第四話 英雄になろう

 前回までのあらすじ。


「令嬢が悪役みてーな顔していった」


 なんかこれから戦争!ってところで突然現れた美少女上司に求婚されたり求婚した主人公デルニシテ。その実力を評価されていきなり隊長にクラスチェンジ!代わりに上司が元上司になったけど出世できたから結果オーライ!


「よかねンだよ」


「嬉しいです」


「お前ってやつは本当に…ええいなっちまったもンは仕方ねぇ。おら、隊長になったんだからとりあえず馬乗れ」


「乗れません」


「は?」


「乗れないんです、昔から。何もしてないのに逃げられちゃって」


 ガナルもいつものおとぼけ発言かと思ったのですが、普段は表情の読み辛いその顔から微妙に漏れ出る不満げな様子からしてどうやら本人としても本気で悩んでいるらしい。


 こいつにも弱点らしきものがあるんだな、というのが最近わかってきたガナルはちょっとだけ嬉しくなりましたがこんな時です、顔には出しません。


「…。じゃあいいや、今回はアルハレンナ殿の『ご要望』もあるしな」


 ご要望。


 それは先程彼らのもとを訪れた上司の上司ことアルハレンナが残していったデルニシテへの期待。


 人並み外れた強さを持つデルニシテを彼女は己の片腕として起用したいそうで、ハイパー大・昇・進の代わりに活躍してみせよ、とのお達しを承ったのでした。お使いみたいな感覚で言われましたが、彼女の口ぶりからするに人殺しをたくさんやれという意味なのでアルハレンナ、若い割に血腥く剣呑な女です。


「ところでガナルさん、一位佐官ってどれだけ偉いんですか?」


「お前それ言う前に言うことあるよな?…まあいいや、いいか。まず兵士がいて、それをまとめる俺たち小隊長は…お前ら小隊長は尉官って地位をもらう。言っとくが今回みたいな昇進ありえねぇンだからな?本当なら隊長からの推薦があって都の士官学校へ行ってやっとなれるもンで…お前その嫌そうな顔やめろ」


 長い説教に辟易した時のように気だるげに、「だって、もうすぐ戦ですよ?」とのたまう新隊長を元隊長は視線で射殺さんばかりに睨みつけてから説明を再開します。


「覚悟しとけよ、お前がいつか死ぬ時その首は必ず俺が獲るからな…いくつかの小隊を束ねるのが佐官。俺たちはアルハレンナ殿から給料もらってる身ってわけだ。もっと敬え。ンでその上が将官で、一番上が元帥。一位とか二位ってのはそれぞれの役職がさらに三つに分かれてるからで、まあこの辺は年功みたいなもンだから気にしなくていい」


「おお…一番上は遠いですね…ん、アルハレンナさんは、若いですよね?」


「そこを疑うのかよ…それだけ特別ってことだ。あの人、親父殿が今の元帥でな。おい、勘違いするなよ。アルハレンナ殿の地位は純粋な実力だ。その血筋からかやたら戦上手で、その上やたら強い。お前とだっていい勝負するかもしれねぇ」


「…それでか…?」


「あン?まあとにかく、アルハレンナ殿は未来の元帥第一候補ってわけだ。同じ佐官どころか将官にだって支持者がいるとかって話よ。そのアルハレンナ殿の片腕ってことは軍の上から二番目だぞ?あンで蹴ったんだよ」


