思っていたより動物好きだったことに気付き、なんだか一人勝手に失恋でもしたかのような気分の落ち込み具合でした。


 しかしそれでも彼は諦めませんでした。


 数年の努力の成果としてドゥリアスと一緒になら背に乗せてもらえるようになった時は後に自分の子供が生まれた時より喜びました。もっと尊べ。


 そんな事情もあってデルニシテもドゥリアスから離れるわけにはいかないし、むしろアルティとの旅が長引くなら上等とまで思っていたくらい。


 そんなわけでわがままな隊長は隊から離れ、一路倉庫整理を押し付けられた例の砦へ。


「遅れたらぶっ殺すからなー!!!」


「アルハレンナさんは許してくれまーす」


 なんて、お決まりになったやり取りが。


 最後に交わす言葉になるとは、未だ誰も知りません。

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