「え?…やっぱり一番上がいいので?」


 いつも通りのとぼけたような答えに頭を振りながら、ガナルは己の愚を悟りました。天然に質問をしても無意味。こうやって何かを知りながら人は成長するのです。多分。


「…もう何も言わねぇ。言わねぇからな!ああくそ、とてもじゃねぇがこれから戦って気分じゃねぇぞこりゃ…」


「隊長って何をすればいいんですか?」


 そんなナーバスな新隊長補佐にまた新隊長は質問を投げました。戦の前に自分のメンタルをしっかり整えるタイプのガナルを蹴飛ばすかのような、全くブレない大型新人。


 当然ガナルはキレました。まあいつものことです。


「指!!!揮!!!隊長なンだから隊員に命令すンだよたりめぇだろ!…でも今回はいい、俺がやる。帰ってからブレナンときっちり仕込ンでやるから覚悟しとけ」


「はあ。じゃあ命令を一ついいですか?」


「今回は俺がやるっつったろ話聞けお前マジで!!!」


「そろそろ戦が始まりますけど、この正面。破られますよ」


 なんともないような口調で。見えるはずもない敵方を見ているような遠い目で。デルニシテはそう口にしました。


「……お前、ほンと意味わかンねぇ……」


 助けてブレナン。


 彼は後にも先にもここ以外で誰かに助けを請うことはありませんでした。それほどまでに意味不明で、突拍子のない発言の意図を、さすがに問わないわけにはいかないでしょう。一瞥もくれず弓兵たちの頭の向こうをみているデルニシテに、あえて半ば茶化すような口調で尋ねました。


「で?あンだって?正面が破られる?馬鹿言うンじゃねぇよ、弓兵部隊はアルハレンナ殿の肝煎りだぞ?今までも同じようにやっ「もうすぐ始まります。三、二、一…」


 ごわぁぁぁぁぁん!!!!


 と。


 告げた通りの時間に轟音が、後方の本陣がある丘から響き渡りました。


 ミザ王国流の開戦の合図にして何度も攻撃開始を告げてきたはずのその音に、何故か歴戦の弓兵たちはざわつきしかし、すぐさま迎え矢を放ち始めました。


 そこには見て取れるほどの明らかな、動揺。


「…デルニシテ。お前何が見えてる」


「我がミザ王国の勝利が」


「笑えねぇよ!クソが、本気で言ってンだな!?間違いなくか!?」


「はい。一部隊が先行して全力で突っ込んできます」


 衝撃的な予言とも取れる、しかし確信のある強い言葉を聞かされてガナルは馬上で舌打ちしました。


 敵騎兵の異常な速度を高台の本陣だけが捉えその後に弓兵が焦り始めたと考えればつじつまが合う。合ってしまう。


「力技にも程がある…でもありえねぇとも言えねぇ…要は荒れ地でも全力で走れる精鋭がいれば弓の雨を抜けて戦列に穴空けることだって…いやでも…」


「時間はありません。前進して空けられる穴を先に塞ぎます」


「馬鹿言え、後ろから詰めたら弓兵が混乱する!」


「アルハレンナさんの肝煎りでしょう?じゃあ、先行きます」


 言うが早いか新隊長はさっさと駆け出し、事情を察しきれていない周囲がざわつきます。突然の独断専行を察しろたって無理でしょう。揃ってガナルの方を見る。


 置いて行かれた旧隊長は一瞬呆気に取られた後、かっと顔を赤くして叫びました。


「…ッ!こンのッ…!前進!ガっ…で、デルニシテ小隊、前進だ!ダルトン!!モガン!!お前らも来い!!!」


 おお、よし来た、と察しのいい旧友たちのありがたい返事を聞きながら自らも馬を駆り、声を張り上げます。もう、勢いで行くしかないので。


「先陣を切るぞぉぉぉぉ!!!!隊長に続けぇぇぇぇ!!!!」


 よく訓練されガナルという優れた理性の下に統一されていた隊員たちが事情もろくにわからないままに熱狂の雄叫びを上げ走り出したのは、正直奇跡に近い出来事でしょう。傭兵イドの息子、デルニシテの突然の昇進、そしてめったなことでは口にしないガナルの煽り。隣の隊が偶然にもイドの信者でガナルの友人ですぐさま「乗って」くれた二人だったから。


 あまりに物語じみたセンセーショナルな展開こそが、鮮烈なデルニシテ・イーデガルドの先駆けとなったのです。






 果たして、敵騎兵の精鋭部隊は弓兵隊に到達しました。


 絶え間ない矢の弾幕でさえ防ぎ切れないほどの鋭い殺到にくじかれた弓兵は守りの備えが薄いこともあり崩れるように左右へ逃散を始める。


 このまま展開している弓兵隊を打ち崩して他の味方の安全を確保し、勢いのままに本陣までを制圧するのがサヴィラ連合の戦略でした。


 しかし、計算違いが一つ。


 前衛の弓兵が崩れた後から一人の歩兵が、その後ろにまるで穴を埋めるかのように部隊が押し寄せて来る。


 読んでいた?他ならぬ弓兵が邪魔になり前方に見通しが効かず、唯一状況を掴める本陣からの伝令も間に合わないはずの位置を狙ったのに?


「…面白い」


 サヴィラの先駆け、精鋭部隊を率いる若き騎兵は思わず笑みをこぼしました。


 わざと兜を外して褐色の精悍な顔を露わにし、同じく兜もなしに向かってくる敵の先駆けに向け高らかに名乗ります。


「ミザの勇兵よいざや聞け!我こそはサヴィラ連合第三の氏族カーライルの次子にして、この度は武人として先駆けの栄誉を賜りしドゥリアス・カーライルなり!一騎討ちを所望だ、我が策を見破ったつわものよ!!」


「…名乗ります。アルハレンナ・シームーン麾下、デルニシテ・イーデガルド。…一族の流儀に従いその身柄、貰い受ける」


「できるものならぁぁぁぁ!!!!!」


 馬上にて曲刀を振りかぶる騎兵。盾を捨て両手で剣を視線まで持ち上げ構える歩兵。


 二人の若武者と両軍の激突に、戦争の混沌は早くも極まる。


 熱気と、生と死と、境界を超えるものたちの斉唱。


 弓兵を追い散らす騎兵。騎兵を盾で押し込む歩兵。歩兵に駆け寄り蹴散らそうとする騎兵。白い肌と褐色の肌、直剣と曲刀。


 勝利と、敗北。


 生存競争を逸脱した闘争の最初の決着は、剣を構えたまま宙高くに飛び上がり突撃してくる騎兵を迎え撃つような顔面への両脚蹴りでした。


「せめて剣を使えぇぇぇぇぇぇ…!!!!!」


 吹き出る鼻血と悲痛な断末魔を供に落馬していく若武者を、しかしデルニシテは見捨てません。一撃での決着でしたが互いに先駆けを許された好敵手。精鋭を率いて見事防衛線を破って見せた勇敢にして豪胆なる快男子が無様に土に塗れるを、一体誰がよしとしましょうか。歩兵は驚異の身体能力を活かし、地面すれすれで相手を抱き留めることに成功します。


「…大丈夫ですか?」


 今しがた自分を打ち破り、そして救った男の顔を見上げたドゥリアスは思わずはっ、としました。


 眠そうな目で台無しですがどことなく気品のある整った容姿。


 少年の趣を残しながら低くかすれた優しい声。


 反して力強く、かつ甘く自分を抱く腕。


 その姿はまるで戦場に咲く徒花。戦場でしか生きられぬ、されど堂々在り続ける名もなき華。


 彼はその美しい在り様から、そして目を奪われていた自分から目を逸らすように顔を背けた。


「…くっ!殺せ!」


 恥。敵に救われ、あまつさえその姿に美を覚えることなど。


 あってはならない。それは敵に対する侮辱、味方に対する裏切り。戦場において許される称賛とは強さその一点のみ。


 その誇り高さゆえに襲ってきた羞恥の感情が、咄嗟に彼に死を選ばせた。


 しかし、今やそんな誇りを守らんとする男を徒花は掌中に収めているのだ。


「いいえ、殺しません」


 ゆるゆると首を横に振り、穏やかな口調で彼は残酷な拒絶をした。


「生きてください。あなたが死ぬのは、悲しいです」


 歩兵はゆっくりと騎兵を地面へ下ろすと周りを見回し、自分が捨てた盾を持って戻ってくる。


「これを持っていてください。目印です」


 戸惑うドゥリアスに盾をそっと渡した後、彼は再び剣を取り気炎渦巻く荒野へとその身を躍らせた。


 ああ、そうか。


 花は、植わるべき場所に帰らねばならぬのだ。


 ドゥリアスが悟った時には既にその背は見えなくなっていたがしかし、渡された盾の淵を握り締めその残り香を噛み締める。


 また会おう、と。


 そう言ってくれるのであれば。


 恥を晒してでも、生きねばなるまい。


 幸いにも傷はないも同然、愛馬も戻ってきたし顔を見知った味方が敵を潜りこちらへ向かってきている。


 まずは生きて帰る。


 その上で、再び奴と会おう。


 この心はそれまで、目印と渡された盾にしまっておく。


 そう、これが再会の目印だ。


 彼は負けた。生き恥を晒した。しかしその表情は晴れやかで、どこか熱っぽい気分で、しっかりと盾を抱え立ち上がった。


 倒れる時は武人としての己を砕く絶望と共に、立ち上がる時は人生を変える出会いと共に。






「遅ぇぞデルニシテ!どこ行ってやがっ…お前盾と兜は?」


「父に倣って捕虜を捕まえました!これでもっと出世できます!」


「できるか!!!つーか、捕まえてないじゃねぇか」


「はい。邪魔なので。でも大丈夫です、目印はつけましたから」


「…いや、普通捕まらなかったら帰るだろ…」


「…え?」






 相互理解とは難しいものですね。言葉を用いずに心が通えばきっと世界は平和になった後有無を言わせず後ろから一撃で殴り殺す殺伐とした世の中になるでしょう。


 そう、悲しいことにデルニシテとドゥリアスの間にはとーっても深い認識の齟齬がありました。


 デルニシテは相手の名乗りを聞いて「あ、こいつが父親の言っていた高く売れる獲物だな」と思いなるべく傷をつけないようにしたのですがあまり傷つけ過ぎないと今度は元気に帰ってしまうという点を失念していました。


 と言うか、普通に縛りもせず自分を呼ぶ声がしたからとほっぽって行けばそりゃ逃げますよね。


 しかし、一瞬で撤退まで追い込まれたドゥリアスではありましたがその策は十分に成功したと言っていいでしょう。独断専行をした三つの小隊によるカバーがなければ本陣に手が届かないまでも弓兵を蹴散らし歩兵前衛との混戦にまでは有利を保って持ち込めたはずです。


 そう、本陣には手は届きません。


 そこにいるのが、焔の戦乙女である限り。


「…足りん」


 面白くない、と。


 アルハレンナ・シームーンは独り言ちました。


「足りん。これで本当にイドの息子か。地味だ。地味過ぎる」


「その…アルハレンナ殿。それに関しては噂であり事実無根であるというのが」


「本人がそうだと言った。それを私が認めた。間違いだとは言わせん」


 格上であり本戦の総大将たる三位将官は不満げに戦況を睥睨する戦乙女に何も言い返せないまま、おろおろと左右の諸将を伺いますが誰も首を横に振るばかり。


 事実、敵の電撃作戦は押し留めたもののなるほど精鋭部隊、排除も一筋縄ではいきません。弓兵を散らし、追う歩兵を振り回し、他の弓兵や歩兵の横槍を許さないままに戦況と陣形だけをかき回していく。


 戦を預かる身として、面白くない。


 対してサヴィラの側はこのまま先行部隊が上手くやるようならそのまま全軍で突っ込んでもいい、士気は高く今にもと勇むものばかり。


 何より、肝心のデルニシテが。


 最初に一人蹴り倒して以来、警戒されてか騎兵もなかなか寄らせない。


 と言うより、なんだか馬の方が避けているのを騎手も不思議がっているように見える。


 ああ、


「…しかし、兵を思うさま走らせるのも将の仕事、か。私が出るとしよう。しばらく小競り合い続きだったからな、どうしても腑抜けるのは仕方ない」


 彼女がゆるく頭を振り、独り言のように呟くのを聞くと周囲はざわついた。


 特に気にすることなく本陣の陣幕を退出し馬番から馬を引き取ると、待機していた伝令に声をかける。


「騎兵部隊に伝えろ。我が後に続けねば出番を無くすとな」





 騎兵を追い払おうとデルニシテと三つの小隊が振り回されているところに、また大鐘が鳴った。今度は短く、連続して。


 聞いた中年の軍人たちが一斉に本陣を振り返るのを見てデルニシテは首を傾げる。


「…ガナルさん?」


「やっべぇ…」


「やべぇ?」


 気が付けば、男の頬を伝うものがいつの間にか継戦の熱い汗から冷や汗に代わっていた。


 ひきつったような顔で、歓喜と畏怖の入り混じった声を上げる。


「来た…アルハレンナ殿だ!」


 本陣の正面、戦列の真ん中が割れるように兵士たちがそれぞれ行動を開始する。


 味方の方が多い、面倒な乱戦になるのを避けて手をこまねいていた歩兵も、いつ横腹から騎兵が突っ込んでくるかわからない状態で敵本隊への膠着を強いられていた弓兵も。


 誰もがまず第一に優先して道を開けた。


 最後衛、ミザ王国の精鋭、騎兵部隊の出陣だった。


 先頭を行くのは青鹿毛の雌馬。鬣を飾り紐で彩り、同じ色の髪を翻す女武者が跨る。


 後に続くのは鎧兜に身を固め馬上槍を提げた騎乗兵たち。王国軍の花形にして最精鋭。


 華々しき軍将が通り過ぎた後に歩兵たちの歓声が上がり、対照的に今まで駆け回っていたサヴィラの騎兵の足が淀む。


「王国騎兵はアルハレンナ殿の子飼いだ。連中が出て負けた戦はねぇ」


「はあ」


「…お前、もうちょい興味ありそうな顔くらいしてみせろよ…いやできるのかよ」


 言った通りに目をキラキラさせてみせた新隊長に若干引きながら、ガナルは自分の馬の様子を伺う。そういい馬ではないが付き合いが長く、贔屓というわけではないが素直さの分その辺の早いだけの馬よりいいと思っていた。


 ただ、さすがに敵方の良馬との追いかけっこには疲れたらしい。大人しく諦め背負っていた盾を手に持つ。


「でも、癪ですね」


「あン?」


「後から出てきて全部なんとかしました、って…ずるくないですか」


「あー…まあ、なぁ」


「なので、行ってきます」


「あー…まあ、そうだな。やってこい。アルハレンナ殿もお待ちだろうぜ」


「はい」


 短く返すと、先程までだらだらと続けられていた追いかけっこの疲れなどまるでないかのようにデルニシテは駆け出していました。


 ただ、他の味方は違います。


 弓兵を守るのに騎馬を追いかけ割って入りを繰り返した歩兵は言うまでもなく疲労困憊。上手く他の小隊と連携が取れれば良かったのですが混戦は時に味方を危険に晒すことがわかっていたためになんとかダルトンとモガンの隊と共に互いを頼り合いながらの継戦。やってられませんよね。


 ですが、目の前で交戦に入った王国騎兵とサヴィラ騎兵の戦いを見て弓兵は当初の予定通り横へ避け、歩兵全体が前進を始めました。


 ならば、先駆けが止まるわけには行きません。


 サヴィラの騎兵が撤退を始めると同時、敵本隊が轡を並べて突撃を開始。


 奇襲部隊を追い立てる勢いのままに戦乙女率いる王国騎兵も敵軍へ向かう。


 第二の激突は、瞬く間に訪れました。


 中央では主力同士の激突。右翼左翼では弓兵の援護射撃で足止めを行い歩兵が進軍し、そしてデルニシテもまた、その殺戮技巧を存分に発揮しました。


 歩兵でありながら騎兵に追いすがるほどの神速でもって誰よりも深く食い込み、いつの間にか奪った曲刀でもって敵に迫っては脇腹を切り裂く。


 元から持っている直剣で軽鎧の隙間を通しては引き抜き最低限の血脂汚れを神経質に払いながらも二振りの剣を振り回していっそ無機質なまでに次々と命を奪っていく。


 やがて騎兵同士の戦いを見つけると、すぐさまそちらに足を向けます。


 予想通り、美しい髪に血煙を纏い、自ら馬上で槍を振るう戦乙女がそこにいました。


 その首を狙いいくらでも襲い来る敵をものともせず、冷静に攻撃を弾き苛烈に攻め立て逆に首を落とす戦争の申し子。


 付き従うものも誇らしげで、将に負けぬよう奮戦を見せる。それを見てまた女も部下に激励を与え同時に己の槍の速度を上げていく。


「アルハレンナさん!」


「一位佐官と呼べ!遅いぞ!」


「すごく、綺麗です!!」


「んなっ…早く働けぇ!!!」


 その叱咤に効果があったのかなかったのか。


 この戦争の後よりデルニシテは、ある勇名で多くの軍兵や敵将に称えられることとなります。


 そしてミザ王国とサヴィラ連合、最大規模の激突。


 その軍配は、ミザ王国に上がった。


 勝負を決したのは初手の奇襲を防ぎ切ってみせたこと、返す刀で行われた圧倒的な猛攻とされました。


 曰く、先導者は二人の英傑。


 一人は誰もが知るミザ王国最強の軍将、アルハレンナ。


 もう一人は、未だ誰も知らぬ新兵上がりの若卒。


 デルニシテ・イーデガルド。


 その戦場で数え切れぬほどの騎兵を斬り捨てた男として。


 彼の名は、王国全体に知れ渡ることとなったのです。








 後日談。


「いいかデルニシテ。今日という今日は仕事全部かたすまで返さねぇぞ」


「えぇ…昨日頑張ったじゃないですか…」


「昨日の分は昨日の分、今日の分は今日の分だ!とっとと片付けねぇとブレナン呼ぶぞオラ!」


 石壁の街の基地にある小隊の隊舎の一角、執務室は新たな主を迎えて混沌としていました。


 いえ、単に前任者が潔癖だったのと、単に今の使用者がずぼらなだけです。


 傍目にはよくわからない脅しをしながらマウントを取る中年とよくわからない脅しに屈して午後のお昼寝タイムを不承不承に諦める若者。


 んん、これが噂の黒き職場…嘆かわしいことです。こうやって若者は不当に搾取されていくのですね。


 ガナルに叱られながらいつまで経っても慣れない机仕事に従事し、休憩時間で剣を磨く。


 それが望み通りに出世したデルニシテを待っていた新たな生活でした。正直後悔しています。


 ただ、その日は少し流れが違いました。


「おおいデルニ。いるかー」


「あのな、隊長の執務室にはちゃんと挨拶を…まあいいか。それよりデルニ、大丈夫か?仕事、きつくないか?」


「どうしたんですか?」


「お前に客だぜ。なんか、サヴィラの人間っぽいんだけどよ」


「ああ、デルニシテを知らないかと方々で聞きまわってたのを捕まえてきたんだ」


「あン?デルニシテお前…いつの間にサヴィラの女なンぞ引っ掛けやがった」


「サヴィラ…?…あ」


 そこが我慢の限界だったようです。


「俺だ、デルニシテ」


 同僚たちの背後から現れたのは、褐色の肌の精悍な青年でした。


「約束を果たす前にやっておくべきことがあってな。つい、来てしまった」


 フフ、と照れ臭そうに鼻の下を指でこする青年を前に、ガナルはそっとデルニシテの傍に寄り小声で問いました。


「…おい、誰だこいつ」


「僕の捕虜です」


「はぁ?」


 疑問が何も解決しないままのガナルを置いてデルニシテはドゥリアスに歩み寄り、何の断りもなくいきなり両手を掴み、自分より高い位置にある顔を見上げました。


「来てくれたんですね。嬉しいです」


 そう、その顔はまさに喜色満面。それなりに付き合いの長くなってきた小隊の面々と言えどめったに見られるものではありません。


 ざわつく隊員たちを背景に、ドゥリアスはまたしてもはっ、としました。


 清潔に整えられた容姿は戦場での邂逅時より輝いて見えるしその顔にもどことなく幼さが垣間見え、ああこれは。


 戦場にない時は、かように可憐か。


 いやいや、と一度首を振ります。邪で無礼な感想はしっかりと封じ、褐色の肌の青年はデルニシテの前に膝を着きました。


「デルニシテ。我が一族では何より報恩を優先する。故に、お前に助けられたこの命の返礼に俺を部下にしてはくれないか」


「え…?」


「え…?」


「「え…?」」


 それは、サヴィラ式の最上級礼でした。


 突然始まった展開にガナルも、二人の隊員も、デルニシテ本人も置き去りです。


 認識の齟齬。


 デルニシテはドゥリアスを捕虜としてなるべく傷つけないように倒したのですが、その際ドゥリアスは殺されなかったことに恩を、そしてデルニシテ自身に運命とかを感じちゃっていたのです。


 デルニシテとしては逃げられた捕虜が自ら捕まりに来てくれたので大喜び!…かと思いきやこれです。まさかデルニシテも自分が振り回される側に立つことになるとは思ってもみませんでした。


 しかし忘れてはいけません。デルニシテの血統、奴隷を従える蛮族の血のことを。


 こいつが手にした女奴隷五人に逆レされた男、イドの息子であることを。


「報恩が終わらんことには家にも帰れん。それが我が一族のしきたりなのだ」


「ちょ、ちょっと待てサヴィラの旦那」


「む、貴殿もデルニシテの部下か。新入りゆえあまり気を遣わずとも結構だ」


「ちげぇよば…んん!ミザとサヴィラは敵国だろ。あンた、こんなところにいていいのか」


「…ああ、まだ末端まで届いてはいないか。サヴィラ連合は先の敗北を以て講和を決定した。俺が聞いた段階では内密の打診だったが、ミザ側も了承したそうだ」


「「…えぇ…」」


 今さらりと明かされる驚愕の新事実。


「さあ、これで憂いはない。デルニシテよ、俺を部下に加えてくれ」


「え、でもドゥリアスさんは「そういうことなら問題はねぇな」あの、ガナルさん?」


「良かったじゃねぇかデルニシテ。自分で言うのもなンだが珍しく俺は歓迎だぜ?…お前に、乗馬を教えられる人間が来てくれたんだからよ」


「あ…」


「何?馬に乗れないのか。ならば任せろ、俺たちサヴィラの民は誰もが乗馬の達人だ。お前もすぐ乗れるようにしてやる」


「は、走るからいいです…」


「フフ、遠慮するな!まずは馬に慣れ親しむところからだ、早速俺の愛馬を紹介しよう!」


「あぁー…」


 やる気に満ちたドゥリアス、引き摺られていくデルニシテ。


 満足げなガナルはいいとして、残された二人の隊員は。


「…俺のデルニを取られた…」


「許せん…新入りめ…」


 何故か、展開はよくわからない方向へ転がっていくことになります。


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